第38話 王宮からの召喚状と晶結の罠

 ビシュマール王国で強引な叙爵を受けてしばらく寝込んだあと、私は再びアイリッシュヴォルドを拠点とした魔道具開発の日々に戻っていた。


「まさか私が死ぬことに恐怖を覚えるようになるなんて思わなかったわ……」


 以前なら、たとえ道半ばで倒れたとしてもイリス様に直接文句を言えるようになるだけだと考えていた。それが今では、自分自身でも気が付かないうちに普通の人間が持つ当たり前の感情を抱くようになっている。

 そんな自分自身の変化に戸惑いと驚きが胸の内を駆け巡る中、私は作業に没頭することで落ち着きを取り戻したのだった。


「こうなったら私自身が移動するのは最小限にして、遠くから用件を伝えるだけにしましょう」

「またおかしなものを作ったようだが、それはなんだ?」

「ズバリ、魔導通信機よ! イリス様を仲介者とすることで、神託経路を利用した距離無制限の三次元映像付きの会話を可能にするの!」


 初めは電波とか光通信だとかを演算宝珠で送受信する仕組みを考えたけど大陸間や国を跨ぐような遠距離で通信を行うのは難しかったので、聖法陣をベースとした通信に切り替えた。

 これで危険な国に訪れる回数も少なくできるし、危機が生じれば事前に連絡を取る体制も構築することができる。


「そりゃまたすげぇ代物だが、意気込んでいるところ悪い。王宮から召喚状が届いたそうだ。陞爵の件について事情聴取を求めるとあるが、実際には軟禁されるだろう」

「どうして? チェスターさんは以前より安全になるって言っていたじゃない!」

「どうやら思っていたよりも、お前の演算宝珠職人としての腕は重要視されていたようでな。ヒューバート様の話では、隣国に危険な技術や魔道具がもたらされるくらいなら王宮で飼い殺しにした方がましだと公爵の連中は考えたんだとさ」


 こうして二度と立ち入ることはないと思っていた王宮に、私は再び足を踏み入れることになった。


 ◇


「……以上。ビシュマール王国のアイリ・フォン・ユリフィール子爵におかれては、我が国のアリシエール第一王女殿下である疑いがあるため離宮に軟禁させてもらう!」


 バタン!


 アルバート叔父様の付き添いで王宮へとやってきた私は、迎えの使者の口上によりそのまま離宮へと幽閉された。使者が扉から出ていったあと、あまりの超展開に正直な感想が口を突いて出る。


「王女である疑いってなんなのよ……意味がわからなかったわ」

「完全に認めてしまったら軟禁できないからね、貴族社会は面倒なんだよ。それより、ここに見覚えはないかい?」


 叔父様に言われて周りを見渡しとところ、私はあることに気がついた。


「私が生まれたあとに過ごしていた場所……まるで変わってない」


 部屋の調度品も窓から見える中庭の景色も、十四年前に過ごした風景とほとんど変わりなく残されていたことに私は懐かしさを感じて手で触れて感触を確かめる。


「正解だ。父上が屋敷の部屋を保存したように、ここも王命で維持されていたんだよ」

「王命で? 王様に私に対する愛情があったなんて初めて知りました」

「ははは、それは言いすぎだよ。陛下も難しい立場なのだ。皮肉なことに君が陞爵されたことによって、三公爵たちはまがりなりにもアイリが本当は第一王女アリシエールであることを認める気になったらしい」


 叔父様の話だとこの離宮を使用させること自体が真実を認めている証拠だそうだけど、公式に認めると今度はビシュマール側がフレドリック王子との婚約話を蒸し返すことになるので対応が難しくなってしまったのだとか。


「認めていないのに、認める気にはなったってよくわかりません」

「まあ、とにかく心配はいらない。チェスターやアレックス、それに辺境伯家のメイドたちも明日にはこの離宮にやってくる」

「うう……でも、こんなところにいたら文明の発展や文化振興は叶いません。ただでさえ亀のような歩みで、世界全体の近代化には程遠いのです」


 この二年間というもの、懸命に世界の発展に向けて努力をしてきた。しかし完成形を知るアイリにしてみればその進歩は非常にゆっくりとしたものであり、先ごろ感じた人間らしい感情と合わせて限りある寿命に限界を感じ始めていた。


「別に公式に見張りが付いているわけではないし、アイリが契約している聖獣に頼んで目立たぬ範囲で外出したらいい。そのようなことができると認めると、また別の問題が出てくるからね」


