第31話 食事会

 フリード様は「特別なものは用意出来ない」と言っていたが、食事はとても豪華だった。


 パンも、肉も、魚も、野菜も、酒も一つ一つがとても美味しい。


 俺は豪華な料理を堪能した。


「どうした? 遠慮は要らない。もっと食べなさい」


 フリード様はそう言うが、

「いえ、本当にもう十分食べました」


 本当に限界だ。

 美味しくて、苦しくなるまで食べてしまった。

 その横でレイチェルがまだ食事を続けている。


「レリアーナは本当によく食べるな」


 フリード様が微笑む。

 こうしてみると王族も平民も子供に向ける視線は変わらない気がした。


「さてと食べながら…………と言っても食べているのはレリアーナだけか。二人ともそのまま聞いて欲しい。明日、この屋敷に教会の魔術師を招くことになった。レリアーナには検査を受けてもらう。明日は少し大変かもしれないから、今日はゆっくりと休みなさい」


「分かりました」とレイチェルが答えた。


「そういえば、二人は手を繋いで寝ているのだな?」


 フリード様は真面目な声で言った。


 もしかしたら、俺とレイチェルの手が離れてしまうことを危惧しているのだろうか?


 タオルや紐で縛っていた時は、俺とレイチェルも繋いだ手が離れることを心配していた。


 でも、レイチェルが街で買った接着剤みたいな魔法薬は本当に強力だ。


 あの魔法薬があれば、繋いだ手が離れることはない。


 レイチェルも俺と同じことを思ったようで、フリード様に魔法薬のことを説明する。


「いやいや、念には念を入れるべきだ。もっと、確実にお互いが離れずに済む方法があるだろう」


 フリード様は笑いながら言う。


「そんな方法があるんですか?」


 俺には魔法薬以上に安全に方法が思いつかなかった。

「そりゃもちろん、お互いに裸になって…………」


 などと言い出したので、

「あっ、分かりました。もう大丈夫です」

とフリード様の言葉を分断した。


「アレックス君、少しだけ私に対する当たりが強くなっていないか?」


 それはあなたがボケ倒すからでしょ、と言いたくなったが、堪えて「そんなことないですよ」と返答する。


「レリアーナを押し倒すくらいしても、別に私は構わないぞ」


 それは父親が言って良い台詞じゃない気がする。


「なんといっても将来の婿候補だ」


「えっ?」

 

 フリード様の唐突な言葉に驚いてしまった。


「レリアーナも君のことを気に入っているようだ」


 フリード様がレイチェルを見る。


 俺はレイチェルが「お父様、冗談はやめてください!」とか言うと思った。


 けど、レイチェルは、

「アレックスみたいな人と一緒になれたら幸せでしょうね」

と落ち着いた声で答えた。


 何だか、横顔は大人びていて、美人に見える。


 …………いや、普段から美人なんだけど、言動のせいで忘れかけていた。


「アレックス、何か失礼なことを考えてない?」


 レイチェルは俺の心理を正確に見透かす。


「あはは、そんなことないよ。それにしても君までからかわないでくれ」


「別にからかっていないよ」

とレイチェルに即答されて、俺は反応に困ってしまった。


 それを見て、フリード様はまた笑う。


「恋愛は大いにやるべきだ。そうだ。こういう言い方はあまり気分が良くないが、レリアーナは死んだことになっている。だから、身分を隠して別の土地で暮らしても問題はない」


 問題はないって…………


「どうだ、レリアーナ、お前が望めば、私は全力で手助けをするつもりだぞ?」


 フリード様はそんな提案をする。


「それは……」


 レイチェルは何かを言いかけて、思い留まったようだった。


 真剣で、そして、気のせいか少しだけ悲しそうな表情で、

「今はちょっと保留にしますね」

と歯切れの悪い言い方をする。


「そうなのか?」とフリード様は予想が外れて少し驚いていた。


 そして、俺は酷く動揺する。


 なんでだ?


 レイチェルがフリード様の言葉に対して、肯定的なことを言わなかったからか?


 口では平民と王族が釣り合わない、と言いながら、期待していたのだろうか?


 彼女が「はい、アレックスと一緒になりたいです」とか口にすると思っていたのだろうか?


「…………」


 俺はそんな恥ずかしい思い上がりを忘れる為、グラスのワインを飲み干した。


「おっ、良い飲みっぷりだ。さぁ、もう一杯」


 フリード様は酒を注いでくれる。

 酒が進み、少しだけ酔ってしまった。


 さすがに醜態を晒すことは無かったが、レイチェルの部屋に戻ると急に眠気に襲われる。


「ごめん、レイチェル、もう寝ても良いかな?」


 今から何かをする気にはなれない。


「うん、良いよ。ねぇ、アレックス、怒ってる?」


 レイチェルは心配そうに言った。


「怒ってないよ」


「もしかして、私がさっき中途半端な答え方をしたから、気を悪くした」


「そんなことないよ。ただちょっと自惚れていたかなって」


 酒のせいだろうか。

 俺はそんなことを言ってしまった。


 この数週間をレイチェルと一緒に過ごしたし、その間、仲良くやっていたと思う。

 だから、期待してしまった。


 レイチェルが俺に対して、友達じゃなくて、その……


「アレックス?」


 レイチェルに呼ばれて、変な考えを振り払う為、頭を振った。

 

 この状況はお互いに望んだ結果じゃない。

 呪いのせいで仕方なく、俺とレイチェルは手を繋いでいるだけ。

 もし呪いが解呪されれば、俺とレイチェルは平民と王族、別の世界の人間だ。


 そう考えると、報酬をもらわない、って言ったのが恥ずかしくなってきた。


 レイチェルにとって、俺は助けてくれた恩人だ。

 それに人当たりが良いのは、彼女の性格なのだろう。


 異性との接点があまり無い俺は勘違いをしてしまった。


「違うの、アレックス。ねぇ、聞いて。食事の時にお父様の言葉に対して、中途半端な言い方になっちゃったのは理由があるの。だって、もしかしたら、私の呪いは…………」


 レイチェルは少し言うのを躊躇っているようだった。


 俺にはその理由を考える余裕が無かった。

 ベッドで横になったら、急に酔いが回って、意識が遠くなっていく


「アレックス?」


 俺は意識が混濁し、すぐに寝てしまった。

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