第11話 カリナーレ様について  フェバット伯爵夫人視点

 私はフェバット伯爵夫人ロイリューネと申します。カリナーレ様とは、王太子妃殿下に対して少し不遜な言い方になるかもしれませんが、友人でございます。


 妃殿下ご本人もそう言って下さいまして、勿体ない事ですが身分の上下を超えて友人としてお付き合い頂いております。実際、私たちは気が合いますので、気のおけない関係であることは間違いございません。


 カリナーレ様と私は二つ違い。私の方が上でございます。カリナーレ様と出会った時は私は十六歳で結婚したばかりでございましたね。


 私は元々サンカース伯爵家の長女で、そこからフェバット伯爵家に輿入れしたばかり。十六歳は輿入れの年齢としては幼いとまでは申せませんが、貴族夫人としてはまだ歳若く、社交の場では心細い思いでおりました。


 そこへ、侯爵令嬢とはいえ後嗣であり、令嬢よりも格上、つまり貴族夫人と同等の身分をお持ちのカリナーレ様がおいでになったのです。


 そのデビュタントは非常に堂々としてお見事で、しかも王太子殿下のエスコートを受けるという特別待遇でいらっしゃいましたが、まだこの時は成人前の十四歳。身分的にご令嬢方には近付きにくいのに、年齢的には夫人達とは馴染み難かったカリナーレ様に、私がこれ幸いとお声をお掛けしたのがお付き合いの始まりです。


 カリナーレ様は水色と緑の間のような色、翠色の大きな瞳をお持ちです。やや吊り上がった目尻から少し勝気な印象を受けますが、お顔の造作はそれほど自己主張が強くなく、少しウェーブの掛かった薄茶色の髪からも優しげな印象を受けます。それとこの頃はなんだか非常にお痩せになっていましたね。


 強い印象を受ける程の派手な美人ではありませんでしたが、十分にお美しいと思いましたよ。


 お作法はしっかりしておられ、特に態度が非常に堂々としているのが印象的でした。オドオドしたところはなく、社交界でまだまだ若輩で自信が持てなかった私には羨ましく映りましたね。


 ダンスが最初からお上手で、王太子殿下と踊る様に皆ため息を吐いて感心したものでしたよ。そもそも王太子殿下と踊る事自体、貴族令嬢の間では憧れの出来事でございまして、普通であれば緊張してしまう事です。それがカリナーレ様ときたら一切の遠慮無く王太子殿下と堂々と渡り合っておりました。殿下に気安く親しげに接しておられるようでしたし、周囲の者達がこの時点でお二人の仲を疑うのも当然だったと言えましょう。王太子殿下は女性には塩対応な事で有名な方でございますからね。


 お声をお掛けしてお話をしてみると、カリナーレ様はハキハキとした明るい方でした。未成年なのにしっかりしておられると思いましたね。お話で伺いましたが、王宮ではその時同行なされていたアンドリュース殿下のお世話係をしているという事でした。アンドリュース殿下はこのところあまり良い噂が聞こえて来ない方でしたが、可愛らしく穏やかで、カリナーレ様にベッタリと甘えていらっしゃいましたね。


 デビュタントの夜会以降、カリナーレ様は社交界の噂話の中心になりました。兎に角彼女には謎が多かったからです。


 クシャーノン侯爵家といえばもう随分前に断絶して王家預かりになっていた家門でございます。そこから先日まで、そのお家にカリナーレ様という後継がいるなんて誰も聞いた事が無かったのです。


 なんでもご両親が亡くなった後にご病気になったカリナーレ様を王家が保護したとの事ですが、そこから十年くらいに渡ってその存在が隠し切れたとしたら逆におかしいでしょう。王宮には貴族の家の者が騎士や侍女や侍従として大勢入っていますし、大臣や官僚も常に出入りしています。


 実際、大臣であるお父様は最近まで全く見た事が無かったと仰いますし、官僚として奉職している夫も聞いたことが無かったそうです。知り合いで王宮侍女を務めています方に聞きましても言葉を濁していました。


 どう考えてもカリナーレ様はカリナーレ様では無い筈なのです。社交界の方々は怪しみ訝しみ、様々な噂が流れました。


 どこかのご令嬢がこっそり王宮に入れられたのだ、とか国王陛下が極秘に生ませたご落胤なのではないかという噂がありましたが、それなら実家の噂が聞こえても良い筈ですし、王太子殿下のあの親しげなご様子の説明がつきません。