 なんだかずいぶんと都合のよい話だけど、ミルドレッドさんを聖女と認めないのと同じ理由なのだとか。イリス様が聞いたら額に青筋が立ちそうだけど、世界の管理で忙しいから地上の些事にかまけている時間はない。


 とにかく新しい環境になるべく早く適応しようと決意を新たにし、私は胸元の演算宝珠に手を掛けギュッと握り締めた。


 ◇


 時を同じくして、王宮のある一室では三公爵が集まり今後の対応について話し合いの場が持たれていた。


「まったくビシュマールめ、面倒な手を売ってくれたものだ。おかげでアリシエールを王女と認めざるをえなくなったわ!」

「オルブライトが初めから余計なことをしなければ、このようなことにはならなかったのだ。自業自得ではないか?」

「堂々巡りはよさんか。それより、このままいつまでも軟禁しておくわけにも行くまい。何か策はあるのか?」


 友好関係を結んだとはいえ、ビシュマール王国の子爵位を持つアリシエールをそのまま軟禁していたら彼の国がどう出てくるかわからない。疑いが真実であることは半ば公然の事実であることから、今頃は高笑いをしながらこちらの出方をうかがっているところだろう。

 そんな苦しい状況を打開するため、オルブライト公爵はかねてより考えていた対策を口にする。


「……アリシエール王女は演算宝珠を作っておるのだから、当然、職人病に侵されることもあろうな」

「そなた、まさか女神の使徒に魔石の粉を飲ませて晶結させるつもりか!?」


 比較的穏健派といえるカーライル公爵は、オルブライト公爵が意味するところを正確に悟り驚きの声を上げる。人が一定量の魔石を体内に取り込んだら魔結晶と化して元には戻れない。つまりは使徒を抹殺しようという提案なのだから驚くのも無理はなかった。

 しかし性根の腐った三公爵に禁忌の意識が芽生えることはなく、手段の一つとして冷静に議論は続けられる。


「今のところセントイリューズの周辺で厄災が起きる予兆はないが、技術や文化の発展以外に何かしらの使命を帯びていたらどうするのだ?」

「もし本当に使命を帯びているのなら、女神が救いの手を差し伸べるだろう。そうすれば、隣国には渡せぬ口実になる。逆にそうでなければ物言わぬ魔結晶と化すだけだ。いずれにせよ、我らが抱える問題は解決する」

「いささか強引ではあるが悪くない手じゃの。ではそのように取り計らおう」


 こうしてアイリの知らぬところで、三公爵による恐ろしいはかりごとが決行されることとなる。


 ◇


 私が軟禁されたその日の夜、離宮では宮廷料理人が用意したという豪勢な料理が振る舞われた。

 いつもと違ってチェスターさんやアレックスさんがおらず話し相手のいない寂しい晩餐だけど、セントイリューズの料理がどこまで進歩しているのか興味もあり、私は運ばれる料理を順に手をつけて評価していた。


「うーん、やっぱり調味料の差が出てしまうようね」


 宮廷料理人を名乗るだけあって、火加減や味付けは問題ないレベルであった。素材も申し分なく、あとは調味料の進化を待てば十分な料理ができる可能性を感じさせる。


「本日最後のメニュー、チョコレートパフェにございます」

「これは……」


 私のメニューじゃない! 思わずそう口を付いて出そうになった言葉をグッと飲み込む。

 アイリッシュヴォルドの食事処で提供しているうちに、王都まで伝播してきたのだと食文化の広がりに嬉しくなり私は早速とばかりに食後のデザートをいただく。


 だからだろうか、舌に感じる違和感に気付かずそれを飲み込んでしまったのは……


「アイリ様!?」


 目の前の給仕が目を見開いて手を口に当てる姿に、私も自分に起きている異変を遅まきながら自覚する。


「……晶結現象? まさか!?」


 パキパキと音を立てながら指先から結晶化していく自分の身体に気がつき、私は覚悟を決めて残された時間で自分自身を演算宝珠とすべく胸元の演算宝珠と百二十八個のサブコアをサポートとして大規模な術式を発動させる。


「セルフリンク、記憶領域生成、記憶転写開始……完了、仲介者女神イリス様、契約者マサシ様、ファイナライズ!」


 パキンッ……


 こうして完全に魔結晶と化した私は、かつてそうであったように御主人様とのリンクを持つ単なる演算宝珠へと存在を転じることとなった——

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