第3章

第15話 再会

 5月5日 こどもの日


 「ねえ、聞いて!」


 昨日、みっともなく大泣きしていた表情とは真逆の笑みで、海莉は俺の肩を叩い

た。


 「拓海が、いじめっ子たち4人を一気に返り討ちにしたんだって!」


 大泉家の玄関前で、自分のことのように自慢する海莉。玄関から見える拓海が、照

れくさそうに顔の傷を触る。


 「お姉。そんな自慢話、駆くんにしても呆れられるだけだよ」


 「別にいいじゃない。減るもんじゃないんだから。今日は家庭科だけ首席の私が、

美味しいご飯をご馳走してあげるんだから。パーっとやっちゃいましょ。…よかった

ら、駆くんと小毬ちゃんも…」


 他人の俺たちには、もじもじと緊張する海莉。


「小学校からのかわいらしさが残っててよかったよ」


「え! ええ! そ、それってどういう意味!?」


「どうもこうも、そのままだよ」


そっか、と言ったきり喜びを噛みしめるようにニヤニヤと笑う海莉。何気ない言葉を

発した直後に情緒が乱れる点も変わってない。


「足利さんって鈍いんですね」


針本が、小ばかにするように俺を一瞥した。


「駆くんは鈍い。お兄とタメ張るくらいにね」


 小学生の拓海にまで馬鹿にされてる。大泉のバカと同じにされるのは、さすがに腹

が立った。


「お兄が何だって? お、駆と小毬。もう行くのか?」


噂をすれば影。バカが来た。


「ああ、お前らの大バカ兄妹を助けたおかげで自信がついたよ。こいつも青バラに認

められたと思う」


 昨日の夜、大泉兄妹に針本のことを知っている限り全て話した。まさか簡単に信じ

るとは、やはり単純なやつらだ。そういうところが憎めないのも事実だが。


 「で、針本が青バラに認められないでも、それはそれでいい。今までと同じように

生きる。だろ?」


「はい」


針本の声に嘘はなかった。「私が」と続ける。


「私が選んだ行動だから、私の選択に迷いはありません。やるだけやって、ダメで

も、その…」


「分かってるよ」


言い切る前に、海莉が遮った。


「分かってる。トゲがあっても、手を触れられなくても、私はずっと、小毬ちゃんと

友達だよ」


「あ、ありがとう」


目を丸くする小さな針本小毬。


「俺らも思ってるぜ」


拓海と肩を組む大泉。隣の弟と一緒に笑う。


「大泉さん。拓海くん」


針本は、ものすごく嬉しそうだった。


なのにどうして、


「まっ、青バラに認められなくても俺はお前に触れられるから問題ないね。頭叩き放

題」


言う必要のない言葉が出てしまうんだろう。


「相変わらずの鬼ですね」


上がっていた針本の機嫌を、言葉一つで一気に損ねた。


「もう! 駆くん!」


海莉の叱責する声が、胸に差し込む。


「また島で乱暴しちゃダメなんだからね!」


「分かってるよ、うっせーな」


「ダメ、なんだから…」


女子特有の情報共有の早さ。俺を裏切ったあの女も噂話が好きだったっけか。


それにしても、こいつら2人はやけに仲がいい。出会って丸一日と経たないのにも関

わらず、結束している。女子の結束ってそんなに強いものなのか。むしろ男子よりも

淡白で打算的に見えるけど。


「絶対だよ!!」


「はいはい。じゃ、さっさと行ってくるわ」


「助けが必要ならいつでも呼べよ親友。海をかき分けて馳せ参じるぞ」


「お土産買ってきて」


「ちゃっかりしてんな、拓海は」


急に怒り出した海莉と目を合わせることなく、青島へと続く船へ向かった。





「外の景色、見なくていいんですか?」


「いいよ、もう飽きたし。暇だから俺と談笑付き合え」


事務所から持ってきたビニール袋を広げ、針本に突き付ける。


「ごめんなさい」


「謝るくらいなら感謝の言葉をくれ」


「…、こうやって」


針本は、思いつめたように喋り始めた。


「あ?」


「こうやって、物を受け取るのも、私は怖かったんです。注意したって、何かの弾み

に相手の手に触れたらどうしようって」


「…」


「また誰かを、その…、傷つけたら」


「はあ」


俺は、ため息をついた。


そして、ほとんど無意識に、針本の手を強く掴んだ。


「えっ!? 足利さん! 何を?」


「ほら、俺が傷ついてるように見えるか?」


針本の驚愕した顔を見る。顔を真っ赤にして今にも泣いてしまいそうな顔だが、俺は

掴む手を離さない。


「見え、ないです」


「ほらな。俺は強いからな。不可視のトゲだかなんだか知らねえけどさ、そんなもの

は俺には効かないね。だからよ、気に食わないことがあったら俺の頭でもひっぱたけ

よ」


「足利さん…」


「まあ俺だって、お前のことが気に食わなかったら思い切り叩きまくってやるよ」


「やっぱり、性格悪いですね。そんなだから友達いないんですよ」


非難されたのに、悪い気はしなかった。


罵声を浴びせる針本の笑顔に、不覚だが、俺は見とれてしまっていた。


『青島。青島。お降りの際はお足元、お忘れ物にご注意ください』


目的地を告げる船内アナウンスが流れる。


針本の顔が強張る。最初からダメ元で行くんだろうけど、本当は心のどこかで解呪し

たい。青バラに認められたい。目的に近づく程、思ってしまうのだろう。


「ほら、気楽にいこうぜ。チンチクリンな顔で思い悩んだって萌えねえよ」


こいつのことなんて、別にどうでもよかったのに。


背中を軽く叩いてやる俺の手は、解呪失敗の可能性に震えていた。


幸か不幸か、俺は突如として、あの女と再会を果たすこととなる。


あの女が俺に気付くと、数秒にして距離が詰まる。あの女からこの女と呼べるまで、

俺へとたどり着く。


「久しぶり、駆」


「っ!?」


最悪だ。


こんなタイミングで出くわすなんて。


「隣の子は彼女? 駆って相変わらずモテるんだからね。自己中のくせに意外なのよ

ね、相変わらず」


過去にあった裏切りなんてまるでなかったかのような、そんな明るい声色で話しかけ

たのは、俺が中学時代に交際していたクソ女。


「なんか返事したら、うんとかすんとか言いなさいよ」


「すん」


「そういう屁理屈も相変わらずね!」


風見風香。


俺を最大限に信じ込ませた後に裏切り、残りの中学生活を見事に台無しにしてくれた

女。

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