第27話  死神と死神の右手

 三年後の五月半ば。

 私は生後四年……四歳の誕生日を迎えた。

 アドベンチャラーとして活動できる期間は、残り一年を切った。


 この三年と少しの活動で、私の噂は王国中に広まったようだった。

 だが、私の詳しい外見や能力に関する詳しい部分がまるで伝わっていない。

 聞いた感じ、「ライアルに何だかわからないけど強い人が現れました」。


 曰く、無法都市ライアルを建て直した英雄。

 曰く、無法都市ライアルの無法者たちをまとめ上げた鬼神。

 曰く、傷一つ負わない戦神。

 曰く、血で紅に染められた剣を持つ剣神。


 曰く…………眼についた魔獣は悉く命を奪われる……死神。


 曰く、仮面を被った男。

 曰く、小柄な男。

 曰く、高度な魔法を駆使する魔術師。




 なかなかかっこいい噂を流されているようで。

 ……まあ、そのせいで現在、厄介事の渦中なのだが。




 ライアルの路地裏。

 私を囲む黒ずくめの者たち。


 心当たりはまるでない。

 裏世界の住人というのは、大抵、訳のわからない理由で襲ってくるものだ。

 異世界を、何度も何度も何度も…………文字通り、転々としてきたからな。


「……何者だ? 誰の差し金で、なぜ、私を狙う?」

「我らを侮辱した罪を、その命で贖えぇっ!」


 私を囲む者たちが一斉に術式を編む。

 ふむ……。複数人で同じ魔法を、同じ場所――標的に向けることで、魔法の威力を上昇、かつ高位魔法を行使を可能にする、か。

 面白い。複合魔法か。この世界にもあるのだな。


 私の足元に、魔法が高速で組み立てられていく。

 上級魔法…………波長が六つか。面白い。

 だが、脱走不可能の効果でも編み込めばいいものを……。あるのかは知らんが。

 受けてやる義理はない。侮辱した覚えなんか微塵もないしな。


「「――〈滅炎バーン・ロスト〉!!」」


 私は足元に炎がちらりと見えた瞬間、指を鳴らして〈転移テレポーテーション〉を発動させる。

 魔法習得後・・・に行ったことのある地点にしか行けないし、距離によって消費する魔力量も変わる。

 それと――目の届く範囲だ。


 私は屋根の上に転移し、下で空間を燃やしている〈滅炎バーン・ロスト〉の波長を解析する。

 〈灼炎ブレイズ〉の波長に、威力強化、魔法の地雷化。

 それに加え、複数人によって生み出されたそれらの統合。

 人為的に作り出された上級魔法か。




 この世界の上級魔法は、二つに分かれる。

 複数の効果を持つ波長を組み合わせてできる魔法。

 複数の波長があってようやく、一つの魔法を形作る、私が知る上級魔法。


 前者の例としては、この〈滅炎バーン・ロスト〉と〈閃撃〉、〈振動天地シェイク・ユニバース〉。

 後者の例としては、〈転移テレポーテーション〉がいいところか。


 しかし、収穫が大きいのは前者だ。一つに見える魔法から、多くの魔法を得ることができる。

 魔法を強化する波長の方が多いが、それも魔法の汎用性を高くすることができる。

 それも含め、ようやく一つの魔法が生まれる。言うなれば、足し算、もしくは掛け算によって生まれた魔法だな。


 気を練り込むのも悪い手ではない。

 ……だが、気と魔力はまったく異なるエネルギーだ。互いに相いれない――反発する性質がある。


 気は内部に影響を及ぼす力だ。主な役割は肉体強化。


 しかし、この世界の住人はあまり気を理解していないようだ。

 三年前に見た、男聖騎士の〈ワン〉。あれは魔法に、少量の気を練り込まれていた。

 それ故、絶大な破壊力を有していた。


 ……が、魔力の流れこそ円滑だったが、気はある程度の器に適当に流し込んだようなものだった。

 まあ、一言で言うなら……気の扱いが雑過ぎた。


 核となった魔法自体はとてもシンプルなものだった。

 つまり! 気を魔力同様に扱える私が再現すれば、より強力なものとなる!


 都市内でやっていい技ではないだろうが……突きならいいだろう。

 技名は……どうしたものか。自分で名付けていいだろう。〈ワン〉の上位版ではあるが……〈てん〉でいいだろう。


 私は剣に魔力を……〈ストライク〉を纏わせる。

 魔法の内部に管を作り、そこにいっぱいに気を込める。気の量を一歩間違えれば……魔力と気が互いに反発し合い、暴発する。


 だが、私の手にかかれば問題ない。些細なことだ。


 炎が収まった瞬間、私の立っていた地点に〈点〉を放つ。

 地面が黒く焦げていたとは言え、抵抗もなく攻撃は地面を貫いた。

 

「「な、なんだ!?」」

「う、上だ!」

「いつから!?」

「どうやって!?」


 地面には直径三十センチほどの穴が開いている。

 黒ずくめの男たちはあたふたしている。


 私は〈転移テレポーテーション〉で、先ほど私が立っていた地点に降り立った。


「さて、質問に答えろ。私がいつ、お前たちを侮辱した?」

「――やかましい! 我らはお前が死ぬまで追いかけ続ける! ただ……それだけだ!」


 ふぅむ……。強固な精神だ。

 これでは〈魅了チャーム〉も効果がない。なかなかどうして、優秀な連中だ。それとも、馬鹿なだけか?


「侮辱した覚えは何もないのだがな。……狩った魔獣が問題か?」


 私は声に〈麻痺パラライズ〉を乗せる。若干の抵抗こそあったが、成功した。

 というより、抵抗がない方がおかしいと言ってもいい。

 抵抗がないとなると、どれだけ実力差があるのだ、ということになる。こいつらは一応、そこそこ優秀そうだしな。


「まるで話にならないな。……その印は?」


 男たちの肩口には、骨の右手が内に描かれた、五角形の印があった。

 暗殺集団か戦闘集団か……どちらにしろ、穏やかでない組織なのは間違いない。


 ふむ……暗殺……。まさか……。


「まさかとは思うが、私が【死神】なんて二つ名で呼ばれていることが原因か?」


 【死神】は、ここ最近耳にした噂だ。

 確かに魔獣は殺しまくったけど、生態系を考えて、ハウスの依頼分しか殺さなかったぞ?

 死神のようだ、なんて。……やれやれ、筋違いもいいところだ。


「――レスク!」


 そのとき、イトシが上から飛び降りてきた。


「こいつらは……」

「襲われた。知っているのか?」

「こいつらは暗殺集団、死神の右手タナトス・バディ。標的は、地の果てまで、天の彼方まで追いかけるという……」


 イトシは私に負けてから、まとも人になった。

 昔から連勝無敗だったことが、彼の自尊心を肥大させていたようだ。取り巻きの女たちがそんな彼を囃し立てたこともその一助だった。


 そんな自尊心を、私が何度も打ち破った。

 何度も反目を企てては、私が真正面からすべて打ち破った。


 だんだんと、彼の自尊心は小さくなり、ようやく“素の自分”を得ることができた、というわけだ。

 狭い世界で生きていると、たまにこうなる。その真反対に位置するのが私な?


「……暗殺集団死神の右手タナトス・バディか……。厄介な連中に目を付けられたものだ」


 さて、この者たちをどうしたものか。

 まずは…………会話から始めるか? 無駄な気もするが。

 

 

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