第32話 次の日の朝

「俺は最低だ…………」


 昨日のことは良く覚えている。

 勝手に思い上がって、勝手に落ち込んで、レイチェルに冷たくしてしまった。


 謝ろう…………んっ?


 俺の右手には魔法薬が塗られているらしく、レイチェルの左手と完全にくっついていた。


 俺が酔い潰れた後にレイチェルが塗ってくれたのかと思ったら、さらに情けなくなった。


 レイチェルは少し無理な態勢で俺に背中を向けていた。

 なんだか、右手を必死に動かしているようだった。


 …………うん、気付かなかったふりをしよう。


「ア、アレックス!?」


 しかし、レイチェルはすぐに俺が目を覚ましたことに気付いてしまった。

 そして、何かをベッドの下へ隠す。


「アレックス、絶対にベッドの下は見ちゃ駄目だよ」


「……うん、分かったよ」


 俺は気まずくなって視線を逸らした。


 するとレイチェルはさらに焦ったようで、

「アレックス、勘違いしている! 私、アレックスが考えているようなことを今はしてないよ! ほら、手だって綺麗でしょ! 変な臭いとかしないでしょ!?」


 いや、どんな臭いとか、俺には分からないから!


 でも、こんなに強く否定するってことは今回、俺の予想が外れたようだ。

 もし、またレイチェルが一人でだったら、こんなに堂々と手を見せてこないだろう。


 …………んっ?

 でも、手は奇麗じゃないな。


「これはインクかな?」


 レイチェルの手が少しだけ黒くなっていた。


 じゃあ、手紙を書いていたってことか。


「これは…………気にしないで。それから本当に、絶対に、ベッドの下は見ちゃ駄目だよ」


 レイチェルは念を押す。

 誰かに向けた手紙だろうか。


 もしかしたら、レイチェルには思い人がいて、帰ってきたことを報せる手紙とか……


 そんなことを考えたところで俺は頭を振った。

 昨日からどうも考えが歪んでいる気がする。


「アレックス、どうしたの?」


「ううん、何でもないよ。分かった。下手に色々な場所を見て、またとんでもないものを見つけたりしたくないからね。…………それから、昨日はごめん。俺、感じが悪かったよね? 本当にごめん……」


 俺は深々と頭を下げた。


「アレックス、そんなに謝らないで。私は何も気にしていないよ。というか、アレックスの新しい一面が見えて、ちょっと新鮮だったな、って思った」


 レイチェルは笑いながら言った。


「だから、もう謝らないで。これ以上、謝ったら、そのことに対して、怒るからね」


「レイチェル…………うん、分かったよ。さてと、今日は呪いの検査があるんだよね。準備をしないと……」


 俺がベッドから起き上がろうとした時だった。


 ベッドから何かがゴトン、と床に落ちる。


「…………」

「…………」


 とても既視感があった。

 それを見て俺たちは硬直する。


 方や、見られたくないモノを見られてしまい、方や、衝撃的なものを見て、絶句してだ。


「待って……!」


 レイチェルが止める前に俺は床に落ちた「それ」を拾った。

 それとは男性器の形をした魔道具だ。


 これって確か、魔力を流すと…………

 俺の記憶は正しかったようで、魔力を流された魔道具は「ブゥゥゥゥ」という音を立てて、震動し始めた。


「なんで避妊具は知らなかったのに、これは使い方を知っているの!? もしかして、使ったことがあるの!?」


「あるわけないだろ! 相手がいないよ!」


 言っていて、悲しくなった。


「でも、自分に使うことは出来るでしょ?」


「俺は男だよ?」


「だから、お尻の穴に……」


「レイチェル、一旦、黙ろうね! ……この魔道具の使い方を知っていたのは、士官学校時代に面白半分で宿舎に持ち込んだ悪友ジャンがいたからだよ!」


「そ、そうだったんだ」


 どうやら、変な誤解をされずに済んだらしい。


 それにしても……


「これなら手は汚れないね」


「!!?」


 レイチェルの顔があっという間に赤くなった。


 やっぱり、と言うべきだろう。

 レイチェルは昨日、俺の裸を見たはずだ。

 を入荷したのに何もしないなんてありえなかった。


「アレックスは勘違いしているよ。私は朝はしていない。夜にやったの!」


「それ、言い訳にもなっていないから!」


 むしろ、単純明快な自供ではないだろうか。


「それにしてもこれが入るなら、俺のなんて…………」


 俺は途中で言葉を止める。

 さすが言い過ぎたと思った。


 怒られるかと思って、レイチェルの顔色を窺うと、

「それは中に挿れてないから! 中には何も入れたことないよ!」

 などと言い始めた。


「気まずくなることを言わないでくれるかな!?」


「とにかく返して! 匂いを嗅いだりしたら許さないからね!」


 レイチェルは俺に迫った。


「するはずないだろ! ちょ、ちょっと、返すからやめ……」


 俺とレイチェルはバランスを崩して、ベッドから転げ落ちる。


 今回は騎乗位ではなく、俺が押し倒したような格好になった。


 間が悪いことにそのタイミングでレイチェルの部屋のドアが開く。


「お嬢様、朝食の準備が出来ました」


 クロエさんが入ってきた。


「「「…………」」」


 三人とも固まる。


 クロエさんはスーッと部屋の中へ入って来る。

 そして、ポケットから木箱を取り出し、机の上に置いた。


「避妊具はここに置いておきますね。朝食は終わった後で大丈夫です」


「クロエさん、何が終わった後だって言うんだい!? いや、言わなくていいよ!」


「クロエ、部屋に入る時はノックをしてください!」


「申し訳ありません。ノックをしてからでは、面白い光景を見逃すと思ったので」


 クロエさんは頭を下げるが、言葉には謝罪の気持ちが全く感じられなかった。


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