第44話  もう一度

 レイチェルの表情は一言で表せなかった。


 嬉しい、怒っている、泣きそう、悲しそう、切なそう、いくつもの感情が混ざっている表情だった。


「ねぇ、アレックス、私は聞いているんだよ? なんでここにいるの? なんでこんな危険なことをしているの? そんなにボロボロになって……あと少しで死んじゃうところだったんだよ?」


 今度は怒りの感情が強くなった気がする。


「君ともう一度、手を繋ぐために」


 俺は手を伸ばした。


「…………」


 レイチェルも手を伸ばしかけて、途中で止める。


「残酷なことをするんだね……私にこれ以上、生きたいと思わせるつもり?」


 レイチェルは泣きそうになった。


「君は死なせない。でも、残酷なことじゃない。この手は君の運命を変える。君からもらった力で、君自身を救いたいんだ」


「私があげた力?」


 ここまで格好をつけておいて、一つだけ不安があった。

 それはもし、今の俺の力で打ち消せる呪いが一つだけだった場合だ。


 その場合は二つ目の呪いでレイチェルは自壊し、俺も巻き込まれて死んでしまうだろう。



 それでも構わないと思った。



 ここでレイチェルを見殺しにしたら、俺は立ち直れない。

 どんな危険を犯してもレイチェルを失いたくない。


「もう一度、手を繋いでくれ」


「…………うん」


 レイチェルは俺の言葉に対し、それ以上は何も聞かなかった。

 

 俺たちは再び手を繋ぐ。


「…………」

「…………」


 そして、すぐに離す。


 手を繋いだ時間は今までの俺たちからしたら、とても短い時間だった。


 表面上は何も起こらない。


 周囲には視認できる動植物がいない為、呪いが打ち消せたのか分からなかった。


 分かっているのはとりあえず、レイチェルが自壊する呪いは発動していないことだけだ。


「これで何かが変わるの?」


 レイチェルの問いかけの対して、俺は何も言えなかった。

 今の所、確認する手段が無い。


 鳥とかでいいから、生き物が近くに来てくれればいいんだけど…………


 その願いは都合よく叶えられる。

 ただし、都合の悪いことも起きた。



『ギャアアアア』という先ほどと同じ咆哮が聞こえた。



 二体目のファイヤードレイクが姿を現す。


 って、ファイヤードレイクって一頭じゃないのかよ!


「え……うそ……どうして……?」


 慌てる俺の横でレイチェルは驚いていた。


 先ほどまでなら、『魔王の呪い』の有効範囲だったはずの距離にいるファイヤードレイクが何ともない。



 ――――それは分かりやすい解呪の証明だった。



「アレックス、私、呪いが…………!? なんで!?」


 レイチェルは驚き、泣きながら、笑う。


「うん、そうだね。説明してあげたいけど、その前にあいつをどうにかしないと!」


 感動的な場面にしたかったが、攻撃態勢に入ったファイヤードレイクがそれを許してくれなかった。


「うん、そうだね。アレックスの怪我も酷いし、さっさと下山しないと!」


 レイチェルは言いながら、風の魔法の一種をファイヤードレイクに放った。



『ギャアアアア!』



 レイチェルの攻撃がファイヤードレイクに直撃する。

 しかし、ファイヤードレイクは一撃は倒せなかった。

 それどころか、レイチェルを脅威に感じたらしく、高く飛ぶ。


 こうなるとレイチェルの攻撃は届かないだろう。


 逃げるのかと思ったら、ファイヤードレイクはまだあきらめていない。

 俺たちに向かって、火炎を放った。


 それをレイチェルが水の壁を作って、防ぐ。


「ファイヤードレイクの攻撃をこんな簡単に防ぐなんて……」


 改めて、レイチェルが勇者であり、強者であると理解した。

 

 だとしても、飛翔しているファイヤードレイクに対して、攻撃手段が無いんじゃないのか?


「アレックス、私のとっておきの技を見せるね」


 レイチェルは笑った。

 そして、目に見えるほどの密度の魔力を背中へ集める。

 集められた魔力はまるで翼だった。


 レイチェルはすでに死んでいるファイヤードレイクの頭部から剣を引き抜く。


「ちょっと行ってくるよ」


 レイチェルは魔力の翼を羽ばたかせた。

 飛翔し、一瞬でファイヤードレイクと距離を詰める。


『ギャアアアア!』


 ファイヤードレイクは接近したレイチェルを尻尾で叩き落とそうとする。


「恨みはないけど、ごめんなさい」


 レイチェルはファイヤードレイクの尻尾を斬り落とす。


 そして、レーテ村でジャイアントオークの首を刎ねた時のように、一撃でファイヤードレイクの首を刎ねた。


 レイチェルとファイヤードレイクの戦いは一瞬で終わった。


 ファイヤードレイクは鱗もあるし、肉も骨もジャイアントオークよりも固いはずだたのに……


「勇者って凄いな…………」


 ジャイアントオークの時と違って足手纏いがいなかったから、レイチェルは全力を出せたんだ。


 レイチェルが地面に着地する。


「終わったよ。まだ他のファイヤードレイクもいるかもしれないから、早く下山しよう」


「そうだね。疲れた。本当に疲れたよ……」


 体中から力が抜ける。

 俺が女の子一人を救ったんだ…………


「ア、アレックス!?」


 安心したら、急に意識が遠くなった。


 そういえば、ここ二日間、まともに寝ていなかったな。

 それに山を全力で駆けあがって、ファイヤードレイクに襲われて、もうボロボロだ。


 俺が崩れ落ちる寸前、レイチェルが支えてくれる。


「アレックス、本当にありがとうね」


 俺の意識は途絶えた。

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