第29話 はるばるやってきた南の大陸

「なあ、アイリ嬢。この管制地図はどういう原理で動いているんだ?」

「これは中央神殿の遥か上空に浮かぶ神聖演算宝珠の波動から、この星における現在の位置を割り出しているの。現在地がわかれば、あとは演算宝珠に記憶した世界地図とリンクさせて魔導プロジェクターに投影させれば、リアルタイムに変化する航海地図のできあがりよ」

「なるほど、まったくわからん! だが、この海図に表示される情報は確かに俺の経験と一致している……」


 レオナルドさんは理解することを諦めたようだけど、南の海で長年漁業を営んできた経験と勘が地図情報の正確性を認めているようだわ。

 現在地を示す点は、快調なスピードで南に向けて進んでいる。暗礁に乗り上げることがないように船の底には音波を発生させて岩の接近を検知させているけど、今のところ特に危険な海域は見当たらない。


「ヴォルドでずっと漁業をしていたのに、貿易船の船長になってもらってごめんなさいね」

「何を言っているんだ。アイリ嬢はヴォルドを今までとは比べ物にならないほど活気のある街に変えてくれたじゃないか。今度は俺たちがそれに報いる番だ!」

「ありがとう、レオナルドさん!」


 アイリはこれまで日持ちしながった生魚を、演算宝珠による大型の真空氷結缶詰により長期保存ができるようにして商業取引できる形へと進化させた。それと同時に半片や竹輪などの白身魚の加工品開発にも力をいれ、アイリは領主代理として街の人々の所得を倍増していった。今では魚以外にもカニやタコやイカなど新しい海の幸の美味しい食べ方も広がりをみせ、アイリッシュヴォルドの海の幸は高級海鮮のブランドとしてセントイリューズ国内を席巻しようとしている。

 それでもなお自らの危険も顧みずに南大陸との貿易に挑戦しようとするアイリに、ジョシュアやレオナルドを含めて街の住民は心酔していた。


「ところで、長い航海の際には野菜や果物をよく摂取するようにとあるが、なんのためだ?」

「長い間海にいて野菜や果物を食べないでいると、必要な栄養が取れずに血管がもろくなって口や鼻から出血するんですって。魔導冷蔵庫があるから大丈夫だと思うけど、念のためです」

「へ? あの海の病はそれが原因だったのか! すげえな、今まで誰も原因がわからないでいたのに」

「あ、そうだったんですね。役に立ててよかったです!」


 御主人様の記憶で知っただけなのだけど事前に解決できてよかったわ。片道一週間としたら、往復で陸に上がる日数も限られる人が出てくるかもしれない。今回の航海で色々と問題の洗い出しをして、安定した大陸間貿易に結びつけないと!


 そんな使命感に突き動かされ、私は水平線の彼方を見据えて両手をグッと握りしめた。


 ◇


 それから四日後。一日十時間の演算宝珠による推進力と風による自然の力により順調な旅を続けた魔導船の先に、大きな陸地が見えてきた。レオナルドさんをはじめ、半信半疑だったチェスターさんやアレックスさんも喜びの歓声をあげている。


「マジかよ! 本当に南に大陸があったんだな!」

「何よ、管制地図にはずっと表示されていたのに信用していなかったの?」

「そりゃそうだろ。ろくにテストもせずにいきなり南の海に向かうんだからな」


 うっ……確かに国内の湾岸沿いを航行して地図の正確性を見てからでも遅くはなかった気もするわ。でも成功すればいいのよ!


「まあいいわ。一応人が住んでいる場所を目指してやってきたつもりなのだけど、まだ街はあるかしら……ウォーターレンズ!」


 試しに水で船頭に大きな望遠鏡のレンズを出現させて前方の大陸の様子をうかがうと、港が存在していることが見てとれた。人が行き交う様子に船員の歓声がボルテージを上げる。


「よし、野郎ども! 港に入港するぞ!」

「「「アイアイサー!」」」


 こうしてレオナルドさんの指揮の下、セントイリューズ王国の人間として初めて南大陸に着港を果たしたのだった。


 ◇


 港に着いて船から降りると、街の方から浅黒い肌をした男性が急いで駆けてくるのが見えた。なんだかよくわからないけど、えらく怒っているように見える。


『おい、そこの商船! なんで合図もなしに着港しやがった! 入港するときは火の玉を三回打ち上げんかァ!』

『合図? ごめんなさい、北の大陸から初めてやってきたので規則を知らなかったの。今すぐ打ち上げるわ……トリプル・ファイアーボール!』


 ズドンッ! ズドンッ! ズドンッ!


