03 俺の理想の女性像

 ここに住むって言われても、ここは単身者用のアパートだ。

 キッチンはそこそこ広く、トイレと風呂は別々だが、部屋はひとつしかない上に狭い。……っていうか、問題はそこじゃない。


「あっ、心配しなくてもいいよ。住むのは隣の部屋だから」


 なら、いいか……じゃなくて!

 それ以前に、いろいろと問題がありすぎる。


「その姿で外に出たらマズいだろ。大騒ぎになって、下手したら捕まるぞ」


 そりゃまあ、趣味で作ったものだから、絵柄に少々問題があった。

 いや、少々どころではない。………完全に萌えキャラなのだ。


「もうちょっと、実在の人物に近いっていうか、道を歩いても騒がれない程度に、見た目を変えられたりしないか?」

「そう言われても、どこかダメなのかさっぱり。参考になるものがあればいいんだけど……」


 散々人に話しかけたと言っていたのに、無視されていたとはいえ、この違いが分からないのは不思議だ。

 ならばとネットを検索し、これが実在の人物で、これがアニメ、これがゲームキャラ、そして、これがリアルっぽいけどゲームのキャラだと、出来得る限りのことを教える。

 アリスティアは飲み込みが早く、少し教えただけでパソコンを自在に使いこなした。それどころか、パソコンを介さずに情報収集する術まで身に付けたようだ。


 イメージができたのか、少し考えるように天井を見上げると、立ち上がって集中を始める。

 身体から光る粒子が舞い始めた。と思ったら、輪郭がぼやける。

 再び粒子が集まり始め……


「よっと、……こんな感じで、どうかな」


 なかなか微妙なラインを突いて来る。

 確かに現実に居そうではある。だがやはり、まだどこか人間離れしているような感じもする。


「んー、たぶん、整いすぎてるんだな」


 そりゃ、完璧に整った人間も世の中にはいるだろう。

 だが大抵、左右で目の形が微妙に違ったり、利き腕のほうが筋肉がついてたり、とにかくどこか微妙にバランスが崩れていたりするものだ。


「うーん……、じゃあ、こんな感じで」


 あまりやり過ぎると逆効果なだけに、なかなか難しそうだが……

 アリスティア自身も、どことなく気付いていたのだろう。ちょっとした見た目や仕草の変化で、かなり自然に近くなった。

 ……まあ、魅力的すぎて、別の意味で騒ぎになりそうだが。


 あれっ? これって、マズくないか? このままコレが外を出歩けば、俺の理想の女性像が世間に公開されるってことじゃ……

 ついつい創作心がうずいて、余計なアドバイスをしてしまった。


「そんな芸当ができるなら、もっと別の、普通の人に化ければいいのに」

「かつての、神々が信じられていた時代だったら、できたんでしょうけど……」


 そう言って小さく首を振る。


「今、こうしてこの姿で存在できるのは、栄太がこの姿に強い想いを込めてくれたおかげ。今も、できるだけ自然な姿になれって願ってくれたでしょ? だから、こうして変わることができたのよ」


 結局、俺が墓穴を掘っただけなのか?

 いやまあ、萌えキャラのまま外に出られるよりもマシだ。それに冷静に考えれば、俺の作品だとバレなければそれでいい。

 それよりも……


「ちなみに、どうやって部屋を借りるんだ? 書類とか保証人とかも必要だろ?」

「もしかして、まだ信じてない? 私、女神なんだけど。ここの土地神なんだけど。ちょっと精霊に頼めば、そんなの簡単よ」


 自在に姿が変えられないとか言った後で、そんなドヤ顔をされても困る。

 ともかく、隣の部屋とはいえ、出て行ってくれるならそれでいい。

 俺の役目もここまでだ。あとは好きにすればいい。


「ん~、名前どうしよっか。繰形アリスティアだと、ちょっと不自然よね……」

「ちょっと待て。なんの話だ」

「だってほら、ここで暮らすならファミリーネームがないと不便でしょ?」

「だからって、珍しい苗字が二部屋並んでたら、知り合いだって思われるだろ」

「知り合いも何も、これからも仲良くして貰わなきゃ困るんだけど。私、栄太に忘れられたら、この姿、維持できなくなっちゃうし」


 いっそ全部忘れてしまえば楽になれるのでは……と思うが。こんな出会い方をした上に、この姿だ。そう簡単に忘れられるとは思わない。

 だいたいなんだ。その姿でアリスティアって。人様の名前をとやかく言うつもりはないが、違和感がありまくりだろ!


「どうせなら、アリスティアって名前も変えないか? ……そりゃまあ、どんな名前でもいいし、その名前にも愛着があるのかもだけど、仮にもここの土地神だろ? 日本の土地神がアリスティアっていうのは、さすがに馴染まないと思うぞ」

「土地神って言ってもただの管理者だしね。私のような存在は、認識されてないってだけで、他にも居るし。でもそうね。どうせなら、ここの神様っぽい名前を、栄太が考えてよ」


 なんで俺が……とも思ったが、隣に繰形アリスティアを名乗る人物に住まれても困る。

 表札が無ければ気付かれることも無いだろうが、知り合いにバレたら説明が大変だ。赤の他人と言ったところで、信じては貰えないだろう。

 特に叔父たちが知れば、間違いなく実家に確認の電話が飛ぶ。

 つまり、放っておいたら、余計に面倒なことになりそうだ。


「神様っぽい名前か……」


 画面の中で微笑んでいる女神アリスティアを眺めながら、どんな名前がいいだろうかと考え始めた。

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