竜の生贄からの成り上がり

鈴木土日

第1話

 最初から、少しおかしいとは思った。


荷物持ちポーターが必要なんだ。やってくれないかな?」


 朝、いつもの様に冒険者ギルドを訪れると、僕は、グレンからそう声を掛けられた。

 彼の事を、ここダウノアの町で知らない者は、まずいないだろう。駆け出しといえる僕ですら、その名前は幾度も耳にした。


 銀上級ハイシルバーパーティー、<暁の雷鳴>のリーダーである。

 彼らは、驚異的なスピードで等級を駆け上がったらしく、まさしく飛ぶ鳥を落とす勢いの集団だ。


 今、この町を拠点とする冒険者で、彼らより上、即ち、金級ゴールドのパーティーは、二組しか存在しない。

 そんなパーティーを前に、ボクはひどく緊張した。


「ぼ、僕がですか?」


 問い返したくなるのも、当然だ。なぜなら、僕の等級は、銅下級ロウブロンズ。もうすぐ、冒険者になり半年経つが、未だ最底辺の等級である。

 同時期に冒険者を始めた人たちは、大半が銅中級ミドルブロンズに昇格している。


 グレンは、やや言い難そうにこう切り出した。


「実は、バルキネに潜るつもりなんだ」

「それって、たしか……」


 バルキネ洞窟。通称、<竜の穴>。文字通り、竜が棲む洞窟だ。


「安心してくれ、竜と戦うつもりはない」


 あくまで目的は、洞窟内の調査だという。


「剣に、手は出すつもりもないさ」


 そう言ったのは、パーティーメンバーの一人、回復術師のルース。銀の短髪で、眼鏡を掛けた痩身の彼は、理知的そうなルックスをしている。


 彼の言う<剣>とは、洞窟最深部に突き刺さっていると言われる魔剣グラムの事である。その存在は、昔から広く知られている。

 これまで、いく人もがそれを引き抜こうと試みたらしいが、未だ成功者はいない。途中で諦めたか、さもなければ竜の餌食になったのだろう。


 あそこに棲む竜は、魔力マナを嗅ぎつける。


 洞窟内で、強力な魔法を用いると、必ず竜が現れるという。

 竜に見つからずに探索するには、魔法の使用を控えなければならない。そのためには、回復薬などを大量に持参せねばならず、荷物持ちポーターが必要になる。


 ただ、銀上級ハイシルバーの彼らであれば、マジックバッグくらいは持っているはず。僕からの指摘に、グレンは苦笑いを浮かべる。


「失くしちまったんだ。コイツがドジしたせいで」


 名指しで非難されたバルドは、むすっとした顔をしている。

 褐色の肌の、二メートル近い巨躯の持ち主の彼は、無言でも威圧感があった。


 彼らには、現在、新しく購入するほどの手持ちの資金がないという。たしかに、マジックバッグは、かなり高価な品である。

 事情は飲み込めた。

 けど、なぜ、僕なんだろう?

 その疑問は、まだ解消されていなかった。


「あなたの仕事ぶりは、聞いているわ」


 そう言ってくれたのは、魔術師のマリンだ。<暁の雷鳴>の紅一点。

 ピンク色のボブヘア。瑠璃色の大きな瞳。華奢な体のわりに、大きな胸。直視するのを躊躇うでくらい、綺麗だ。

 僕は、伏し目がちになり問い返す。


「だ、誰に、ですか?」

「他の冒険者からよ。とてもマジメで信頼がおけるって」

「いや、けど……」


 それでも、数多いる冒険者の中から、僕を選ぶのは不自然だ。

 けど、この時の僕は完全に舞い上がっていた。飛ぶ鳥を落とす勢いの冒険者パーティーから声を掛けてもらえて。

 報酬も破格で、受けない手はないと思った。


「よろしくね」


 マリンのとびきりの笑顔に、僕は撃ち抜かれた。


「よければ、今すぐにでも出発したいんだけど」


 グレンに言われ、僕はちょっと驚く。


「え、今からですか?」

「ムリかな?」

「いえ。だいじょうぶです」


 僕は、力強く応じた。


 約一時間後、僕は、<暁の雷鳴>の四人と共に町を発った。

 出発前、町で、大量の回復薬ポーションなどを購入した。

 当然、それらの運搬は僕の担当だ。かなりの重量を覚悟していたのだが、思ったほどではなかった。パンパンに膨れたリュック一つぶんである。


「重くない?」


 マリンが、そう気遣ってくれる。


「ぜんぜん。これの倍くらい運んだ事もありますから」

「へえ、すごぉーい」


 目を丸くするマリン。

 思わず、てへへ笑いが出てしまう


 辻馬車の客車で、互いに自己紹介し、身の上についても少し話した。


 グレンたち四人は、いずれも上流な家柄の出らしい。グレンとマリンにいたっては、子爵家のご子息、ご息女だ。幼少のころから、恵まれた環境の下、剣術などを学び、かつ発現させた【スキル】もそれぞれ優れているのだろう。

 でなければ、短期間で銀上級ハイシルバーになどなれないのだろう。


 片や、僕は、田舎の貧しい農家に生まれ、そのうえ……。


潜入ダイブ?」


 僕の【スキル】について打ち明けると、ルースは思い切り眉根を寄せた。

 普通、自らのスキルを、知り合ったばかりの相手に、気易く教えたりはしない。

 ただ、僕の場合は問題がなかった。使用方法が、わからないからだ。


 概ね、十一、二歳くらいまでに、誰しもが何らかの【スキル】を発現させる。

 スキルは、生来の性質や、育った環境により決定される。僕の生まれ育ったような農村では、農業や、牧畜関連のスキルを獲得する子がほとんどだ。


 【潜入ダイブ


 僕が発現させたスキルに、村の誰もが首を捻った。聞いた事もないスキルだったからだ。かつて、村で、そんなスキルを得た者は一人もいないという。

 つまり、ものすごくレアなスキルという事だ。ただ、レアだからといって有用とは限らない。珍しいけどゴミなスキルは、いくらでもある。


「初耳だなあ」


 スキルに精通しているというルースでも、聞いた事すらないらしい。もし、知っていれば、使用方法のヒントが得られると期待したのだが、あてが外れた。

 グレンとマリンも、首を捻っている。

 バルドは、あまり興味のなさそうな顔をしていた。

 やはり、【潜入ダイブ】は、相当に珍しいスキルなのだろう。


 せめて、農業系のスキルでも発現してくれていれば、村での仕事にありつけたはず。

 十五の誕生日を迎えた僕には、村を出る以外に選択肢がなかった。

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