02


ルイザは葛藤していた。というのも、悩みの種はアゾルである。

妻子も仲間も殺され、なんとか1人落ち延びたこの男だが、本当に信じても大丈夫なんだろうか。


本来ならば同じ人間エダイン・ウルグとはいえども他部族を受け入れないが、戦時下である今はそうも言っていられない。

信用に足るかは不明だが、少しでも戦力が欲しい。

肩に刺さった鏃を抜く処置を終えて寝床に運ばれたアゾルは、薬の効用と疲労から死んだように眠り続けた。

しかし二日、三日と日が経つにつれて人間エダイン・ウルグを駆逐せんとする軍勢の気配が色濃くなり、ルイザら海辺の人間エダイン・ウルグは密造船でトグルを離れるしかなかった。

この国の外海に逃れてしまえば、魔族の攻撃だって届かないだろう。だが、問題は船に付かず離れず付きまとう海魔オルクたちだ。

海魔は狡猾で、振り払うにはそれなりの体力が要る。この船にいるのは自分を筆頭とする少数の男女と、老人と病人であるアゾルだけ。


「この、バケモノが!」


海面から首を伸ばして牙を剥く巨大な海蛇の頭を櫂で殴り付けて追い払う仲間たちに加勢しながら、船に取り付こうとする人魚の1匹を銛でようやく屠る。しかし、同族の流血の匂いは更なる数の海魔を引き寄せてしまった。

このままでは、いずれ海魔に食い殺されてしまう。

怒りに任せてしきりに船体に体当たりする海魔に、ルイザは忸怩たる思いで爪を噛んだ。

船上ここから目測した最短距離の陸地は、トグルの砂州しかない。

陸上に適応していない海魔は、波打ち際さえ離れてしまえば襲っては来ないだろう。


「みな、聞いてくれ。我らは船を下り、これより首都へ向かう。それに伴い、そこからは3つの班に分かれて行動することにする」


布で巻いたアゾルを男衆10数人がかりで運び、ようやく海を離れたルイザ達は針葉樹の防風林に辿り着いた。

しかし……穴を掘って病人を安置し帆布を野営場として組み立てる指示を投げるルイザを、遠く離れた段丘(段々畑)から注視する影があることに気付く者は誰もいなかった。

トグルで取り逃した人間エダイン・ウルグの足跡を追ってきた黒い影たちは、司令塔の指示で周辺海域を探査していたのだ。


人間エダイン・ウルグどもの総数は18、そのうちの一匹は手負いです」


「了解した。お前は至急、本部に情報を伝えろ」


「承知」


宵闇に沈んだ馬鈴薯畑の段丘のうえ、身の丈の大小は様々だが同じ漆黒を纏う人物が、数人佇んでいる。

気配を殺して夕闇に紛れ、人間エダイン・ウルグの動向を事細かに注視していたのは、首都の本拠点より周辺都市へと派遣されていた魔族の伏兵達だった。

伏兵を務められるのは、特殊訓練を積み“猟犬”の称号をもつ少数精鋭エリートのみ。

精鋭部隊内のみで疎通する言語で交信しながら闇に沈む畑の畝を縫うように疾走し、獲物を静かにそして着実に仕留める猟犬かれらの目は静かに闇を見据えている。


「いいな。俺は東から行く…。お前たちは、それぞれ四方から攻めていけ」


「はっ」


「承知!」


野営の火を囲んで束の間の休息を労う人間エダイン・ウルグ達を囲み窄める計画を、人狼族の伏兵らは音も気配もなく、今まさに実行に移した。


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