第33話  最悪の見落とし

 遺跡の最奥にあった封印された扉の先には、白骨の山が築かれていた。


 そこに積まれた白骨は、きっと、どれも人のものだろう。

 それが……何百と、数えるのもばかばかしいほどの量が、積み上げられていた。


「これは……っ! まさか……」

「あの壁画…………間違いない。――悪魔・・だ!」


 壁画を見た騎士とウィグが声を上げる。


 あくま…………悪魔か。この世界にも存在するが……物語の中でしか語られていない。

 その場合、実在するというのがほとんどなんだけどな。

 しかも相当強く、悪知恵が働くというケースがほとんど。




 そして、ウィグがそう――悪魔が描かれていると判断した壁画は、よく見ると、部屋の最奥の壁一面に描かれていた。


 全身を漆黒の闇で覆われた人型のナニカを崇める人たちの姿。

 そしてそのナニカは、それを崇める人と同じ姿をした人の胸を貫いている。


 そして、それ以外の壁には亀裂が走っている。

 だがそれは、意図的に刻まれたもののようだ。アドベンチャラー・ハウスの闘技場にあった、〈障壁バリア〉を発動させるアレと同じだろう。

 おそらく、状況から考えるに……召喚魔法。


 ……ふむ。

 不自然なほど埃が溜まっておらず、毒ガスや臭いも溜まっていない。

 まるで、この部屋だけ時が止まってしまっているような奇妙さ……。


「小綺麗な部屋だ……。……レスク、魔法は?」

「……ないな」


 私の眼には、魔法の波長は映っていない。

 ただ、私には謎の制約が掛けられている。――“時”に関するあらゆる魔法が使用不可という。


 おそらく、私が百の人生を送り、一度目の人生の記憶を忘れるという呪いと共に課せられた、もう一つの呪いだろう。

 つまり、解呪は不可能。つまり、“時”に関する魔法は金輪際、扱えない。


 念の為、警告を飛ばしておくか。


「……私に感知できていない可能性も考慮しておいてくれ」

「「了解」」


 ……この感じ……術は発動した後のようだ。

 しかし、成功したのか失敗したのかは不明だな。


 召喚魔法は世界ごとに体系が違う。波長は……残っていない。残っていた場合、死を覚悟したがな。





 白骨の山を〈念動力サイコキネシス〉で浮かしつつ、白骨に隠れた地面まで……隅々まで調査した。


「……ここには何もないようですね」

「ああ、そうだな。本当にただの遺跡だったか」


 ……どうも腑に落ちない。

 明確な根拠はないが、どうにもこの不安が……警鐘が鳴り止まない。


 ここの白骨は悪魔召喚の際に生贄となった、悪魔の信者たちだろう。

 魔法が発動したのは、おそらく遺跡ができた八百年以上前。


 ――ゾクッ


 首筋に悪寒が走った。最悪の警鐘……命懸けの戦いが始まるときに起こる最大級の警鐘。


「――すぐにここから出――」


 ――ガコンッ!!


 扉が勢いよく閉まった。


 やられた! 

 扉に掛けられた罠魔法は解除したが、それ以外の魔法は解除していない。


 ……扉の付け根。

  

 そこには、発動してようやく感知できる程度の魔法が仕掛けられていた。

 いや、魔法と呼べる程のものでもなかった。だが、こうして発動されたせいで、ようやく気付けた。


 だからこそ、気づけなかった。……しかし、ソレは状況を一変させた。


「みんな、武器を構えて一か所に固まれ!」


 レイが命令を下した。


 次の瞬間、部屋全体が大きく揺れ、白骨の山が崩れ落ちてきた。

 そこでようやく、私は……最悪の事実が実現していることに気が付いた。


「まずい……。悪魔召喚の儀式は成功している!! 総員、攻撃に備えろ!!」


 そう。白骨の山が崩れたとき、腐肉臭が一切なかった。それどころか、骨には肉片がまるで付いていなかった。

 悪魔召喚に失敗したのであれば、死体は分解され、白骨化したはずだ。

 それでも分解されなかった肉片が僅かに残り、僅かな特有のにおいを発する。

 これはどの世界にも共通だった。人の体の仕組みだ。


 しかし、それ――臭いや肉片が一切ない。あるのは、磨かれたような白骨のみ。

 つまり、悪魔召喚は成功したということになる。


 贄だけ捧げたが、悪魔は来てくれませんでした、というパターンが理想だった。だが今となっては、その可能性は考慮すべきではない。

 常に何かある可能性を考慮して動くべし。


 最後に大きく揺れ、揺れは収まった。

 ……地下に部屋ごと落とされたか。よくある罠かつ、効果は最悪級だ。


「まだ待機だ」


 私はこういう場合、どう動くのがまずいのか、よく知っている。

 安易に外に出るのは危険。だが、内に閉じこもり続けるのも危険。


 しかし、そのような心配はいらなかったようだ。


「――総員、扉から離れろ!!」


 私がそう叫んだのと同時だったか。

 扉から、真っ黒な足が生えた。


「ん~~……蹴破れるかぁ思ったんやけどなぁ。こんなもろうなっとるとは思わへんかったわぁ」


 訛りが強い。

 しかし……――強い。


 声はまだ続く。


「まあええやろ。強い気配は……なんや、三つかいな。まあ、楽しませてもらいまひょかぁ。――〈獄炎ヘル・ブレイズ〉」


 途端、漆黒の足から黒い炎が噴き出した。

 波長は四つか。しかし、その波長はただの上級炎系魔法……〈灼炎ブレイズ〉と同じだ。

 しかし、その波長は少々、毛色が違うように感じられる。悪魔らしさを感じる波長だ。見ていていい気分はないな。


 しかし……この空間は狭いな。私と聖騎士二人の三人がかりで討伐できるか……。

 切り札を切ることも考慮せねばな。


「おお? なんや、こんな狭い空間にこんなにおったんかいな。狭かろうて。出したるわ! んー……これやな。ポチッと」


 悪魔がそう言うと、ゴゴゴ……と部屋が揺れ、壁と天井がバラバラになって空中に浮かび、散らばった。

 ドアのあった場所には、真っ黒な人型のナニカが立っていた。


「ほな、まずは挨拶から! わしの名はディヴィアル。悪魔……やらせてもろぉてます」


 ディヴィアルと名乗った黒いナニカ……悪魔は、礼儀正しくペコリとお辞儀をした。

 


 

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