第44話  ドジっ娘

 この都市、ライアルで過ごす最後の一週間。

 ゆっくりのんびりと……と思っていたのだが、そうはいかなかったようだ。




 私は依頼の関係で、森の奥に入っていた。


 誰も寄り付かない、薄気味の悪い森だ。

 森の奥ならどこもそんなものだろう……という程度の薄気味悪さでしかないがな。


 今回私が受けた依頼は、盗賊団の壊滅・捕縛。

 しかし、ハウスを通した正式な依頼ではない。何なら、依頼ですらない。

 

 北の村からやって来た隊商が、盗賊に襲われたとの話を聞いた。


 今日で私はライアルを発つ。最後の置き土産として相応しい案件だろう。

 しかしハウスからの依頼を待つと、早くても明日になる。だから、今回ばかりはボランティアだ。




 ねぐらはすぐに見つかった。


 塒があるであろうと推測できる辺りを上空から俯瞰していた。

 すると案の定、魔力が集中している場所があった。それは、防御、罠系のマジックアイテムの反応だった。


 私は地に降りて、今は徒歩で向かっている。

 空からだと目立つせいで、見つかりやすい。やるなら――奇襲だ。


 塒は洞窟にあったしな。

 籠城されては、いくら私でも攻城に時間が掛かるからな。手短に終わらせよう。





 ガサッ

 

 ふむ……。 

 私は草の陰から顔を覗かせる。

 〈隠密ハイド〉を発動させているため、探知系の魔法具でも、そうそう見つからない。


 見張りはいない。しかし、罠が多い。はてさて、どう攻め入ろうか……。

 しかし、見張りがいないのはナンセンスだな。奪った荷物で、宴の最中か?





 洞窟の奥で、盗賊たちは宴の真っ最中だった。

 ジョッキいっぱいに注がれた酒を片手に、上機嫌そうに肉を頬張る。


「はっはっは!」

「今回は上物の女が手に入りましたね、お頭!」

「後で俺が楽しむんだ! 指一本触れんじゃねぇぞっ!?」


 部屋の奥には牢があり、その中には桃色の髪の少女が横たわっていた。

 しかし、その“後で”とやらは、訪れなかった。


 ――ドンッ!!


 部屋の外から、扉を突き破られた。

 そして…………一瞬にして、部屋に静寂が訪れた。


「おい、何やってる? 見張りがなんで……」

「盗賊と海賊は、どこの世界でも宴と女が大好きなんだな。おまけに下品ときた。最悪だ」


 続いて現れた仮面を着けた男に、盗賊たちは動揺を隠せなかった。

 

 ――パアァァンッ!


 男が大きく手を叩いた瞬間、盗賊たちは一斉に気を失った。





 私は〈気絶スタン〉で盗賊たちを気絶させた。

 頭らしき男だけは抵抗に成功したようだったが、混乱しているようだった。


 私は指から糸を生成し、男をぎゅうぎゅうに縛り上げる。

 頭らしき男は、念のため〈障壁バリア〉で閉じ込める。


 そして、部屋の最奥に位置する、先ほどの下品な言葉が向けられていた牢の前に立ち、中を確認する。


 ふむ……。

 特定の波長にしか反応しない、拘束系マジックアイテムか。

 この波長は頭らしき男そのものか。だが、ただの波長である限り、再現は可能だ。


 ヒトそのもの……生物自体の波長は基本、一つだからな。

 もちろん、魔法とは毛色が異なるから再現は難しいが、形さえ合っていれば問題なさそうだ。


 私は牢の鍵を解錠し、扉を開けた。

 波長は一度破られたら再設定する必要があるようだ。放っておこう。あとで誰かが回収するだろう。


 そして、中に囚われている少女を見る。

 状態異常は特にないようだ。……ただ呑気に寝ているだけのようだな。


「う……うぅ……」


 ……目を覚まさないんじゃあ、仕方あるまい。

 私はこの場にいる盗賊たちと、ライアルのアドベンチャラー・ハウスに転移した。

 




 捕らえた盗賊と塒の後処理はハウスに任せ、ハウスの救護室に設置されたベッドに、件の少女を寝かせた。


「う…………はっ!」


 寝かせた瞬間に目を覚ますとは、これ如何に。

 まあいい。話を聞こう。


「起きたか。ここはライアルのアドベンチャラー・ハウスだ」

「貴方が……助けてくださったのですか?」

「そうだ」


 桃色の髪に、綺麗な翡翠色の瞳が特徴的だ。

 まずは捕まった経緯からだ。大規模犯罪の毛を逃がしてはならないからな。


「なぜ、盗賊に?」

「はい、私は……北の村から王都に向かう旅の途中だったんですけど…………途中で迷ってしまい、休息のために洞窟へ…………」


 で、その洞窟が盗賊団の塒だった、と……。

 ドジか。いや、ただ運が悪いだけか……。


「王都まで? しかし……」

「はい、身包み全部剥がされちゃって……」

「まだ残っているか?」

「……いえ、ないでしょう。服は燃やされちゃったし、路銀は……正確な金額を記憶していなくて」

「王都に着いたあと、どれぐらいの金が必要になりそうだ?」


 王都まで送ることはできる。

 ウィグかレイを呼んだり、ライアルから出る馬車に乗せたり。

 ウィグとレイは私に借りがあるから、特に何もなければ来てくれるだろう。


「王都に着きさえすれば、何も……」


 ああ、なるほど。


「学園の受験か。しかし、落ちた場合のことは考えていないのか?」

「? 落ちませんよ」

「……そうか。少し待っていろ」


 私は一度部屋を出て、まずはウィグに〈念話テレパシー〉を飛ばす。

 ものの二秒で繋がった。暇か? やっぱり、暇なのか?


『ウィグか。レスクだ』

『レスク殿、何の御用で?』

『ちょっと、王都まで送ってほしい人がいてな。ライアルまで来れるか?』

『……一人ですか? 貴方が送ればいいのでは?』

『王都には行ったことがなくてな。……人数は一人だ。ハウスの救護室前にいる』

『わかりました。…………はぁ』


 〈念話テレパシー〉が切れる。

 最後に溜め息が聞こえたが、聞かないことにしよう。気持ちはわかる。





 わずか一分後、ウィグがやってきた。やはり暇なのか?


「頼む」

「わかりました。王都のどこまで送ればよろしいので?」

「東門付近に親戚の家があるので……」

「わかりました。……レスク殿、今回限りにしてくださいね、このようなことは。私とて暇ではないのですから。今日はたまたま非番だったから良かったものを……」


 ウィグに睨まれた。

 相変わらず、兜で顔は見えないが、きっと睨んでいるだろうな。

 非番のくせに鎧を着るな。まあ、素顔を隠したいのなら何も言わないが……。


 ウィグが転移を発動させようとしているのが見えた。

 学園に通うようなら、きっとまた会うだろう。名前だけでも聞いておこう。


「――名は?」

「ぇと、ローズ・アンゼリオです。……」


 瞬間、〈転移テレポーテーション〉が発動する。


 私は名は名乗らない。

 AAランクアドベンチャラーが生徒として学園にいる、なんて噂は広げたくない。

 事実なんだがな。面倒事は避けたいわけだ。


 私が本当にアドベンチャラーであることを証明するため、カードを見せていた。

 カードの写真は仮面を着けたものにしておいたし、素顔はバレないだろう。




 さて、宿の部屋を片付けたあとでエヴァンスに帰るとしよう。


 


 

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