 また、フーリエン公爵家が問題無く後見しておられる事から、フーリエン公爵家にゆかりの方である事は間違い無い筈でした。フーリエン公爵家は先先代の国王陛下の弟殿下が興したお家です。その事から、当時の国王陛下、あるいは初代フーリエン公爵のご落胤の末なのではないかとも言われましたね。零落して庶民に落ちて困窮していたところを王家が救ったのだという説です。しかしそれにしてもあまりにも王家に近すぎるのでは無いか、という意見も出まして、結局真相は闇の中でした。


 カリナーレ様がどこの誰であろうと、王家に縁の深い方で、クシャーノン侯爵家を継がせるほど重要視されている方である事は間違いありません。しかもアンドリュース殿下を抱いてあやせるほど国王陛下の信任を得ていて、王太子殿下が社交の場で自ら手を引いて歩くほどの方なのです。社交界ではこの頃既に、カリナーレ様は国王陛下のお二人の王子殿下のどちらかの妃と擬されているのだろうとの噂でした。


 ですから本来であれば殺到して良いはずのカリナーレ様への縁談の申し入れがほとんど無かったのです。婿入りすればクシャーノン侯爵家を引き継げるのですから、どこのお家でも婿入りを検討した筈です。しかし、それで王家に不興を抱かせたら元も子もありませんからね。


 ですからカリナーレ様は社交の場で貴公子に囲まれる事もほとんど有りませんで、社交の度に私とお話下さいました。この頃から王太子殿下お気に入りのカリナーレ様は王太子殿下のファンである貴族令嬢に恨まれ憎まれ、爪弾きにされがち(けして全員では無く、カリナーレ様のお人柄に触れて仲良くなったご令嬢もいましたよ)でしたから、彼女はもっぱら私や既婚のご婦人と仲良くして下さいました。この頃はまだカリナーレ様は未婚の貴族令嬢でしたから、私達といると少し肩の力を抜いて、年上の私達に頼ったり甘えたりする態度を見せましたね。


 身分も高く王家のお気に入りにも関わらず、カリナーレ様は謙虚で控えめな方でした。ですから貴族婦人たちはカリナーレ様を気に入り、だんだんと酷くなる王太子殿下狙いのご令嬢方の嫌がらせからカリナーレ様を守るようになります。カリナーレ様はあれで結構気は強く、正面から嫌みを言われたりすれば堂々と言い返すような面もございました。あんまり対立が激しくなると双方のためにもよくありません。


 何しろ王太子殿下がカリナーレ様を気に入っておられる、いや、それ以上の感情をお持ちであるというのは次第に明らかになっておりました。何しろ夜会の度にあの女性が嫌いだと思われていた王太子殿下がカリナーレ様をエスコートなさるのですもの。その表情も殿下とは思えないほど柔らかかったのです。


 ただ、カリナーレ様は王太子殿下のお気持ちに気付いておられないようでした。というか、王太子殿下のような方がご自分に懸想するなど考えてもいないという感じでしたね。この頃は王太子殿下の薄っすらとした片思いという感じでして、私共のようなカリナーレ様に近い者には迂闊に噂にも乗れず困ったものです。


 ですが、これがある時から激変します。


 なんでもカリナーレ様が病に罹られたという事で、数ヶ月社交にお出でにならなかった事がございます。私たちは心配してカリナーレ様のご回復を祈っていたのですが、ようやく病が癒えて社交に復帰されたカリナーレ様と王太子殿下のご関係は激変していたのです。


 何しろ王太子殿下はカリナーレ様を抱き寄せるようにして入場なさり、出席者達からの挨拶もそのままお受けになったのです。恋人でも婚約者でも無い方をそんな風に扱うはずはございません。ですからこれはそういう事なのです。


 そしてカリナーレ様の方も明らかに王太子殿下の想いに気が付いていらっしゃるご様子で、少し戸惑ったご様子ではありましたが。殿下とご一緒にいらっしゃるご様子は非常にお似合いでしたよ。


 私達はお二人を祝福致しましたが、カリナーレ様は「自分などに王太子妃など無理ですよ。それに王太子殿下はすぐに心変わりなさいますでしょう」などと仰っておりましたね。気持ちは分かりますが、王太子殿下の心変わりは無いでしょうね。殿下は非常にお幸せそうでしたから。


 こんな事を言ってはなんですが、カリナーレ様のお立場は色々と異例でしたから、王太子妃に内定して周囲の者はむしろ安心したのです。カリナーレ様が王族から特に理由も無く特別扱いを受けていた、という事になるとカリナーレ様への心象は良く無いものになります。しかし、当初から王太子妃として王家が育てたのだ、という事になれば特別扱いにも納得が行くというものです。


