第45話  保護された家へ帰省

 私はライアルから直接、ワーグナー邸の前に転移した。

 そして門を潜り、ドアノッカーを叩いた。


「はい……」


 執事が出てくる。さて、私だとわかってくれるかな?

 

「ただいま帰りました」

「お……おぉ、レスク様! お帰りなさいませ!」


 私は、二か月もこの屋敷にいなかった。

 執事も、私の顔は朧げにしか思い出せなかったのだろう。少し迷っていた。

 たった一二か月しか屋敷にいなかった人間……しかも、成長期の子供が、五年以上の月日を経て戻って来た。わかる方が凄いだろう。


 まあ……ここに来て、ただいま、なんて言うのは私ぐらいだしな。


「――帰ったか、レスク! 見違えたな」


 奥から、ワーグナーとガイオスがやって来た。

 昔よりも、ガイオスが弱く見える。それほど、私に実力がついたということだろう。


 まあ、ガイオスが強いことには変わりないけどな。

 今ならわかる。ガイオスの実力は、少なくとも聖騎士級だ。


「ただいま帰りました、ワーグナー殿、ガイオス殿」


 二人とも、五年程度では大して外見は変化していないな。

 ガイオスは……若干、ほうれい線が濃くなったか?


「さて、早速で悪いんだが…………成長の証を見せてくれ」

「わかりました」


 出発前の約束だ。

 帰ったら、ガイオスと真剣で手合わせする、と。


 しかし、アルティナを使うわけにはいかないだろう。 

 使ってしまえば、ガイオスを五体不満足にしてしまうかもしれない。

 相手がAAランク……同ランクだとしても、ガイオスは私より弱い。


 剣だけのガイオスとは違い、私には、魔法という大きな手数とアドバンテージが存在するからだ。





 私たちは五年前と同じように、中庭で向かい合っていた。

 

 ガイオスの剣はなんの変哲もない、ごく一般的な剣だ。見た目は、な。


 私は〈武器創造クリエイト・ウェポン〉で剣を作った。

 身動きするたびに、腰に付けた鈴が鳴る。魔法はいつでも放てる。

 魔法は……控えめでいこう。これはあくまで、剣の勝負だ。


「そんな間に合わせの剣でいいのか?」

「問題ない」

「それでは…………開始!」


 ワーグナーの合図で、私たちは地を蹴り、剣を交えた。

 

 ……重い。硬い。

 まともに打ち合えば、私の剣の方が先にやられそうだ。 


「――〈剛力ストレングセン〉!」


 ガイオスが〈剛力ストレングセン〉を発動すると、剣の重みが更に増した。

 力を増幅させる初級魔法だ。増幅具合は、おそらく倍率変化だ。


 ……このままでは分が悪い。

 私は〈閃撃〉を発動させ、後退する。


 真に受けても〈防護膜プロテクション〉である程度は防げるが……突破されないとも限らない。

 だが、〈防護膜プロテクション〉のおかげで〈閃撃〉で体にかかる負荷――空気抵抗がかなり軽減される。

 出せる最高速度が少しだけ上昇した。


 私はスピードを控えめにした〈閃撃〉で、ガイオスの周りを飛び回る。


 ガイオスは冷静に目を瞑っている。

 気配で……視覚以外の感覚で私を捉えようとしているのだろう。AAランクアドベンチャラーの肩書は伊達ではないな。


 しかし……私の前には意味のない行為だ。


 私は腰に鈴を付けている。

 私が方向転換する度に鈴が揺れ、音が鳴る。


 そして、その音に波長を乗せ……魔法が編み出される。


 ガイオスの上空に、四発の〈火球ファイアー・ボール〉が出現し、落ち……火柱が上がる。


 ……少しは傷を負わせられたか?


 しかし、火柱の中から現れたガイオスは……無傷だった。

 ガイオスの表面に、薄い膜が見えた。〈防護膜プロテクション〉……ではない。それの劣化版だ。

 このレベルなら……防具に付与されているのだろうな。


 では、そろそろ本気で行くとしよう!


 私は剣を構え直し、〈炎剣フレイム・ソード〉で剣に炎を纏わせた。

 アルティナで使えば綺麗な色になるのだが……普通の剣では、普通の赤だ。


 ワーグナーの目には、ガイオスの周りに一本の赤い筋が走っているように見えていることだろう。

 そして徐々に赤い線がガイオスに近づき……短く甲高い金属音と共に、離れた。


 ガイオスは〈水剣アクア・ソード〉を発動させていた。


 私は〈閃撃〉を解除し、ガイオスと向かい合った。


「独特な戦い方だな、レスク」

「そうか?」


 再び〈閃撃〉を発動させて距離を詰め、解除した。


 ガイオスは剣術指南役らしいからな。

 純粋に、剣術で勝負したかった。

 しかし、独特……かぁ。いい意味での独特、なんだろうけど……。


 私は突きを何度も何度も放つ。

 一か所を狙った突きではない。ガイオスという的に当たればいいだけの突きだ。


「くっ……」

「どうした? 防御でやっとか、剣術指南役様?」

「何をっ! ――はぁっ!」


 ガイオスの大振りの一撃が、突きの雨をすり抜けて迫ってきた。

 私は大きく後退した。すると距離を詰めるようにガイオスが迫って来た。


 ――ジャリッ


 私が地面に足を着いた際に発生した音。

 それに合わせ、〈転移テレポーテーション〉を発動し、ガイオスの上空に転移した。


 背後に転移するのが定石なのだが、ガイオスは常に背後に剣を回せる体勢をキープしている。

 背後に回ろうものなら……斬られていた。

 私には〈防護膜プロテクション〉があるが、これは試合だ。峰打ちでも負けになってしまう。


 私は、ガイオスの頭頂部に踵落としを叩き込んだ。

 ちなみに〈剛力ストレングセン〉で威力は増大中だ。

 そこへ回転による遠心力が更に加わり、的確に急所を狙うことで……


「――ぐぁっ!!」


 ガイオスは気絶した。

 これが首に当たろうものから、ガイオスは死んでいたかもしれない。


 私の蹴り自体はガイオスの防御膜に阻まれ、ガイオスには当たっていない。その衝撃で防御膜は破れたがな。

 だが、そこで生じた超強烈な振動がガイオスを貫通し、内部を直接攻撃されたガイオスは重度の脳震盪を起こし、気絶した。というわけだ。


「しょ、勝者……レスク!」


 



 その日の夜、私はワーグナーの部屋に呼び出されていた。

 

「レスク、これがお前の受験票だ」


 そう言って、一枚の細長い紙を渡された。

 紙には大きく、九十と書かれていた。


「九十……」


 これが、私の運命を示す番号と言っても、過言ではない。

 受験とは、そういうものだろう。

 ……少しドキドキしてきた。受かるかどうかではなく、この空気がそうさせる。


「まさか、AAランクアドベンチャラーが受験するなんて、思いもしないでしょうね」


 ガイオスがそう言って笑う。

 その件は私もどうなのか、と考えていた。

 Sでないだけいいのではないか、とも思ったが……。まず、Sランクが存在するのかが不確かだ。


「一週間後……王都、ですね」

「ああ。馬車はもう押さえてある。六日後に出発だ。あとは、ここでゆっくりして行きなさい。ここはもう、お前の家も同然なのだから」


 ワーグナーはふっ……と、微笑ましい笑みを浮かべた。

 よく、人が愛しい相手に向かってたまに……自然と浮かべる表情だ。


 ワーグナー……やはり、“親”……なんだな。



 

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