第11話 無力

 出会って1日も満たない赤の他人に、全てを打ち明けてしまった。


 「だから針本さんには、関係ないです」


 駆くんの話だけをしようと思ったのに、喋る必要のないことを喋ってしまった。こ

の人は、おどおどしてて意志が弱そうなくせに、意外と強かで、相手の警戒心を解く

のが上手い。


 「じゃあ、私の番ですね!」


 授業参観で作文を読もうとする小学生のように張り切った声を出し、針本さんは単

刀直入に述べた。


 「私は、足利駆のことが大嫌いです! あんなモラルの欠片もないクズ男! 海莉

さんに勘違いされるのも嫌です! 鳥肌が立つのでやめてください! 初めて、他人

を嫌いになれました」


 沈黙。


 …。


 …。


 …10秒は続いただろうか。永遠のように長い沈黙だった。


 腹が機械のように震えあがると、我慢できずに空気と唾を口から噴き出してしまっ

た。


 「あっはははははははは!!」


 「そ、そんなに笑うことでは…」


 人目も憚らず、私は目に涙すら出しながら、震える身体と矯正が止まらなかった。


 小さくて弱そうな女の人が、子供みたいに苛立った顔で、目の前の相手が好意を持

っている人を堂々とディスる光景。


 友達になりたい。


 こんな人と、友達になってみたい。


 「はー、面白い…針本さん」


 「は、はい?」


 「兄が喧嘩を辞めたら、LINE、交換しましょ」


 作戦決行まであと1時間。


 自分の分のお金を置いて、友達になれるかもしれない人に手を振った。






 『20時00分。時間ぴったりに来てくれたら、何をしてるか教えてあげる』


 1時間前、海莉から連絡が来た。


 だから、俺はここに来た。


 ピンクの弱い光が照らす薄暗い部屋に、タバコや酒のにおいが充満し、とにかく喧

騒がうるさかった。嬌声を発するそいつらは、狭い部屋にもかかわらず、全員が端に

寄り、意味ありげなスペースを作り出している。


 俺の存在に気付くと、視線が一気に集まり、群衆の中から海莉と、リーダー格と思

われる男が出てくる。細長くて弱そうだが、後ろには俺よりも大きな男が見える。


 「お兄が悪いんだよ。ここで、痛い目見てもらうんだから」


 下を向いて、目を合わせない海莉。


 「あとは、お願いします。この兄に、痛みを分からせてください」


 「へへ、兄思いの可愛い妹ちゃんじゃん」


 蛇のような顔をした男がチロリと下を出し、自分の唇を舐める。


 「フジワラ、こいつ、ナグッていいのか?」


 大きな男が獲物を狙うように笑う。


 藤原という男が、再び笑った。


 「ああ、好きにしろ、福太」


 名前を呼ばれた福太という、俺よりも大きな男が藤原の前に出てくる。


 全体的に膨らんでいて、肥満体質の男。髪型は昔の中国人の辮髪のような形。ふざ

けたようなやつだが、いかにもやりそうな目つきだ。この場のチンピラの中で間違い

なく一番強い。


 巨漢はニヤリと笑った直後、「うがっ!」と俺に襲い掛かって来た。


 太い身体からは想像もつかないスピードだったが、簡単に避けられる。俺は昔から

喧嘩だけは得意みたいだ。


 「な、ナンデダ? ナンでアタラナイ?」


 「おいおいどうした? すげえのは図体だけかよ!」


 次は俺の攻撃だ。ちゃんと受け取れよ。


 体重を乗せた右ストレートを、腹にお見舞いした。


 「いっ、いっ」


 地面に倒れ込んだ福太は、


 「いったあああい!!! いたい! いたい!!」


 大泣きし始めた。


 「フジワラ、ウソつき! あいつ、ヨワイってイったのに! フジワラ、ウソつ

き! ウソつきは、コロス!」


 立ち上がり、俺とは反対方向の藤原を食い殺すような勢いで掴みかかる。


 「わ、わーった! わーったから! こっちは、秘策を用意してるんだ! なっ? 

俺たちは、2人で1つだろ?」


 藤原は、情けないくらいにビビったかと思うと、俺の方を一瞥してニヤリと笑っ

た。


 ポケットから、ナイフを出した。


 「福太、あいつは強いけど、所詮俺たちと同じ人間だ。脆くて無力な人間だ!!」


 そのナイフが、首元に当てられる。


 「え」


 左手で手繰り寄せた海莉の首元に、光る刃先。


 「話が、違うじゃん…。あの男に、お兄に挫折を与えるって言ったのに」


 「バーーーーーーーーーーカ!!!」


 相手をその言葉通りに侮蔑する顔で、藤原は憎たらしく笑った。


 「分かってねえなあ。お前の兄貴の弱点は、刃物や他でもなくて、お前なんだよ。

大事にしてる妹であるお前。それに気付けなかった哀れなお前。お前が傷ついたら、

どうなるかな? 文字通り、挫折するかもなぁ。けっははははは!」


 「お、お前!! ふざけるな! 海莉に手を出してみろ! ぶっころ…」


 最後まで言えなかった。


 トラックにでも轢かれたような衝撃が、身体から脳天まで走った。


 倒れた身体を必死にたたき起こす。


 さっきまで泣きじゃくっていた巨体が、今度は威勢よく笑った。


 「アタッタな。オマエ、オレよりもヨワイ」


 首と関節が液体になったみたいに、グラグラする。次の攻撃も、その次の攻撃も、

万全の状態より早く感じた。


 「形勢逆転!」


 藤原は不敵に笑う。


 「はっはははは!! お前だけ強くても、こんな足枷があったら手も足も出ねえな

あ! 下手な真似したら、大事な妹の身体に一生の傷が残っちゃうかもよ~、あっは

ははは!!」


 「てんめえ」


 こんなにも腹が立つのに、身体がそれに追いつかない。第一、俺が攻撃したところ

で、海莉の安全が保障されるわけじゃない。


 周りのチンピラどもが、無様な俺を見て笑っている。声も良く聞こえる。バカだ

の、かわいそうだの、死ねだの。クソガキだの。


 楽しそうに笑っている。


 ああ、そっか。


 海莉も拓海も、ずっとこういう痛い目を見てきたんだな。それでも俺には絶対に悟

らせなかった。強いやつらだよ。俺なんかよりも、ずっと。

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