第3話 クウハク
失神した
私のクラウド上に保存される。
その、瞬間。
「ぶらぼおおう、ぶらぼお」
私以外に動く者のいなくなった部屋に、拍手が鳴り響く。
声の方向へ振り向いた。
壁に、紳士が立っている。
いや、立っている姿が、壁に映っている。
おそらくは、
遠距離からの配信なのか、映像に不規則なノイズが射していた。
真っ黒のスーツにシルクハット。
顔には不気味な白い仮面。
インクをこぼしたような模様が描かれている。
模様は、うねうねと、生き物のように蠢いていた。
「ぶらぼおおう、ぶらぼお」
ねっとりした声で、黒い紳士は再び言う。
私は黒銃のパネルを操作しながら挨拶を返した。
「はじめまして。探偵の
「お噂はかねがね。我々の世界では有名だよ、君。
「ご好評で何より。あんたの名は?」
「あいにく、名がないのだよ。ずいぶん前に、捨ててしまってね。
そしておもむろに、その先端を私に向ける。
銃口がついていた。
その女を置いていけ、銃口がそう言っていた。
私も黒銃を
麻酔モードは解除した。
殺傷力を伴う弾丸をこめて、いやだね、と無言のメッセージを返した。
十秒、二十秒、無言のまま互いに銃を構えつづけた。
ふと、
敵意が消えた。
「残念だね」
「残念だな」
私も作り物の笑みをうかべる。ちっとも残念ではなかった。
「君とはもう少し、話がしたいもんだがね。その仕事はいつ終わる?」
「さあな、1時間か一生の、どっちかだろう」
「じゃあ、1時間後に賭けてみるか。こちらから連絡するよ。仕事が片付いていることを祈って」
「連絡先の交換が、済んでないぜ」
「もう済んだよ。こうして、出会った瞬間に」
しばらく見つめ合ったが、私は言葉を返さずに背を向けた。
そのまま、灰色の窓を出ていく。
銃弾が追ってくることを予測していた。
何も飛んでこなかった。
VRゴーグルの隙間から滝が落ちる。
嗚咽が地上300階を駆け下りていく。
大企業の社屋、それも社長室で。
せっかくの広い部屋を、まったく活用せずに。
VRグローブをつけた両腕が、赤絨毯から空気を持ち上げている。
おそらく、向こうの世界で愛する妻を抱いているのだろう。
狂人と化した眠れる美女を。
このままでは会話ができない。
私は嗚咽の隙間を縫うことにした。
「肩の傷は、すまない。跡が残るかもしれないが」
その声が通じて、
VRゴーグルを外し、巨大な緑の顔をこちらへ向けた。
眼球が白と赤に点滅している。
「ありがとう、探偵。ありがとう、
グローブをつけたままの手で握手を求めてくる。
私はまだ、握らない。
「
「なんだ?」
「彼は死んだ」
涙が止まる。
白い眼が、見開かれる。
つばを飲む、音。
「殺したのか」
「奥さんが、な」
水煙草を取り出す。煙を吐き出す。
そしてかぶりを振った。
「できるはずがない。優しい女だ」
私はかぶりを振り返す。
「拠点に乗り込んだとき、
壁に、
残酷な赤色に、
「本当に……妻が、やったのか?」
「私が近づくと、奥さんは襲いかかってきた。俊敏な、戦士の動きだった。
「
揺れる。
「
憤慨するミュータントの大男を、私は制する。
「人為的なものだ。おそらく。通常は
憤怒を、体の内に押し戻していくように。
「専門家、とは」
「心当たりがある。任せてもらえるか」
憤怒を収めきって、彼は振り返る。
再びでかい手が、握手を求める。
「あんたはいいやつだ」
今度は、握り返す。
「まだそれ以外の面を見せていない」
「いいや、いいヤツだ」
「あんたは、ミュータントと
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