第13話 海莉

 半グレどものリーダーを大泉が気絶させたことで、手下から殺されるのではないか

と肝を冷やしたが、そんな事は無かった。みんな、大泉の強さを身を持たずとも知ら

されたわけである。


そんな半グレどものリーダー格2人は、救急車に乗せられ、搬送された。おそらく警

察病院に送られるだろう。


通報者の俺たちも署まで同行されると、俺は腹を括っていたが、奇跡的にそうはなら

なかった。この『BAR・ニューヘブン』では、客と従業員同士が揉めて喧嘩をする

ことがよくあったみたいなので、今回もそうだろうと判断された。


 真犯人を突き止めない警察のいい加減さで、俺はカツアゲの冤罪を喰らったが、今

回ばかりは、そのいい加減さに助けられたかも。『令和の怪盗』の正体がバレると、

探偵事務所にも居られなくなる。


 「まさかお前も来てたとはな、怖気づいて来ないかと思ってた」


 針本小毬が、あの半グレどもの雑踏に近づき、様子を見てすぐに警察に通報しやが

った。


 「いちいち余計です。本当にめんどくさい。こういう時、普通は警察に通報してか

ら助けに向かうんじゃないんですか?」


 「あのな、俺がこの前パクられたの知ってるよな? 誰かさんのせいで。そんな盲

目な国家の犬どもの手なんざ借りたかねえよ。あのクソな親父にも知られたかねえ

し」


 いちいち余計なのはこのチビ女の方だろ。


 「てかお前、冷静な判断はできるんだな。それとも、婚約者様の入れ知恵でちゅ

か?」


 「やっぱり嫌いです。この…人でなし、ナルシスト、クズ、虫けら、自己愛過剰」


 「今度はグーで殴ってやろうか」


 睨み合うこと2秒間、海莉が割って入る。


 「はいはい、喧嘩しないで。…こんな感じなんだ。よかった」


 なぜか俺たちの関係を嬉しそうに眺めた海莉は、気を取り直したように、顔つきが

変わる。


 息を吸い込んで、何かを覚悟するように言った。


 「ごめんなさい!」


 パトカーの騒々しいサイレンの音に紛れた海莉の声。


 俺以上に驚いたのは他でもない、兄貴である大泉大洋。


 「海莉…」


 「ずっと、お兄のせいにしてた。学校で友達がいないのは、お兄が他所で喧嘩ばっ

かりするからって。でも、違った」


 兄に向けた涙声に、俺はこの場にいてもいいのだろうかと迷ってしまう。


 「私がズルかったからだよ。お兄の妹だからって、偉そうにして。女子の間でリー

ダー気取って、本気で好きになってくれた男子たちの心を弄んで。そんなんだから、

みんな離れていった。もともと私には、何もないのにね」


 自虐するように、自分を笑った。


 「あんな怪しい半グレたちも利用しようとして、お兄を変えようとした。自分には

力がないからって、逃げて。バカみたい」


 耐えられず、海莉は泣き始めた。


 「拓海の、拓海のことだって! 何にも助けられなかった! 相談に乗るだけで、

私には何もできなかった! 拓海も、お母さんも、父親も、同級生も、みんな私じゃ

なくてお兄のことが必要…」


 兄のげんこつが、妹の言葉を遮った。目を見開いた海莉に、大泉は言った。


 「お前が要らないなんて、誰も思ってねえ。次、それっぽいこと言ったら、頭かち

割るぞ」


 パトカーの赤いライトに照らされた一筋の涙が、大泉の頬を滑り落ちる。


 「お兄のせいじゃん! お兄が! お兄が強すぎるんが悪いんじゃんか!!」


 綺麗な顔になった海莉が、昔のように顔をくしゃくしゃにして大泣きする。


 体内の不純物がスッと消えていくような感覚。傍から見た俺の方が妙にそう感じ

た。




 大泉と海莉を家まで送り届けた後。


 帰るはずの探偵事務所を横切って、針本小毬が住んでいるというマンションまで寄

ることにした。「送ってほしい」なんて頼まれてもないのに、「送っていく」と言っ

てしまった。海莉を守る時のアドレナリンがまだ残っているのかもしれない。


 「おい、針本」


 「なんですか?」


 「お前、さっきの話、本当か?」


 俺と大泉が探偵事務所にいたとき、こいつは海莉と直接コンタクトを取り、情報を

聞き出そうとした。そして、説得までしようと試みた。


 「えっと、海莉ちゃんのことですか?」


 針本は、親しげに名前を呼びながら少しだけ愉快な表情を作る。


 「ああ」と頷きながら、俺は語彙を探した。自分のプライドを守りつつ、こいつの

ことを、こいつの存在を認めてやるという意思表示の言葉。


 「見直したよ。正直、お前のこと見くびってた」


 「え」


 相手が固まっていた。俺が下手に出るのがそんなに珍しいかよ。


 「無責任に、ただ誰かが何かをしてくれるのを黙って待つような人間だと思って

た。…スマホの通話履歴、見せてみろ」


 針本は怪訝そうに通話アプリを開き、履歴を見せる。『健次郎さん』と最後に書か

れたのは、昨日の時間。つまりこいつは、自分の判断で、海莉に近づき、警察に通報

したことになる。


 大泉たちとは昔からの付き合いだった俺とは違い、全くの初対面だったこいつは、

赤の他人のためにそこまで動けるのか。


 「みんなが…」


 針本が下を向いて、身体を強張らせて言う。


 「みんなが、がんばってるのに、私だけ何もしてないのは、もう嫌なんです。受け

身で生きても自発的に何かをしても他人を傷つけるこの体質なら、私は他人のために

何かをしたい。傲慢だけど、してあげたい」


 針本は必死だった。偽善だと茶化してやるつもりだったのに、その声が不可視のも

のに押しつぶされるようだった。


 「青バラに認められることが目的だけど。それ以上に、今日、海莉ちゃんたちを見

て、誰かの力になりたいって、思ったんです」


 「そっか」


 「…偽善だ、って茶化さないんですね」


 胸中を見透かされていたようだ。ムカつく。


 「空気は読める方なんだよ」


 顔を逸らすと同時に、隣からクスッと笑い声が聞こえた。


静かな初夏の夜、出会って2日と経たない針本と2人で歩く。


 悪い気は、しなかった。


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