 ただ、カリナーレ様はご自分が王族から特別使いを受けているという認識が非常に薄く、王太子殿下から非常に寵愛されている事を軽くお考えのようでした。王太子殿下のお立場ともなれば、単なる親愛の情を表明するだけでも検討と配所が常に必要です。それがあからさまにご寵愛の態度を示されたというのはもう只事では無いのです。これでこの後にカリナーレ様とのご関係が壊れた、などという事が明らかになれば、王太子殿下の人格や信用度に臣下からの疑問が呈される程の事態になります。王太子殿下はそれくらいの覚悟があってカリナーレ様にご寵愛の意を示されたのです。


 これは大変危険な事でした。カリナーレ様が不用意に王太子殿下と不仲になってしまうと、王国の将来の王の権威までが揺らいでしまいます。カリナーレ様と親しい私達友人にとっては気が気ではないことです。私達はカリナーレ様が無事に王太子妃、将来の王妃様に無事なられるように懸命にフォローするようになりました。


 どうしても王太子妃になりたい貴族令嬢がカリナーレ様に嫌がらせを始めた時には、彼女たちを必死で遠ざけました。カリナーレ様と王太子殿下がご気分を損ねると大変な事になるからです。案の定、カリナーレ様は少し落ち込み、社交に出たくないと言い出しました。それを彼女を愛することこの上ない王太子殿下が真に受けて、お二人で社交への出席回数を減らしてしまったのです。


 社交界は大混乱です。招待したにも関わらず王族の出席が頂けない上位貴族は面目が丸つぶれになり、王太子殿下とカリナーレ様への心証が悪化してしまいます。社交で王太子殿下へ根回しすることが出来なくなったために政治は滞り、王太子殿下への怒りの声さえ聞こえてくるようになりました。私達はカリナーレ様に嫌がらせをした者達を呼び出し、カリナーレ様のご実家の一族であるフーリエン公爵直々に叱責して頂きました。フーリエン公爵としては一族の者であるカリナーレ様への悪感情は放置出来ない所でしたし、カリナーレ様が王太子妃になる事は公爵の権勢的な意味でも重要な事だったので積極的に協力して下さいましたよ。


 嫌がらせの犯人たちの謝罪を受けたカリナーレ様は社交に復帰しました。私達は胸をなで下ろしましたよ。この事件以降、カリナーレ様はようやく、ご自分が王太子妃になる事を受け入たように見えました。王族のお立場を弁えた行動を心がけるようになったのです。人々からの祝福を笑顔で受け、周囲にご自分が上位である事を自然と示せるようになったのです。上位の者が上位である事を周囲に示すのは大事な事です。そうなれば下位の者は自然と従うようになってまいります。カリナーレ様は社交界全体に王太子殿下の婚約者として受け入れられたのです。


 私達友人は喜び安心したのですが、残る懸念はまだカリナーレ様が王太子殿下に遠慮というか、少しよそよそしい態度を示されている事でした。よく見ないと分からないレベルでしたけどね。カリナーレ様も王太子殿下の事がお好きである事はもう明らかだったのですが、王太子殿下に甘えたり頼ったりという様子は見受けられなかったのです。


 こんな事を言っては何ですが、恋愛関係にある男女は互いに甘えなければなりません。頼り合わなければ上手く行きません。お互いが心から安心して背中を預け合えるようでなければいけません。王太子殿下とカリナーレ様の関係はその辺が欠けているようなのでした。王太子殿下はカリナーレ様に全面的に心を許し、預けたがっているのですが、カリナーレ様がどうもそうさせないようなのです。遠慮なのでしょうか? どうもそれだけでは無さそうですが。


 王太子殿下が一生懸命愛をアピールして、カリナーレ様が一線を守ってそれを受けられる。そういう構図です。これでは王太子殿下が疲れてしまうでしょう。もっとも、王太子殿下は現状ではカリナーレ様への愛に溺れている状況ですから、そうは感じていらっしゃらないようですが、これが愛が薄れた、衰えた時に効いてきてしまうでしょうね。ご夫婦になられた後にそれが起こると取り返しが付かない事になるかも知れません。夫婦の間に必要なのは深い信頼関係ですから。


