第26話  聖騎士

「――〈ワン〉」


 聖騎士が抜刀した。


 剣閃は綺麗に『一』の文字を描き、キマイラ・ゴーレムの頑丈な体をスッパリと斬り落とした。

 その軌跡上に、キマイラ・ゴーレムの核はあった。その結果、キマイラ・ゴーレムはただの土くれに戻った。


「ふう……思ったより大したことなかったな」

「しかし、この十人では相手にもならなかったでしょう」

「ああ、そうだな」

「……――〈ストライク〉」


 ――!!


 気付かれたようだ。調子に乗って近づきすぎたか。

 私の方へ槍を持った聖騎士の〈ストライク〉が迫ってきている。


 私はもちろん、避ける。そのまま〈閃撃〉を……いや、ここにはネグロもいる。

 ……まあいい、私が派手に逃げればいいだけの話だ。それでもネグロを狙うなら……どうしたものか。

 まあいい。未来の私に投げてやる!


 私は〈閃撃〉で大きく後退する。

 私の背後で轟音がした。地面に穴が開いたのだ。……綺麗な円形の穴が。

 轟音は、地面の下にあった巨石が割れた音だろう。周囲が陥没している。


 私がここにいることに気づいたのはまだいいとしよう。

 しかし、なぜ私を攻撃した? いや、理由は一つだろう。


 ……私が関係者であると察したのだろう。


「どうした、何がいた?」

「……気のせいだったようです」


 兜を被り、槍を持った聖騎士は未だ私の方を見続けていた。

 視線よりも気配の方を見るのは当然だな。やはり近づきすぎたか。少し反省。


「ふむ……。たしかに、姿を消してはいるが、何かがいるな。放っておいていいだろう。帰還するぞ。騎士おまえたち、あとは頼んだ」


 瞬間、聖騎士たちの姿が消えた。

 波長がほとんど残っておらず、断片的だが……解析は済んだ。波長は三つ。

 それぞれの波長に共通性はない。


 ふむ……。ほう……!

 これが〈転移テレポーテーション〉か! まさか、このような形で見つかるとは…………。


 ――私の背後に、〈転移テレポーテーション〉の波長が出現した。何者かが転移してくるな。

 時間差的に、どこかを経由することで私の油断を誘う腹積もりだったのか。


 ……反魔法を投げておこうか。

 今更阻止はできないが、遅らせることはできるはずだ。


 指を鳴らし、反魔法を展開する。

 余計怪しまれるかもしれないが……。だが、一周回ってこれが自然な反応だと思わせることができるかもしれない。

 ふむ。となると、手頃な魔獣を……近くにいたな。


 私は手を叩き、剣に〈斬撃スラッシュ〉を付与し、剣の軌跡の先に魔獣が来るように剣を振り下ろした。

 魔獣は一刀両断。これで、ただのアドベンチャラーに見えるだろう。


 ネグロには森の中を走り去ってもらおう。

 私の〈斬撃スラッシュ〉に驚いて逃げたナニカ、にしか見えないだろう。


 そのとき、ようやく〈転移テレポーテーション〉が発動し、その術者が姿を現した。

 やはり、剣を持った方の聖騎士だったか。まずは対話からでも…………ぉっと!


 ――私の顔目掛け、剣が突き出された。

 顔を傾け、間一髪で躱したが……。顔の横を剣が通り抜けて行った。私が顔を傾けた瞬間、抜きかけていた力が再び込められたように感じた。

 寸止めのつもりだったのだろうが……まるで穏やかじゃない。


「姿を現せ。そこにいて、先ほどから我々を監視していたのはわかっている」


 見えてはいないようだが、見えているようだ。

 仕方あるまい、解除しよう。


「いきなりご挨拶ですね」


 私が〈隠密ハイド〉を解除すると、剣が首筋に押し付けられた。


「なぜ、我々を監視していた?」

「監視とは人聞きの悪い。珍しいものを観察して、何が悪いと?」


 ……間違いない、私の鼓動から嘘を見破ろうとしている。

 ……問題ない、嘘吐かなければいいだけの話だ。自分の中で、そう言い換えればいいだけの話だ。

 嘘を現実に、だ。


「…………なぜ姿を隠していた」

「アドベンチャラーとして、魔獣狩りに来ていたので。……あそこに転がっています」


 私は先ほど倒した魔獣を指差す。

 これは、先ほど作り出した現実だ。嘘ではない。


「……シャドウハウンドか、なるほど」


 ……幸運だった。

 まさか偶然仕留めた魔獣が、人の気配に敏感で滅多に人前に姿を見せない魔獣だったとは。

 シャドウハウンドが、完全に意識の外にいたおかげで容易く仕留められたのだろう。


「……物珍しさに見物したかったのであれば、なぜ同行しなかった?」

「ケメ──あのアドベンチャラー──は私の友人なのですが、そいつに同行を拒否されまして。それに、聖騎士様が来るとは思いもしなかったので」


 ネグロを任されていたからな。来るな、と言うより、行けないだったが。

 これも、嘘ではない。


「ふむ……」

「どうしました?」


 上手く急場は凌げたはずだ。

 肉体を魔力や気で操って、心臓の鼓動を強制させることもできるが、少々息苦しくなる。

 この、「受け取り方によっては嘘も真実となる理論」の方が効果的だ。


「まあいい」


 ネグロはバレてはいない、か……?

 まだ何かあるようだ。


「先ほど、ここに一匹、大きめの魔獣が存在していた。気づいたか?」

「魔獣が……? シャドウハウンドのこと……ではないようですね」


 シャドウハウンドの以外に危険な・・・魔獣はいなかった。

 ネグロは危険な・・・魔獣ではない。


「…………」

「どうされました?」

「……ふぅ。失礼した。では、失礼する」


 瞬間、聖騎士は〈転移テレポーテーション〉で姿を消した。


 何とか急場は凌いだか……。

 転移先は……遠くてわからないが、なんとなく方角はわかる。

 おそらく……王都だ。そもそもあいつは聖騎士だしな。


 ……にしても、本当に失礼なやつだったな。

 まあ、魔法を習得できたから良しとしよう。〈転移テレポーテーション〉は波長を見たすぐあとに反魔法作り出したためか、すぐに習得できた。

 習ったことはすぐに使えば、それだけ身につきやすいからな。勉学もそうだ。

 

 私はネグロを探し出し、騎士たちが帰ったのを見計らって、ネグロを洞窟に戻した。

 ネグロはとてもいい子でした。


 

 

 

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