第7話 妹

 「それ、外せ、っつってんだろ!」


 大泉大洋の首元に白が浮かんでいると、毎度のことだが、俺の全身に鳥肌が立つ。

もちろん、気持ちが悪いという意味でだ。


 「安易に外すわけにはいかん。これは、俺と駆がライバル、かつ親友であることの

象徴ぞ!」


 そして毎度のごとくこの言い訳を並べ、頑なに外すことを拒む。発言も寒いし気色

悪い。


 「それ、なんなんですか?」


 さっきまで怯えて会話もできなかった針本小毬が、恐る恐る首に下がったアレの正

体を問うと、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、デカいバカが居住まいをただし

た。


 「ふっふ。これはな、俺と駆がライバル、かつ親友であることの象徴ぞ!」


 「それはさっき聞きました」


 「これはずばり! 駆に折られた、俺の乳歯だ!」


 「ひぃぃ!! 価値観も化け物!!」


 半ばよだれを垂らして失神しかけるチビは無視して、俺と神原は、自分の乳歯をア

クセサリーにするデカブツ狂人に話を聞くことにした。


 「で、今日は珍しく、本当に依頼をしに来た、と」


 相変わらず大きく屈強な風体をしてやがる。


 いつでもどこでも元気で単細胞な、腐れ縁の幼馴染、大泉大洋。しかし今日は表情

に翳りが見える。無理もない。こいつにとって、大切な存在が危険に脅かされている

のだから。


 「事情を整理すると、大洋の妹の、海莉ちゃんだっけ? 駆にバレンタインの時は

毎年義理チョコをくれる子だよね? 哀れな男への哀れみを忘れない、慈愛に満ちた

少女ですこと」


 余計なやつがもう1人。


 「真面目にやれよ、バ神原」


 「語呂いいね。駆も腕を上げたな」


 「…、で、海莉が最近、怪しい店に立ち寄ってるってことだろ? 学校帰りの時間

に通ってるってことなら、今もいるかな」


 「ああ、そうだ」


 大泉には妹の海莉と、もう1人、弟がいる。小学校の時は、海莉のことをよく叩いたり蹴ったりしていたが、「あのこと」があってからは、すっかり仲良しになっていた。


 「このままあの店に殴りこんでも良かったけどな、一度クールになりたくて、親友

かつライバルのお前と、お前の尊敬する師匠、神原さんの意見をもらいたかたってわ

けだ」


 1つだけ強く指摘したい間違いがあるが、単細胞のこいつにしては賢明な判断だっ

たったことだ。


 「尊敬してたの~? かわいいね」


 「ちげえよ、うっせえ。お前は喋んな」


 ここで話し込んでも進展しないので、俺は大泉を連れて実際の現場へ向かうことに

した。





 吹上市の中でも繁華街とされている天華町。JR吹上駅から徒歩7分くらいのとこ

ろにある町の一角の、細い路地を通る。


 「ここだ」


 大泉が指を刺した先は、地下のドアへと続く外階段。下る手前に看板があり、地下の店が『BAR・ニューヘブン』という店であることは分かった。


 「で、なんでお前がいるんだよ」


 「役に立ちたくて」


 勝手についてきたチビが、子供のような言い訳を並べる。


 「青バラのための善行もありますし、少しでも人助けをしないと、じゃないです

か?」


 「へえ」


 お前みたいな役立たずが誰かを助けられるとは思わないけど。口には出すと面倒な

ことになるので止めておいた。仕事の成功のためなら、これくらいは我慢できる。


 海莉が出入りするかもしれないので、少し距離を取ってから張りこむことにした。


俺と大泉は近くのカラオケ店の大きな看板に隠れこむ。針本小毬は海莉と面識がない

ので、そのまま自然に立っているように指示する。


 注意深く見張ること約10分。店の外から海莉が出てきた。見ない間にすっかり大

人びたようだ。焦げ茶色の髪は変わらないが、目元は綺麗な二重で、キリっとしてい

る。背も少し伸びたか。


 「夕方の5時32分か」


 スマホに映し出された時間を見て、小声で確認する。


 「大体この時間に出てくるんだよな?」


 「ああ」


 「そっか。安易に事情を聞いても適当な嘘でかわされるだけだろうし、事務所に戻

って、会議するか」


 この後の立ち回りを話し合おうと決めた、その時だった。


 「いるんでしょ」


 1人で歩いていた海莉が、急に立ち止まり、言葉を発した。


 ドキリとする。そんなわけがない。海莉には確実に見えない場所で俺たちは隠れて

いる。


 これは、たぶん。


 「おい、大泉」


 中学生の言葉に翻弄されて、隠れていた場所から大泉は姿を明かした。


 「ほーらやっぱり」


 してやったりと言わんばかりの表情で目と眉を吊り上げて兄を嘲る海莉は、小学校

時代の太っていた時なんか忘れてしまうくらい細身だった。


 「お兄って学習しないよね? 小学校の時も空き地で缶蹴りやってるときも、鬼やってた私はお兄の場所分かんないのに、この言い回ししてやったら素直に出てきちゃったし。ホンっと単細胞」


 単細胞、という言葉が少しだけ言い慣れていないように聞き取れる。


 「視線が合ったからもしかして、と思ったらビンゴ。教えないよ? あっちで何や

ってたかなんて」


 素直なのは、海莉もそうだったのに。


 なんか、変わったな。


 「教えろ」


 「だーかーら、教えないって言ってんじゃん。バカなの? あ、聞く必要ないか」


 こうなることを避けたかったが、俺も出るしかないな。


 「久しぶり、俺からも頼めないかな」


 下手に出たのが効果てきめんなのか。海莉が急に居住まいを正し、清廉潔白な淑女

のように身体を閉じた。


 「駆くん!? あ、久しぶり! ちょっとだけなら話してもいいけど…」


 なんでか知らないが、こいつは俺と目を合わせてくれない。やっぱ嫌われてんのか

な。


毎年くれるチョコレートも、神原の言う通り、哀れみの義理ってやつか。


 でも、情報共有してくれるならラッキー。鍛え上げたスキルと経験で説得してやる

よ。

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