第12話 バカのくせに

 1年前を思い出す。俺が高校で謹慎になった日。


 他校に因縁を付けられた俺は、その20人の雑魚どもを病院送りにした。返り血の

こびりついたTシャツを見て、拓海は言葉を失い、海莉は泣き叫んだ。


 「親代わりになるって言ったじゃん!!」


 病気で死んだ母さんと交わした約束。気に入った女のもとへと消えたクソ親父か

ら、海莉と拓海を守るために決意した親代わり。


 「仕方ねえだろ」


 弱いやつは、俺を狙わない。


 俺の身の回りにいる人間を狙う。卑怯なやつら。


 病院送りにした他校のクズどもは、束になって俺の仲間を一人ずつ拉致し、ボコっ

た。


 「あいつのせいだよ。大泉がいるから、俺たちが狙われんだよ」


 「そりゃそうだけどよ…」


 たまたま通りかかった陸橋の下。仲間を呼ぶ声が、寸でのところで止まる。


 「なんで東工に来たんだよ。もっと強え高校あったろ」


 「もう嫌だよ、あいつ」


 「ありがた迷惑だな」


 何かが崩壊するような感じだった。


 ああ、そうか。


 ありがた迷惑、だったのか。


 今まで助けてあげたのは、なんだったんだ。


 困ってるやつがいたら助ける。助けられたら礼を言う。それでいいじゃないか。


 分かんねえ。


 俺は、バカだから。


 「真っすぐ進めば? お前はバカだし、繊細なこと分かんねえだろ」


 迷いながらも、親友の言葉を頼りに、俺は他人を助けた。バカ正直に助け続けた。


1人に寄ってたかって脅す奴ら、弱い立場の人間から金を取ろうとする奴ら、女に手

を挙げるやつらを、次々に成敗した。


 駆みたいに、俺は誰かの正義になりたかった。


 自分よりも明らかに大きくて強そうな俺に、たった一人で立ち向かったあいつに、

俺はなりたかったんだ。





 「悩んでんじゃねえよ、バカのくせに」


 今、一番欲しい声が聞こえた。


 チンピラどもの中から、確かに聞こえた。


 幻聴だろうか。福太という大柄な男の打撃で、頭がおかしくなったか。


 しかし、意識は辛うじて現実にある。


 信じる、か。


 俺にそれが足りなかったから、海莉も拓海も、そして学校の仲間にも、余計なお節

介をしてしまった。


 そう考えると、助けられるのも才能だな。助けてくれる仲間を信じて待つ力。その

証拠に海莉は、刃先を向けられても、毅然と意識を保っている。怖いはずなのに。他

者である俺が下手に暴れたらどうなるか分かってるはずなのに。


 「お兄!」


 俺を、信じてくれている。


 「私は、大丈夫だから! 私だって、ちゃんと強いんだから!!」


 だから。


俺も。


 「うおおおおおおお!!!!!」


 自分でも信じられないくらいの怪力で、巨体の顔面を殴り飛ばした。


 「フジワラ…、フジワラ…」


 殴ったこちらの拳がヒリヒリと痛い、自身のある一撃に、巨体は立ち上がることは

無く、また例のごとく、泣きじゃくった。


 さすがにまずいか。


 案の定、藤原が持つ凶器が、海莉に襲い掛かる。


 …凶器?


 目を凝らしてよく見ると、それは異常に緑色で、まるで野菜のような。…いや、こ

れ、野菜だ。


 「女を傷つけるためにたーっぷり研いでやったこのナイフ、いや、このキュウリで

満遍なく楽しませてやるから覚悟しな! …、キュウリ? なんでじゃ!!」


 フッと息がこぼれた。張り詰めた顔の筋肉が一気に緩む。


親友に感謝だな。八百屋に行った帰りにでも寄って来たんだろう。


 「おい、おっさん」


 「ひっ、ひぃぃ!! くっ、来るな!! お前ら! 福太ぁ! 何とかしろ!!」


 助けを求める藤原の声に、何人もいる仲間は応えない。肝心の福太も戦闘不能の状

態で「フジワラ、こいつ、ツヨイ、イヤだ」と、力なくリーダーの命令を拒んだ。


「俺の妹を傷つけたお前を、きっちり成敗してやるからな!」


 「まっ、待ってくれ! 金や女はいくらでも持ってる! お前に少しは分けてやる

からな、だから暴力は、待っ…」


 固めた手の甲が、相手の顔の肉に潜り込む感覚。餅を手で抑えつけたように柔らか

く、弾力がある。顔にめり込んだ拳は、そのまま相手の肉体ごと弾き飛ばす。


と同時に、永久歯が数本、宙を舞った。

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