03
「!!」
気配と状況の変化に逸早く気付いたのは、やはりルイザとアゾルだった。
襲撃のどさくさで荷に火が燃え移り、蜘蛛の子を散らすように逃げる仲間たちを護るべく腰に携帯するナイフの柄に手を添え、飛びかかってきた襲撃者に向けて抜き放つ。
だが当然、人狼の機動力と
「…っっ!」
仲間たちの死に我慢堪らず、遂に激昂に委せて飛び出そうとしたルイザの手首をアゾルが強く引き留め、焦げた荷物の傍らに身を伏せさせた。
「なにをする…っ」
「静かにしろ。ヤツらは鼻が利く。それを逆手にとるんだ…」
死体の振りをするよう小声で言い含め、襲撃者の気配が完全に消え去るのを待ってから、アゾルは注意深く周囲を窺いながらそっとルイザの手を引いて立ち上がらせる。
「すまない。わたしが、わたしが不甲斐ないばかりに…っ」
荷の傍には、子供を庇うような体勢で少女が倒れている。背中からひと思いにやられたのだろう、二人とも目を見開いたまま事切れていた。
幼い子供はルイザの末の弟で、少女は実妹である。
まだ温かい実妹の体を抱き締めて懺悔するルイザを、冷たい海風が撫でていく。
「気持ちは分かる。しかし、いつまでもこの場に留まってはいられない」
「……アゾル……」
仲間たちの遺体の傍から離れようとしないルイザだったが、やんわりと引き寄せられると漸く顔を上げた。
「行こう。とにかく、今は此処から離れねば。なに、案ずることはない……奇しくも俺たちは死を逃れることができた。生きてさえいれば、意外と大抵は何とかなるものだ」
「そう、だろうか。いや……手酷い目に遭ってきたお前が言うのだから、そうなのだろう」
不器用だが慰めてくれたアゾルに、ルイザは拠点を移してから初めて笑顔をみせた。
サッと頬を赤らめるアゾルに、ルイザは瞳に力を貯める。
「改めてよろしく、アゾル」
「こちらこそだ…」
アゾルの先導で、二人は夜陰に紛れるようにして水路を辿り、やがて内陸へ向けて歩き出した。
細く頼りなかった水路は次第に太く川幅を増し、やがて夜の森に行き着く頃には森の入口から既に瀑布の音が響いて聞こえているほど、豊かな水量の滝になっていた。
「これは……すごいな……」
ヤギの胃袋でできた水筒に水を汲み、それを終えたルイザは汚れた顔と手足を洗い流す。
「……はぁ……」
汚れと一緒に後ろ向きな考えも流れ落ちた気がして、ルイザは深く息を吐いた。
ふと、何かを削ぐ音に異変を感じて傍らを振り向くと、すぐ側でアゾルが手持ちの刃物で髭を剃り落としていた。
「…っっ」
思えば、彼も自分も敵に追われて着の身着のままで逃げ延びてきたから、真面に身嗜みをしていなかった。俄かに滲みだす羞恥心に悶えながら気休めに腕を擦り洗っていると名を呼ばれ、何気なく振り返ったルイザはまた驚いて川の半ばに立ち尽くす。
見覚えのない男が明らか不満げに名を呼ぶものだから、ルイザは目を眇めておずおずと誰何した。
「…アゾル……か?」
「おかしな奴だな。俺以外の誰がいる」
当然ながら、そこに居たのは久方振りに髭を剃り落としたアゾルだった。
30代半ばとはいえ肌ツヤは若々しく、なかなかに整った造作をしている彼にルイザの胸はまた騒つく。
「水苔で滑るからな、足元に気をつけて着いてこい。こっちだ…」
「なんだ、なにを見付けたのだ?」
「まあ、見てみろ」
轟々と音を立てて流れ落ちる瀑布のその裏側。連れられるまま行くと、やがて洞窟に辿り着いた。
その洞窟は奥に行くにつれて広く、生い茂る植物が上手い具合に入口を
「ここならば頑丈で、早々に崩れはせんだろう。どうだ、良い住処だろ」
「すごいな、アゾル。海育ちの私には、こんなことは考えが及ばなかった」
「なに。長く生きれば、誰しも知識も深くなろうさ」
少年のように屈託なく笑うアゾルに、山の勝手をまったく知らないルイザは尊敬の眼差しを向ける。それを受けるアゾルも、気分良さげに胸を逸らして見せた。
「それにな、知識は次の世代に受け継いでゆけるんだ。俺たちもまた、な」
「なっ、何を言って…次の世代?!」
直接にではなくぼやかして言うアゾルに、ルイザは赤面しながら狼狽える。
「大事な事だ。それに、俺はお前を憎からず思っている。…だから助けたんだからな…」
「…アゾル…お前…」
連れ立って洞窟に入っていく二人の背中を、春の月が照らしていた。
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