第44話 ドジっ娘
この都市、ライアルで過ごす最後の一週間。
ゆっくりのんびりと……と思っていたのだが、そうはいかなかったようだ。
私は依頼の関係で、森の奥に入っていた。
誰も寄り付かない、薄気味の悪い森だ。
森の奥ならどこもそんなものだろう……という程度の薄気味悪さでしかないがな。
今回私が受けた依頼は、盗賊団の壊滅・捕縛。
しかし、ハウスを通した正式な依頼ではない。何なら、依頼ですらない。
北の村からやって来た隊商が、盗賊に襲われたとの話を聞いた。
今日で私はライアルを発つ。最後の置き土産として相応しい案件だろう。
しかしハウスからの依頼を待つと、早くても明日になる。だから、今回ばかりはボランティアだ。
塒があるであろうと推測できる辺りを上空から俯瞰していた。
すると案の定、魔力が集中している場所があった。それは、防御、罠系のマジックアイテムの反応だった。
私は地に降りて、今は徒歩で向かっている。
空からだと目立つせいで、見つかりやすい。やるなら――奇襲だ。
塒は洞窟にあったしな。
籠城されては、いくら私でも攻城に時間が掛かるからな。手短に終わらせよう。
▼
ガサッ
ふむ……。
私は草の陰から顔を覗かせる。
〈
見張りはいない。しかし、罠が多い。はてさて、どう攻め入ろうか……。
しかし、見張りがいないのはナンセンスだな。奪った荷物で、宴の最中か?
▼
洞窟の奥で、盗賊たちは宴の真っ最中だった。
ジョッキいっぱいに注がれた酒を片手に、上機嫌そうに肉を頬張る。
「はっはっは!」
「今回は上物の女が手に入りましたね、お頭!」
「後で俺が楽しむんだ! 指一本触れんじゃねぇぞっ!?」
部屋の奥には牢があり、その中には桃色の髪の少女が横たわっていた。
しかし、その“後で”とやらは、訪れなかった。
――ドンッ!!
部屋の外から、扉を突き破られた。
そして…………一瞬にして、部屋に静寂が訪れた。
「おい、何やってる? 見張りがなんで……」
「盗賊と海賊は、どこの世界でも宴と女が大好きなんだな。おまけに下品ときた。最悪だ」
続いて現れた仮面を着けた男に、盗賊たちは動揺を隠せなかった。
――パアァァンッ!
男が大きく手を叩いた瞬間、盗賊たちは一斉に気を失った。
▼
私は〈
頭らしき男だけは抵抗に成功したようだったが、混乱しているようだった。
私は指から糸を生成し、男をぎゅうぎゅうに縛り上げる。
頭らしき男は、念のため〈
そして、部屋の最奥に位置する、先ほどの下品な言葉が向けられていた牢の前に立ち、中を確認する。
ふむ……。
特定の波長にしか反応しない、拘束系マジックアイテムか。
この波長は頭らしき男そのものか。だが、ただの波長である限り、再現は可能だ。
ヒトそのもの……生物自体の波長は基本、一つだからな。
もちろん、魔法とは毛色が異なるから再現は難しいが、形さえ合っていれば問題なさそうだ。
私は牢の鍵を解錠し、扉を開けた。
波長は一度破られたら再設定する必要があるようだ。放っておこう。あとで誰かが回収するだろう。
そして、中に囚われている少女を見る。
状態異常は特にないようだ。……ただ呑気に寝ているだけのようだな。
「う……うぅ……」
……目を覚まさないんじゃあ、仕方あるまい。
私はこの場にいる盗賊たちと、ライアルのアドベンチャラー・ハウスに転移した。
▼
捕らえた盗賊と塒の後処理はハウスに任せ、ハウスの救護室に設置されたベッドに、件の少女を寝かせた。
「う…………はっ!」
寝かせた瞬間に目を覚ますとは、これ如何に。
まあいい。話を聞こう。
「起きたか。ここはライアルのアドベンチャラー・ハウスだ」
「貴方が……助けてくださったのですか?」
「そうだ」
桃色の髪に、綺麗な翡翠色の瞳が特徴的だ。
まずは捕まった経緯からだ。大規模犯罪の毛を逃がしてはならないからな。
「なぜ、盗賊に?」
「はい、私は……北の村から王都に向かう旅の途中だったんですけど…………途中で迷ってしまい、休息のために洞窟へ…………」
で、その洞窟が盗賊団の塒だった、と……。
ドジか。いや、ただ運が悪いだけか……。
「王都まで? しかし……」
「はい、身包み全部剥がされちゃって……」
「まだ残っているか?」
「……いえ、ないでしょう。服は燃やされちゃったし、路銀は……正確な金額を記憶していなくて」
「王都に着いたあと、どれぐらいの金が必要になりそうだ?」
王都まで送ることはできる。
ウィグかレイを呼んだり、ライアルから出る馬車に乗せたり。
ウィグとレイは私に借りがあるから、特に何もなければ来てくれるだろう。
「王都に着きさえすれば、何も……」
ああ、なるほど。
「学園の受験か。しかし、落ちた場合のことは考えていないのか?」
「? 落ちませんよ」
「……そうか。少し待っていろ」
私は一度部屋を出て、まずはウィグに〈
ものの二秒で繋がった。暇か? やっぱり、暇なのか?
『ウィグか。レスクだ』
『レスク殿、何の御用で?』
『ちょっと、王都まで送ってほしい人がいてな。ライアルまで来れるか?』
『……一人ですか? 貴方が送ればいいのでは?』
『王都には行ったことがなくてな。……人数は一人だ。ハウスの救護室前にいる』
『わかりました。…………はぁ』
〈
最後に溜め息が聞こえたが、聞かないことにしよう。気持ちはわかる。
▼
わずか一分後、ウィグがやってきた。やはり暇なのか?
「頼む」
「わかりました。王都のどこまで送ればよろしいので?」
「東門付近に親戚の家があるので……」
「わかりました。……レスク殿、今回限りにしてくださいね、このようなことは。私とて暇ではないのですから。今日はたまたま非番だったから良かったものを……」
ウィグに睨まれた。
相変わらず、兜で顔は見えないが、きっと睨んでいるだろうな。
非番のくせに鎧を着るな。まあ、素顔を隠したいのなら何も言わないが……。
ウィグが転移を発動させようとしているのが見えた。
学園に通うようなら、きっとまた会うだろう。名前だけでも聞いておこう。
「――名は?」
「ぇと、ローズ・アンゼリオです。……」
瞬間、〈
私は名は名乗らない。
AAランクアドベンチャラーが生徒として学園にいる、なんて噂は広げたくない。
事実なんだがな。面倒事は避けたいわけだ。
私が本当にアドベンチャラーであることを証明するため、カードを見せていた。
カードの写真は仮面を着けたものにしておいたし、素顔はバレないだろう。
さて、宿の部屋を片付けたあとでエヴァンスに帰るとしよう。
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