02 憑りつかれた!?

 道路から細い通路へと入り、その先の階段を上る。

 古いながらも頑丈そうな、ちょっとオシャレなアパートだ。

 大家からは、限度はあるが防音対策されていると聞いている。たしかに部屋の中で、近隣住人の気配を感じたことはない。

 時間間隔のズレている俺には、かなりありがたかった。

 だからここに決めた、とも言える。


 ともかく、憩いの空間に戻ってきた。

 部屋に戻ってまず最初に、パソコンを眠りから目覚めさせる。

 念の為にメッセージを確認すると、一通だけ届いていた。

 そこにはただ「OK」を表す絵文字があった。それに合わせて、笑顔の絵文字を返す。たったそれだけで、伝わるはずだ。


 画面には、いつものように女神アリスティアの姿が見える。

 手にしたボードには天気予報と「今日はなんの日」が表示されている。

 前に作った、バーチャルアシスタントだ。

 とはいえ、たいしたことはしていない。自分で作った3Dモデルに既存のソフトを組み合わせただけだ。なので、これといった機能も備えていない。

 身もふたも無いが、最初こそ面白がって使っていたが、調べ物なら普通に検索したほうが効率的だ。

 なので、今ではすっかり、マスコットキャラと化している。


 買ってきた物を棚や冷蔵庫にしまい、サッサと着替えて手洗いうがいを済ませると、パソコンのソフトを立ち上げる。

 女神とは別の3Dモデルが現れる。

 スポーティで健康的、それでいて知性と優しさを感じさせる、ホットパンツ姿の女性だ。

 完成しているように見えるが、まだまだだ

 茶色っぽい長髪のサイドを編み込んで、ポニーテールにしているが、その作り込みがまだ甘い。

 完成するまでは名前を付けないと決めていて、便宜上『姫』と呼んでいるが、それも今日でおしまいだ。髪が仕上がれば、とりあえず完成となる。

 いつかはワンピースやエプロン姿なんてものも用意してあげたいが、それはいつになるだろうか。

 ぶっちゃけ、コレはただの趣味。本能の赴くままにただ理想を追い求めた一品に過ぎない。でも、それだけに手がかかっているし、どこに出しても恥ずかしくないと自負している。

 ……実際に流出したら、自殺ものだが。


「こんなものかな……」


 いろいろと角度を変え、物理演算で揺らしてみる。

 今のところ、髪は暴走してないし、ホラー映像にもなっていない。


 データを変換して、別のソフトを立ち上げる。

 自動で画面の中を歩き回り、いろんな仕草をするだけのものだが、特に問題はなさそうだ。


「よし、完成だ」


 まだまだやりたいことは山ほどあるが、とりあえずこれで大満足だ。


「………?」


 なんだろう。何かの気配を感じる。

 今まで霊感が強いと思ったことは無いし、そもそも幽霊の存在を信じていない。

 それでも、このゾクッとする感じは、無視できない。

 振り返っても誰もいないし、部屋の中には自分しかいない。……当たり前だ。


「ちょっとコレ、借りるね」


 この声には聞き覚えがある。

 さっき公園で、意味不明の合格通知をしてきた声だ。

 画面から、キラキラとした粒子が出てきた。

 目の錯覚かと思ったが、歩き回っている『姫』から出ているようだ。


 思わず椅子を蹴って立ち上がり、転ぶように這って、ベットに腰掛ける。

 これ以上遠ざかろうと思えば、粒子を突っ切って玄関に向かうか、背後の窓から飛び降りるしかない。


 集まった粒子が徐々に人型になっていく。

 見間違えるわけがない。これはもう、画面の中の『姫』が出てきたとしか思えない。

 だが、粒子の放出が終わっても、画面の中の『姫』は変わりなく歩いている。


「初めまして、繰形栄太くりかたえいたくん。私は、調律の女神アリスティア。貴方にお願いがあって……って、どうしたの?」


 どうもこうもない。ツッコミどころが満載だ。

 特に、どうしても許せないのが……


「勝手にその姿を使うなよ。それに、神様が宿るのは自然とか形代とかだろ? 動物とか人に憑依するって話も聞くけど、なんで電気信号のデータに宿ってんだよ」

「だってほら、神様って万物に宿るって言うでしょ? それに依り代にしたのは圧縮した空気で、その形を保つために、だっけ? その視覚情報を使わせてもらったのよ。つまり、合体技ね。それより、どう? カワイイでしょ?」


 そうなるように作ったのだから、可愛いのは当たり前だ。

 まあ確かに、等身大の『姫』が目の前に現れ、こうして語りかけてくれているのだから感動もするが……


「そういう問題じゃないって。そもそも、その子はまだ名前が無いし、アリスティアはこっちだ」


 画面内のバーチャルアシスタントを指差す。


「えっ、私の名前もアリスティアよ。へぇ、だからか……」


 ふむふむと、ひとり納得している。


「なにが?」

「いやぁ、この世界ってほら、神様とか信じてる人って少ないでしょ? 私がこの土地を任されてから、気付いてくれた人って誰もいなかったのよ。それでもめげずに話しかけてきた甲斐があったわ。まさかこんな所に、私に信奉者がいたなんて」


 恐らく、かなり間抜けな表情を晒してしまっただろう。本気で何を言っているのか分からなかった。


「私の名前を唱えて願い事をすると、私とのつながりが強くなるのよね。だから、私の声が聞こえたんだわ」

「だったら、こっちの姿にしろよ。これも一応、女神って設定なんだからさ」

「う~ん、それでも良かったんだけどね。でも、この子のほうが強い思いが宿っていたから。込められた思いが強いほど、成功率が上がるのよ」


 女神だか、幽霊だか知らないが、人外の理屈を出されては反論のしようがない。

 まあいい……。いや、良くはないが、とりあえずは仕方がない。


「で、俺に何か用か?」


 もう、考えるだけ無駄だと思い、いろいろと諦めた。

 さっさと用事を済ませてもらって、帰って頂こう。

 そう思ったのに……


「繰形栄太くん。私もここに住むから、よろしくね」

「サッサと帰れ!」


 反射的に、この日一番の大声を上げながら、防音対策に感謝した。

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