第34話  悪魔ディヴィアル

「ほな、まずは挨拶から! わしの名はディヴィアル。悪魔やらせてもろぉてます」


 悪魔と名乗ったナニカ――ディヴィアルはペコリと、丁寧にお辞儀をした。


 すべてを呑み込むかのような漆黒。人型はしているが、凹凸はなにもない。鼻も口も……。

 ただ、眼らしき二つの穴だけがある。


「んーーそこのお三方、名前だけ名乗ってもろぉて構わへんか?」


 ディヴィアルは私とウィグ、レイを順に指差した。


「リスガイ王国聖騎士、レイ・マイン」

「同じく、ウィグ・ドミィ」

「……AAランクアドベンチャラー、レスク・エヴァンテール」


 名乗ろうかどうか迷ったが、結局名乗らざるをえなかった。

 二人が名乗っちゃったからな。肩書までセットで。

 

 ディヴィアルの眼……異様な輝きを有していた。

 おそらく、嘘を見破ることができる眼だ。特殊な眼というわけではなく、鍛え上げられた眼。


「ほないでっか。そんでわしは、ここでたいそう長い時間封印されとったんや。あんさんのおかげで解かれたけどなぁ」


 悪魔は私を指差した。


 …………そうか、あの扉の封印……悪魔の封印とリンクしていたのか! 

 最後に解いた波長が、この悪魔と扉を繋げていたのか。


 くそっ! 再封印の手が消えたか。奇しくも、自分の手によって……ッ。

 

「あんさんには感謝しとるんやでぇ? ……さあ、戦いましょうや。ああ、後ろの雑兵を混ぜても構へんで」

「ふっ……巻き込まないさ。お前たち、後ろで待機していろ」


 レイがそう、騎士たちに命令を下した。

 賢明な判断だ。あいつらはハッキリ言って、戦力外だ。

 

 それに、イトシとケメが死んでは、ライアルはまた無法都市に後戻りだ。私が無法者たちを平和に導いたというのにな。

 最悪、私がいなくなっても、二人がいれば安泰だろう。


「こっちのが広いで。こっちでやりましょ。……それと、あんたらが死んだら後ろの奴らは自由にしていいよなぁ?」

「……私たちが、そうはさせない」


 レイは剣を抜き、ディヴィアルに向ける。


「おーおー。勝つ気満々やのぉ。まあ、そうでなくてはつまらんわな。ま、こうくろうてはそちらさんが不利やろうなぁ。――灯せ」


 ディヴィアルが灯せ、と口にすると、空間のあちこちに小さな光が浮かんだ。

 それが空間全体を照らし……真昼の太陽の如く、部屋を明るく染めた。


 ……広い。

 ワーグナーの屋敷が一つと半分は入るだろうか。

 あの生贄の間は、この空間の壁の一面の中を伝っていたようだ。仕組みはまんま昇降機か。

 つまり私たちは、この空間全体を丸々使えるというわけだ。


 空間を照らす光球は、壁や天井に設置された魔法具のようだ。

 ご丁寧に、一つ一つ〈障壁バリア〉で守られている。

 波長が三つもある〈障壁バリア〉をこれほどの数を揃える魔法具とはな。戦いが終わったら、二、三個拝借しよう。


「これでええかいな。さて、と。女性に手を掛けるんは、ちと気が引けるんやけどなぁ。まあええか」


 女性……まさか、ウィグは女なのか?

 声は中性的だし、兜で声がくぐもっているから判断がつかなかったのだが。


「私が女だからと、関係はないでしょう。私はこれでも聖騎士なのですよ」

「ああ、失敬失敬。それじゃ……始めまひょ」


 途端、ディヴィアルのオーラ……波長が濃く……どす黒くなった。

 見ていて気持ち悪い……ドロドロしたオーラだ。これほどのオーラ……波長は、六千以上のときの中でもなかなか見なかった。

 これほどのドロドロはな。黒い波長のベクトルは様々……語りだしたらキリがないな。


 ディヴィアルの黒いオーラに影響され、聖騎士二人も波長を強くする。

 私は……普段から小さく見せている。若干強く……解放するだけでいい。


「おほっ! ビシビシ感じますわぁ、あんたらの殺気……闘志!」


 相変わらず、軽口は治らないか。

 大抵、普段から軽口のやつでも、緊迫した状況では標準語に戻る。こいつがそうなのか、そうでないのか……。


「ほんじゃ、行きまっせ……ッ! ……〈不可視インヴィジブル〉」


 途端、ディヴィアルの姿が消えた。


 ふむ……。消えたように見せているが丸見えだ。〈不可視インヴィジブル〉程度か。

 時間魔法でもない限り、私の眼はそうそう誤魔化せはしない。


「――〈ストライク〉」

「――〈斬撃スラッシュ〉」


 聖騎士二人がそれぞれ、初級魔法を放つ。二人にも見えているか。

 まあ、〈隠密ハイド〉を使用した私を察知したぐらいだ。〈不可視インヴィジブル〉ぐらい、見えていてもらわねば。


「――〈火矢ファイアー・アロー〉」


 私は火の矢を生成し、ディヴィアルの胸目掛けて放った。


「おおっやっぱり見えてはるんか」


 ディヴィアルは横に跳んで避けた。そして〈不可視インヴィジブル〉を解除した。

 

「見えとるんやったら、魔力の無駄遣いやしな。しっかし、見えてなかったらさっくりと終わらせたろ思とったんやけどなぁ。まあええわ」

「終わるのはお前だ。――〈ポイント〉」

「――〈ワン〉」


 二人が、先ほどの攻撃に気を混ぜたものを繰り出した。

 出し惜しみしないのか。まあいい。


「ほう生命力でっか。まだ受け継がれとったんかいな。まあ、だいぶん衰退しとるようやがな」


 ああ、昔はちゃんとしていたのか。


「生命力ってのはな、こう使うんやで。ほれ」


 ディヴィアルは右腕を高く掲げると、そこに気を集めた。

 なるほど、たしかによく練られている。それでも、聖騎士二人と比べて、という形容詞句が付くがな。


「受け取りぃな!」


 ディヴィアルは右手に集めた気を私に向かって投げつける。

 私は気を練り、それを防ぐ。結果としては、よく練られた私の気が勝つ。


 まさか、気を使える悪魔とは。面倒なことになりそうだ。


 



 

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