第24話 昔馴染み

 次の日、目を覚ますととてもいい気持ちだった。


「最高だなぁ……」


 寝起きの俺はふかふかのベッドを堪能する。


 ムニュ……


 でも、何かがおかしい。


 ふかふかは背中側にも体の正面にも感じた。


 いや、原因は分かり切っている。


「レイチェル、またなのか……」


 レイチェルはかなり寝相が悪い。


 二日に一回はこうやってのしかかっていたり、抱きついたりしている。


「…………」


 その都度、俺はレイチェルを元の場所へ戻している。


 今日もそっとレイチェルを元の位置へ戻そうとした。


「しまった……!」


 寝ぼけて、ベッドだということを忘れていた。


 俺が移動させた先には何もなく、レイチェルがベッドから落ちそうになる。


「ご、ごめん!」


「えっ!?」


 俺がレイチェルを抱くと彼女は目を覚ます。


「ええっ!? ついにアレックスの性欲が爆発しちゃったの!」


 目覚めたばかりなのにレイチェルは元気だった。


「そんなわけないだろ! ……って、あぁぁぁ!」


 結局、俺はレイチェルを支え切れずにベッドから落ちてしまった。


 ――――で。


「またこの体勢だね」とレイチェルが真顔で言う。


 なんでいつも騎乗位になっているんだ!?


 まぁ、今回は顔面騎乗していないだけ前回よりもマシか。


「あの、早くどいてくれると嬉しんだけど?」


 朝から刺激が多すぎる。


「うん、分かった」と言いながら、レイチェルは身体をスーッと後ろへ下げる。


「だから、その動きはおかしいだろ!」


「そろそろ、アレックスのアレックスを触ってもいいでしょ。私なんてもっと恥ずかしいところを見られているんだから……。それに今ならアレックスの、アレックスが、アレックスしているかもしれないし!」


「馬鹿な考えは止めるんだ!」


 今は本当にまずい。

 だって、レイチェルの予想、というか期待通り、俺の、俺が、俺してる!

 ……いや、意味が分からないな。


 って、おい!

 

 俺は繋いでいる手を引き寄せ、もう片方の手で後ろに下がり始めたレイチェルの腰を掴んだ。


「ひゃうん!?」

 

 するとレイチェルは嬌声を上げる。


「ご、ごめん! 痛かった?」


 予想外の反応をされて、俺はレイチェルの腰から手を離す。


「大丈夫、なんだか、人に腰を掴まれるって変な気分になるよ」


 レイチェルの顔が僅かに紅潮する。


「何を言っているんだい!?」


「もう一回やって」


「嫌だよ!」


「じゃあ、このまま後ろへ退がっちゃお」


「それも止めるんだ!」


 俺とレイチェルは朝から騒いでいた。



「お嬢様、どうなされました?」



 多分、かなりうるさかったのだろう。

 堪りかねたメイドの人がレイチェルの部屋に入って来る。


 そういえば、昨日、レイチェルが何か用事を頼むために誰を待機させておいて、とブラッドさんに言っていたっけ。


 で、今、俺とレイチェルは騎乗位なのだが、メイドさんにはどういう風に見えているのだろうか?


「…………」

「…………」

「…………」


 俺、レイチェル、メイドさんは沈黙した。


「かしこまりました。少々、お待ちください。すぐにご用意します」


 そう言って、メイドさんは振り返り、立ち去ろうとする。


「ちょ、ちょっと、クロエ、何を用意するつもりですか?」


 どうやらレイチェルとメイドさんは面識があるようだった。


 クロエさん、って言うのか。

 歳は俺たちと同じくらいだろう。

 少し近寄りがたい雰囲気がある。


 俺は同じような雰囲気の人に最近あった気がした。


「何って、もちろん避妊具の用意ですよ」


 クロエさんはとても真面目な声で言う。


 ……え?

 今なんて、言った?


「そんなものは要りません!」とレイチェルが抗議する。


「そうですか、もう避妊の必要は無い、と。ですが、お嬢様、フリード様への挨拶前にを済ませるのはどうかと思いますが?」


 相変わらず、クロエの声は真面目だったが、言っていることはかなりえぐい。


「別に私とアレックスに肉体関係はありません!」


 まだ?

 いや、聞かなかったことにしよう。


「あら、意外と奥手なのですね。別に構いませんよ。私が『防音魔法』をこの部屋にかけておきますので、どんなに激しい運動をしても大丈夫です」


「だから、しませんって! そんなことよりもクロエ、朝食と湯浴みの準備をしてくれますか?」


「なるほど、物事には準備がございますものね。食欲ですか。すぐに用意致します」


 まずは?

 うん、これも聞かなかったことにしよう。


 クロエさんが朝食を準備する為に立ち去る。



「クロエったら、私をからかって……」


 レイチェルはムスッとしていた。


「昔からの知り合いみたいだね」


「うん、私が子供の頃からの世話係なの。それとクロエはブレッドの娘だよ」


 それを聞いて、クロエさんの既視感がある雰囲気に納得した。


「君にもちゃんと友達がいるじゃないか」


 出会ってすぐの頃、レイチェルは友達がいないと言っていた気がする。


「親しいよ。でもね、私とクロエじゃ、どうしても壁が出来ちゃうの。というより、クロエの方から壁を作ろうとする。主と従者の間には明確な主従関係を作るべき、っていうのがブラッドさんの家の家訓らしくて……」


 それを聞いて、レイチェルに友達がいない理由というのがやっと分かった。

 レーテ村でジェーシと話した様子を見る限り、レイチェルは人見知りをしない。


 人の交流する能力はある。


 でも、王族のレイチェルには対等な友達を作る機会がない。

 どうしても臣下になってしまう。


「だからね、身分を隠して、アレックスと対等な関係を作りたかったの。王族だったことを黙っていて、本当にごめんなさい」


 レイチェルは頭を下げた。


「謝るようなことじゃないよ」


「良かった」



 部屋のドアがノックされる。



 クロエさんが朝食を持って、戻って来た。


「なんだか、いい雰囲気ですね。食事は〝男女で行う運動〟の後に致しますか?」


「だから、しませんって!」


 レイチェルはまた抗議する。


 クロエさんは相変わらず、真面目な表情だが、微かに笑っている気がした。


 レイチェルはクロエさんと距離を感じているみたいだけど、これも一つの友人関係ではないか、と思った。

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