 お二人が正式な婚約式を行わないのはその辺りに懸念があるからかも知れません。私はちょっとやきもきしてお二人の様子を見守っていましたね。


 カリナーレ様が十五歳。つまり成人になられた年、ちょっとした騒ぎが起こります。ボイビヤ王国から使者がやってきたのですが、その要件というのがどうやら王太子殿下へ王女を輿入れするための縁談を持ち掛けてきたらしいのです。これはまた面倒な事になりました。


 ボイビヤ王国は我が王国のライバルです。その大国からの縁談の打診は我が王国としても疎かには扱えないものとなります。どうせボイビヤ王国は輿入れを通じて我が国の内政に口を出すつもりでございましょう。断固断るべきですが、断り方を間違えるとボイビヤ王国のプライドを傷付け、戦争になってしまうかも知れません。我が国が負けるわけがございませんが、国土に被害が出ても面倒です。


 社交界が噂で盛り上がる中、私どもカリナーレ様の友人や王家に近いお家の者に内々で打診がありました。何でもボイビヤ王国使者との謁見の席で、王太子殿下とカリナーレ様の婚約を発表するとのこと。その際の証人になって欲しいとのご依頼です。


 どうやら、既にカリナーレ様が既に事実上の婚約者である事を盾にして縁談を門前払いにするおつもりのようでした。門前払いは一見非礼なようですが、縁談を受けて断るよりも大事になり難いですし、きちんとしたやむを得ない理由があれば非礼には当たりますまい。


 遂にお二人がご婚約なさると聞いて、私は喜んで要請に応じました。謁見室でボイビヤ王国の使者に「王太子殿下とカリナーレ様はもう二年も愛し合っていらっしゃるのですよ」とやや誇大に言つのり、遂に婚約したお二人を祝福するのは気持ちの良いことでしたよ。


 ただ、この時、カリナーレ様は少し青白いお顔をなさっておいででしたね。どうもこの場で婚約発表されるとは承知なさっておられなかったというお顔でしたよ。それを見て私はちょっと嫌な予感が致しました。カリナーレ様のお気持ちが置き去りになっていると思えたからです。ただでさえカリナーレ様は王太子殿下に遠慮がございます。ご自分が王太子妃に相応しいと思えないと考えていらっしゃいます。そういう不安を解きほぐす事を王太子殿下はなさっておられないような気が致しました。


 それから数日後の事です。我が家に王宮から使者が参りまして「カリナーレ様がこちらにいらしていないか?」と尋ねてきたのです。? 本日はお茶会の予定もございませんし、お出でになっていませんよ? と使者に返答すると慌てて帰って行きました。


 何でしょう? そしてその日の夜会に出掛けますと、何やら大きな騒ぎになっておりました。何でもカリナーレ様が行方不明だと言うではありませんか。私は仰天して詳しく知っている方を探しましたが、誰も詳しい事情は存じ上げないようでして、王宮がカリナーレ様を探しているようだという事から噂が生じたもののようでした。


 しかし、カリナーレ様も王太子殿下も夜会にお出でにいませんし、王宮の者が走り回っている事は確かなようでした。確かにこれはカリナーレ様が行方不明という大事が起こっていると考えてもおかしくはありません。そして同時に、アンドリュース王子まで消えてしまったという話まで聞こえてきました。


 王族であるアンドリュース王子、王太子殿下の婚約者であり準王族になられているカリナーレ様が行方不明だとするとこれは大事件です。ですが王宮が何も公式に発表していない以上、私達に出来るのは噂しか有りません。


 そしてそこで生じたのが「カリナーレ様はボイビヤ王国のスパイであり、アンドリュース王子を誘拐して連れ去ったのだ」という噂でした。なんともトンデモない説ですが、否定する材料もありません。いや、私たち友人は「カリナーレ様はそのようなお方では無い」と必死に否定しましたけどね。ただ、貴族の皆様もカリナーレ様が王太子殿下と結婚したがっていない事は何となく察しておられたようで、そこからも疑惑の種が生じたようでございました。


 すると王宮から非公式の形ですが王太子殿下の声明が出ました。「カリナーレ嬢とアンドリュース王子は二人して誘拐された可能性がある」とのこと。これで話は一気に大事になってしまいました。官僚である夫も王宮に招集され、私も友人と連絡を取り合って情報を収集し、その夜は寝られませんでしたよ。


 事件は王太子殿下が先頭に立ってカリナーレ様とアンドリュース殿下を救出したそうで、結局は誘拐は誤報だったとの事ですが、カリナーレ様とアンドリュース殿下は盗賊に襲われたとの事で、それを王太子殿下が大活躍をして救出したそうです。なんとも騎士物語のような素敵なお話ではありませんか!


