01

(……なんて返すんだろう?)


そればかりが気になって頭まで被った掛け布団の中で身悶えていると、ふいにベッドが軋んだ。


「…っ…」


「…ただいま」


トーラスが居室に戻ってきた事を気配で察したエマが鼻までそっと掛け布団を下げると、まるでそれを待っていたかのようにトーラスの手が伸びてきて、エマの頬に触れた。

そのまま続けて目蓋、鼻筋、唇…と、いとおしむように触れきて、最後に唇を指の腹でなぞられる。


─────ドクン…ッ。


激しい動悸が迫り上がってきて、きつく目を閉じた瞬間………唇に柔らかな温もりが触れて、ゆっくりと離れていった。

生きてきた年月の分だけ、そういう事だって知っている。

だからそれくらいで慌てるほどウブでもないのに…今にも心臓が弾けてしまいそうで、思わず呼吸が乱れて、意図せず涙がこぼれる。

そのまま心地よい高揚に身を任せようとした時、ふと目蓋の裏にハンクの面影がぼんやりと浮かび上がってきて、胸を軋むような痛みが突き貫いた。


「…っ…」


…話を持ちかけたのは自分とはいえ、ずっと目を逸らして考えないようにしていた契約やくそくが、絡み付いて首を締め付ける。


滅ぼされた魔女へクセ。そしてハンクと自分は、唯一無二の生き残りだ。

彼の具体的な希望ねがいを直接聞いた訳でもないけれども「満願成就を迎えたら“それが如何なる希望ねがい”でも履行はしてもらう」と念を押すほどのものだ。

彼が何を望んでいるかなど、事情を考えればすぐに理解ができた。

十中八九、ハンクの悲願はへクセ一族の血を復興させる事だ。

しかし、自分にその気がなくても履行を迫るのだろうか?

いやな未来を想像して、全身に鳥肌が立つ。

そんなのイヤだ!!


「どうして、泣いてるの…?」


「トーラス…」


けれどその痛みさえ察したように再び優しい口接けが重ねられて、痛みが中和する。

触れられる度に痛みが消えて、流れていく。


「……驚かせたよね……ごめん」


「ううん…。貴方のせいじゃない。私、あの人と迂闊に約束してしまったこと…今さらになって後悔していたの…」


「エマ…」


「ハンクは絶対に捜しに来るでしょう。でもそれは、私を心配してではない。へクセ一族の血を絶やさないためよ。男はね、愛情なんてなくたって女を抱ける生き物なんだから…」


上体を起こして居住まいを正したエマにしっかり向き合いたくて、トーラスは再びベッドに腰かけると横合いからエマを抱き締めた。


「そんな役目なんて捨てちまえ。オレ、エマを支えたい。幸せにしたいんだ。その為なら何だってする。そんなヤツ追い返してやるよ」


「……うん……」


触れ合った場所からトーラスの強く優しい魔力が沁みて拡がり、混ざっていく。

トーラスの事は少ししか知らないけれど、明るく快活で、思いやり深い彼の傍らで生きていくのも悪くはないのではないだろうか…。


「でさ、エマさえ良ければ…ずっと集落ここに居ればいい」


「…いいの?」


「いいに決まってる、大歓迎だよ!好きなだけ居て。山も俺らも来る者拒まず…去るもの追わずだよ」


「ふふっ。ガルムさんにも同じこと言われちゃった」


「あちゃー…爺ちゃんめ…」


「ねえトーラス、私…ここで、トーラスやガルムさんと一緒に生きてみたい。…だからお願い、ここでの歩き方を教えてくれる?」


彼の心遣いが、気持ちが嬉しくてエマは心がうごくままトーラスの背中に腕を回す。対するトーラスも、エマの本心を理解した上で、腹を括った。


「任せといて。何だって教えるよ。…もちろん“こういう事”もね…」


色気たっぷりに言うトーラスの腰から下の馬体が砂のような細かい光の粒子になって流れ去り、やがて収束して「二本足」に替わる。


「待ってトーラス…あなた、その格好すがた…」


「この格好すがたは爺ちゃんとエマにしか見せない。他の奴らはアタマ固いからね」


優しく、しかし手早くベッドに縫い付けられ、エマは目を瞠る。

茶目っ気にウインクするトーラスは完全な人型で、どこから見ても成人済みの美丈夫だった。


「俺が今まで見てきたなによりも、一等きれいだ…」


薄くて柔らかいトーラスの唇が首筋に触れて、そしてそのまま下へ下へと降りていく。

ゆっくりと丹念な愛撫が好くて目を細めれば、大きな手が遠慮がちに形よい乳房に触れる。


「ふふ、貴方となら…退屈しなさそうね。私、きっとトーラスに出会うために、ここに来たのだわ」


トーラスの「その先に進む」許しを請う期待に満ちた眼差しにエマは微笑むと、耳許で答えを囁く。


「それは、なによりの僥倖だね…」


エマはその夜、トーラスの気持ちに応え……

…婚夜の情事は、甘く密やかに行われた。


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