第2話 透明階段の行き先は
家庭ごみ。
壊れた電子機器。
折れた鉄骨。
廃材。
骨董品。
腐った植物。
得体の知れない生物の屍体。
ありとあらゆる不用品が流れ着いた裏通りだった。
雨はやんでいた。
毒の風が舞う。
嗅覚が麻痺する。
すぐに、腐臭は気にならなくなった。
私は人差し指の先でこめかみを二度たたき、眼鏡型の解析フィルタを表示させた。
途端、あらゆる物体に残った痕跡が五色のマーカーで彩られる。
指紋、足跡、臭い、環境音、会話。
フィルタは物体に残った記憶をすべて呼び起こす。
分類もせず、雑多に。
私はそれらをひとつひとつ
不自然な、後付けの、人為的な痕跡を。
それは、蝿のたかったゴミ袋の上を跨いでいた。何もない空間を、等間隔にのぼっていく足跡。
「見えない階段か」
私はつぶやいた。
透明化ディスプレイの流行をきっかけに、多くの現代人が眼球に
便利な技術だ。
ディナーの量を実際より多く見せて体重減少を手助けする。
自宅に居ながらファッションを試着する。
生活が大きく変化するのを、全人類が許容した。
だが。
光射すところに、陰あり。
現実に「ない」ものを「ある」ように見せることができるなら、その逆もまた可能。
現実に「ある」ものを「ない」ように見せる。
こめかみを叩く。
解析フィルタのモードが変更され、階段の輪郭が描かれた。
大人ひとり分の横幅。
私は
不倫相手の名は
似合わない口ひげ。
仮想通貨を専門とした、いかがわしいトレーダーだ。
透明な階段の踊り場は透明な通路につながっていた。
またしても大人ひとり分の幅。
壁はない。
一歩踏み外せば、大怪我ですまない。
通路越しの大地を走る車が、小指の先ほどに縮んで見える。
100メートルほど歩きつづけた。
灰色のテラスにたどり着く。
灰色の花のまわりを、灰色の虫が舞っていた。
灰色の掃き出し窓が出入り口の役を担っているようだった。
引き手に指をかける。
軽い。
鍵はかかっていなかった。
部屋に入ると、血の匂いがした。
写真と同じ顔だった。
似合わない口ひげ。
部屋の中央で死んでいた。
眼と耳と鼻と口から血が溢れ出ていた。
口の中には真っ赤なプールができていた。
部屋は清潔で広い。
灰色ではなかった。
右側、真っ白の壁の向こうに、映像が映し出されている。
うなだれて座った女が、ひとり。
写真と違う部分が、ひとつだけ。
こちらに向けた
天井。
左の壁。
向こうの壁。
床。
跳びはねるように移り変わりながら、私との距離を縮めてくる。
長く伸ばされた爪。
浮き出た血管。
著明な
毒々しい色のマニキュアが、私の眼球を狙った。
瞬間、
焦げたエフェクトが、映像からはみ出てこぼれ落ちた。
苦痛に顔を歪める
私はその表情に、生命を感じた。
黒い相棒を袖口から取り出す。
小さなパネルを操作して、弾丸のセッティングを麻酔弾に切り替えた。
対
強制的にスリープモードを起動させることができる。
再び、天井や壁を跳ねながら向かってくる。
私はいやいやながら、彼女の右肩を撃ち抜いた。
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