第17話  冬は明けて

 ようやく三月だ。

 たかが一か月半とは言え、長かった。私も生後九か月半か。


 この一か月半は、とても有意義なものとなった。


 波長そのものの解析はまだできていないが――できるとも思わなかったので――大して気にしていない。いや、ホントに。

 とりあえず、感情をある程度隠せるようになったはずだ。見かけの強さもより細かく弄れるようになっただろうしな。


 この一か月半で得たものは多い。

 

 まず、魔法維持の波長の発現。

 これを魔法の波長に組み込むことで、私の意識の外でも魔法が発動し続けるというものだ。

 魔法強化の一種だな。〈閃撃〉や〈浮遊フロート〉と組み合わせれば、戦術の幅が広がる。


 そして、四大元素のうち、火からいくつかの魔法と、熱の波長を取り出すことに成功した。

 氷属性の習得も、遠くなさそうだ。


 そして土だが、錬金術への発展はまだ遠いようだ。

 剣の形は作れるが、所詮泥の塊だった。


 火を除く三元素も、ある程度の魔法は習得した。応用はまだ先になりそうだ。

 しかし、及第点はあるだろう。


 これだけあれば、ある程度・・・・は戦えるはずだ。

 それに、私には剣もある。それも、とびきり上等な剣と剣術が、な。


 さて、と。巨王と銀狼に挨拶を済ませたら、早速、出発するとしよう。


 まずは、エヴァンスから離れた地で活動したい。

 これからアドベンチャラーとして、四年ほど活動するのだ。不安の種・・・・は撒かないに越したことはない。





 私は〈閃撃〉を使用して、銀狼と巨王に軽く別れの挨拶を済ませ、出立した。

 ワーグナーたちには、遠くの地で地道に活動していると、〈念話テレパシー〉で嘘を吐いた。

 確かめる術のない彼らには、それが真実だし、これからはそれが真実になる。


 私は〈浮遊フロート〉でエヴァンス上空から、山脈を背に、辺りを見渡していた。

 念の為、〈隠密ハイド〉の魔法を掛けてある。巨王から習った魔法だ。




 巨王は魔法を得意としていた。

 この一か月半、配下の猿たちの訓練相手となる代わりとして、四大元素以外の特殊な魔法を中心に、魔法を教えてもらっていた。

 教えてもらって、と言うが、実際は巨王が使うのを見ていただけだ。波長の解析が終わるまで、な。


 猿たちとの戦いのおかげで、私は今の体との親和性を高めることができた。

 本当に、銀狼と巨王には感謝しかない。


「さて、と……。西か南か北か……」


 ふむ……。王都は南西方向に行けば着くが、まだ時期じゃない。

 まずは、地方で好き勝手に暴れるのがいいだろう。となると行き先は……


「――北へ行くか」


 私は北へ体を向け、〈空中歩行エア・ウォーク〉で歩き出した。徐々に歩くスピードを上げ、ようやく〈閃撃〉を使う。

 助走、ポージングがないと失敗しやすいのが難点だが、どこの世界でも解決しなかった問題だ。今更気にしてもしょうがない。


 そして私は、誰の眼にも映ることなく、北へ向かった。

 魔力の波長が見えている者や生命を探知できる者が見ていたとしても、大空を高速で通過したナニカでしかないだろう。

 見られていても、下からじゃ私の肌すら見えないはずだ。





 王国最北端の都市、ライアル。

 落ちこぼれたちの流れ着く無法都市。


 まさか、これほどとは思いもしていなかった。

 ライアル近くの村に寄って、農作業中のお爺さんに聞いた話よりもひどい。


 少し戻るか?

 そう考えたのだが……。


 アドベンチャラー・ハウスのすぐ横手の路地に降り立ってしまったし、すでにアドベンチャラー数人が目の前に立っている。

 人気のない場所だったのだが、まさか酒屋の扉の真ん前だったとは。壁にしか見えなかった。

 おまけに、このタイミングで出てくるとはな。まだ昼間だぞ。


「……………んぁ? ……おい、坊主。こんなところでぇ何してやがんだぁあ? あ゛あ゛?」


 やれやれ、べろべろに酔っているようだ。酒癖の悪い大人は弱い傾向がある。今回も例に漏れず。

 おまけに、後ろのやつらも大分酔っているようだ。

 面倒だ。解毒してしまうか? まあ、まだいいだろう。お灸をすえてやろうか。


「おい。妙~~に小綺麗ななりしてんじゃねえか。コレ……持ってんだろ?」

「俺ら、酒飲んで金がなくてよぉ……寄付してくんねぇ?」


 酔っ払い共は、げらげらと下品に笑い出した。何が面白いのやら……。

 いい大人が。見てられんな。

 酔いを覚まさせる、いつも通りの手で行こう。


「お前らみたいなクズ・・に渡す金は……ない!」


 クズ、の部分を強調しておいた。


「「…………あ゛?」」


 さすがは年(だけ)を積んだアドベンチャラーか。思ったより腕は悪くない。

 殺気が溢れ出ているが、抑えている様子はない。これが全力か。


 …………ぬるい。


 今の私でも、これぐらい出せるぞ。

 今は自分の波長を少し弄って、あまり強く見えない……アドベンチャラーランクでいうD相当にしか感じられないようにした。


「聞こえなかったか? お前らに恵んでやる可哀そうな金なんぞない。……わかったらさっさと帰って、酔いでも覚ましてろ!!』

「「はい!!」」


 ふむ。ここで激昂して襲い掛かってきてくれたら…………ん? いい返事をして帰って行った? 

 …………感情の波が奇妙なほど静まっている。先ほどは嵐の日の海以上に荒立っていたのに。


 何が起きたのかは知らんが……まあいい。

 気を取り直し、ハウスへ入ろうか。


 私は一抹の不安を抱きつつも、この都市のアドベンチャラー・ハウスの扉を開けた。

 

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