第4話 雨に捧ぐは宇宙の愛
スリー、トゥー、ワン。
唐突なカウントダウンが始まる。
握手を交わす私たちの真横に、大画面の透過ディスプレイが表示された。
スリー、トゥー、ワン。
再び、カウントダウン。
映像が再生される。
咆哮。
美しい顔を狂気に歪ませて、苦しげに叫んでいる。
画面に、
顔面蒼白で、泣きわめいている。左右の手首と足首をぴったりくっつけて、突っ立っている。
物理では縛られていない。
が、目に見えない何かで拘束されている。ように、見えた。
その眼球に、爪が突き立てられる。
そのまま、吸い込まれるように、美女の映像が侵入していく。
驚愕したようにまんまるな両眼が、虚空を眺める。
顔が赤くなる。真っ赤になる。真紅になる。
そして。
私は直視した。
スリー、トゥー、ワン。
カウントダウン。
殺人者と被害者の映像が消え、男が表示される。
スポットライトが照射されたかのように、あでやかに。
シルクハットを取り、深々と頭を下げる。
仮面の模様が、不気味に動く。
スリー、トゥー、ワン。
ずらっ、と無数の透過ディスプレイが部屋を一周、取り囲んだ。
「はち、はち、にい、さん」
発狂者たちの悲鳴の中に、陰湿な声が塗り込まれる。
「
私は黒銃を取り出した。右手、左手、一丁ずつ。
両腕を伸ばして構える。
どの方角からの開戦にも、応じられるように。
「だ、誰だ! 何者だ!? つ、つま、妻に、何をした!」
「誰だ?
「三次元の、か」
私は促されるままに、彼のセリフを代弁をする。
予測は当たり、
「さてさて。女は返してもらうよ。まだ
私はようやく
灰色の部屋で、すんなりと諦めたことを疑問に思っていた。
ここへ、私を誘導するのが目的だったのだ。
国内有数の資産家ミュータント、
その脳を洗脳し、体を占有してしまえば、莫大な資金源を得ることができる。
彼らにとって、問題はただ1点。この社屋だ。
多くの個人情報を取り扱い、トップクラスの技師たちを揃えるこの建物には、厳重に厳重を重ねたセキュリティが張り巡らされている。
いかに2次元の住人といえど、容易には侵入できない。
だが、私というランドマークを得てしまえば、話は別だ。
会社の中に侵入する、のではなく、私の前に現れる、という移動方法。
元来は
嵌められた、と私は無表情で悔しがった。
「
両腕の筋肉が膨れ上がり、スーツが裂けた。
その腕を、振り回す。
私は雨のガレージで彼に襲われたことを思い出した。
彼の大きな腕の風圧を思い出した。
ミュータントならではの怪力は、巨獣をすら貫く破壊力を持っている。
実体を持つ、相手であれば。
眼前の狂戦士に向けて振り下ろされた拳は、ディスプレイをすり抜ける。
空振りしてバランスを崩した
2次元から3次元への発砲。
胸にあいた小さな
仰向けに倒れる、振動音。
私は跳ぶように駆けると、
非情だが、
ほぼ同時に、狂戦士たちの見えない縛りが解かれた。
歓びのような哀しみのような咆哮を各々のメロディに乗せながら、彼ら彼女らは私に襲いかかる。
私は黒銃を構えた。
両腕を左右に開く、撃つ、撃つ。
右手を上に、撃つ。
左手を前に、撃つ。
腕を交差、撃つ、撃つ。
体を反転、撃つ。
一回転、撃つ。
背中に向けて、撃つ。
眼前に一閃、撃つ。
一撃一撃は確実に命中し、狂戦士たちは倒れていく。
麻酔弾に切り替えている余裕はなかった。
戦士たちの映像にノイズが走る。手足が痙攣する。
――寒気。
杖の先の銃口がこちらを向く。
私は右手の黒銃を彼のディスプレイにねじ込んだ。
次元をすり抜け、杖に触れる。弾道を逸らす。
直後に射出された電磁波が、床の死体を撃った。
私は左手に残った黒銃を
トリガーを引く、刹那、
撃音と共に、壁に穴があく。
「ぶらあぼお、8823。予想以上! 予想外! すばらしい素材に出会えて嬉しいよ。君は手に入れる。必ず。僕のコレクションにしてみせる。優秀な戦士にしてあげる。実体を持つ唯一の戦士。光栄だろう?」
企んだような模様の仮面。
私も企んだような笑顔を返す。
「光栄だね、異常者。偽正義のテロリズムで
指先をちっ、ちっ、ちっ、と横にふる。
「のんのん。テロリズムではない。革命だ。独立だ。2次元は3次元から独立するのだ」
「つまり、戦争か」
狂戦士たちの映像が消えた。
床の上には血を流し続ける
「いずれ君の体はもらうよ、
また逢おう。
声だけを残し、
気配が完全に消えたのを確認し、私は
絶命はしていなかった。だが、時間の問題だった。
失血が多い。
顔色が悪い。
呼吸が浅く、速い。
眼は開き、虚空を見つめ続けている。
「……探偵」
虚空へ向けて、
私はその手を、奪い取るように握った。
「探偵……、最期に、願いを……、聞いて、くれないか」
今日も雨だった。
エアアンブレラの嫌な音を聞きながら、私は街の外れを目指す。
足裏のローラーが迷うことなく道を滑る。
法を犯してもいないのに、ひっそりと
ニコチンの次はアルコール。
体に悪い、を標語に歴史から駆逐されていった。
人類は健康を目指して不健康になっていく。
店内に入る。
ひとり掛けの席に座り、ジン・トニックを3つ頼む。
店主の老人は怪訝そうに眉をひそめた。
「お連れ様がいらっしゃるのなら、別の席にご案内しましょうか」
「いや、いいんだ」
そっと断り、私は透過ディスプレイを店主にも見えるように表示した。
2次元の世界。
可視化されたもう一つの宇宙。
可視化された一つの愛。
狂気から回復した
「彼らの、復帰祝いでね」
そう言って私はグラスを傾ける。
店主の老人は、差別的な表情を浮かべながら去っていった。
雨に捧ぐは宇宙の愛 二晩占二 @niban_senji
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