 その王太子殿下の凜々しい活躍をご覧になったからか、お帰りになったカリナーレ様は遂に王太子殿下に対して深い愛情を示されるようになりました。それはもう見れば分かります。王太子殿下の腕に寄り添われるカリナーレ様の肩からすっかり力が抜けておりましたもの。ご自分の全てを王太子殿下に預けている証拠です。私たち友人一同は諸手を挙げてこれを歓迎いたしましたよ。長いことお二人のご関係を身守っていた私どもにしてみれば、遂に色々な念願が叶ったのでございますもの。感慨もひとしおでした。


 それからはお二人はもうラブラブで、何かというとうっとりと見つめ合う様は、お美しいお二人ですからこれはもう目の保養でしたね。王太子殿下もカリナーレ様の想いを受けられて安心したのか、すっかり落ち着き、貫禄も出て参りまして、次代の王としての風格を急速に増しておられました。やはり男たるもの女性の愛を受けてこそ本物になるというものでございましょう。


 カリナーレ様もご自分が次代の王妃になるという運命にしっかり立ち向かう覚悟を固めたようでございました。王太子妃教育が大変だとは漏らしておりましたが、態度に凜としたものが現れるようになりましたし、私達に上位からの慈愛を向けられるようにもなって参りました。これならば王太子妃になっても全く心配はいりませんでしょう。


 ただ、カリナーレ様は時折、どこか遠いところを見詰めているような頼りなく消えてしまいそうな雰囲気で佇まれる事がございました。散策の途中やお茶会の最中に黙り込まれ、ここでは無いどこかに心を飛ばしておられるのです。そういう時のカリナーレ様は近寄りがたいというか別世界の住人のようにも見えて言葉を掛け辛いのでした。


 結局、カリナーレ様は無事に王太子殿下とご成婚されまして、私はもう涙ながらに祝福を致しましたとも。王太子殿下は私がカリナーレ様と仲良くしている事に感謝を下さって、何かと夫の事を重用して下さるようになりました。王太子妃殿下になられたカリナーレ様はお忙しくなりましたが、私との親交は続きました。私も妃殿下のお仕事を何かと手伝わせて頂きましたよ。おかげさまで我が家の格はドンドン上がって行くことになります。



 カリナーレ様が王太子妃になられてしばらく経った頃の事です。妃殿下は私との二人きりのお茶の席で仰いました。


「貴族というのはなんでしょうね。ロイリューネ様」


 不思議なご質問です。私は少し驚きながらもお答えしました。


「高貴なる者でございましょう」


 貴族は庶民の上に立ち、民衆を率いて行く存在。故に大きな権力と富を国から与えられております。


「その高貴さはどこから生じるのでしょうか。血統? 家系? それとも国王陛下からの信任? 貴族と庶民はどこが違ってそのような高貴な者になるのでしょうか」


 そう呟くカリナーレ様の瞳は不安に揺れているようでした。理由は、よく分かりません。私はそんな疑問は持ったことはございませんでしたから、答えを持ち合わせておりませんでしたけど、少し考えてお答えいたしました。カリナーレ様には必要な答えだと思ったのです。


「貴族は貴族である事を自覚すべきだ、と私は教わりましたよ。貴族の自覚を持ち、貴族の権利と義務を正しく理解し、神と国王陛下の高貴なる僕である責任を自覚して民衆を正しく率いる者。それが貴族だと。血や家系だけでは貴族になれないのだから、きちんと教育を受けて自分が貴族である事をしっかりと自覚なさいと子供の頃によく言われました」


 するとカリナーレ様は驚いたように目を見張りました。


「生まれながらの貴族でもそのように教わるのですか」


 ご自分が生まれながらには貴族では無かったような仰り方です。そういえば庶民落ちした昔の国王のご落胤の一族の出だという噂もございましたね。


「ええ。ですから貴族の自覚の無い者はいつでも庶民に落とされるし、国家への貢献が大きい者は位が上がるのです。安穏として国家や民衆への貢献を疎かにする者は貴族に相応しくございません。貴族は貴族たらんという姿勢と誇りを常に持つから貴族なのです」


 するとカリナーレ様はふわりと微笑まれました。なんだか凄く安心したというか、心配事が無くなったというような美しい笑顔でございましたね。


「ありがとう。ロイリューネ様。霧が晴れたような心地です」


「お役に立てたなら幸いですわ。カリナーレ様」


 私達はフフフっと微笑み合い、お茶を飲んでお菓子を食べ、そこからは他愛も無いお話に興じたのでした。


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