『……』


 言われた通りにファイアーボールを上空に三回連打したところ、男性は先ほどとは打って変わって沈黙してしまった。


『どうしましたか? 大きさが足りないようでしたら、もう一度打ち上げますが……』

『いや……十分だ。というか布を巻いた木片に油を浸して着火させた程度でいいんだが、今のは魔法か? お貴族様なのか? それに北の大陸ってなんだよ』

『魔法ですけど貴族ではないです。北の大陸は、ここから二千数百キロメートルほど北にある大地のことです』

『二千キロメートルだと!? そんな遠いところから何をしにきたんだ』

『それはもちろん、大陸間貿易ですよ! 香辛料やサトウキビ、カカオ豆にコーヒー豆あたりをくださいな!』


 いきなり商談に入った私に理解が追いつかないのか、目の前の男性は片手を前に出して待ったをかけて考え出した。


「おい、アイリ。さっきから何を話しているんだ? まったく理解できないんだが」

「南大陸のサウスクローネ王国の言葉です! どうやら入港前に火の玉を三発上げて合図をしないといけなかったようで注意されました。あと、北の大陸から貿易にきたことを話したけど少し考えさせて欲しいって」

「なんで一度もきたことがないのに喋れるんだよ!? いや、それはまあいつものこととして、商売の前に宿の予約とかもっと他にも話すことがあるだろう」

「南大陸の街で一泊するつもりだったんですか? 冷房がないから、異様に暑いですよ?」

「……よし、やめよう! アレックス、あとは頼んだぞ!」


 護衛なのに暑さに弱いチェスターさんは冷房がないことを知るとさっさと船の客室に戻って行った。後に残されたアレックスさんは困ったような表情をして話しかけてくる。


「お嬢。隊長のことはともかくとして、商業ギルドみたいなところはないか聞いてみたらどうですか。取引をするにしても普通に考えて港の監視役が商売をするわけじゃないでしょうし、他国との取引のように通貨が違えば金の含有量などを調べて両替しないといけないでしょう」

「あ、それもそうね。ちょっと待っていてね」


 私はあらためて港の監視役をしていた男性に目を向けると、先ほどの混乱からは立ち直ったようでこちらの様子をうかがっているようだった。


『さっきはごめんなさい、到着したばかりで浮かれていたわ。商業ギルドみたいなところはないかしら? 通貨の両替や商売の相談をしたいの』

『お嬢ちゃんが通訳なのか? なんだか調子が狂うが……商業ギルドなら、ここから真っ直ぐ南に行って突き当たりにあるぞ。あと、港の停泊料として一泊当たり金貨一枚が必要だ』

『ありがとう。とりあえず北の国の金貨を担保として渡します。両替が済んだらまた来ますね!』


 こうして必要な情報を得た私は、アレックスさんと共に商業ギルドに向けて歩き出した。


 ◇


 商業ギルドに到着して、カウンターに腰掛けていた長い黒髪をした女性に声をかける。


『こんにちは、私はアイリといいます。受付はこちらですか?』

『ええ、そうよ。可愛いらしい商人さん。私はナターシャ、よろしくね。今日はなんの用かしら?』


 私はナターシャさんに北の大陸からやってきたことを説明し、セントイリューズ金貨に含まれる金の含有量を調べてもらって取引に必要な量のサウスクローネ金貨へと両替を済ませた。

 その後、南大陸での商売のために商業ギルドで商人登録を済ませ、早速目当ての商品について尋ねてみる。


『香辛料とサトウキビ、カカオ豆とコーヒー豆を仕入れて帰りたいのですが、どこかで売っていませんか?』

『ここから東にある市場に行けば売っているけど、船の積荷に載せるほど大量に購入するなら商業ギルドの仲介で港に運ばせることもできるわよ。手数料に金貨十枚かかるけどね』

『それなら今回は仲介をお願いします。ところで、南大陸で何か不足しているものはありませんか? 北の大陸にあるものなら、次からは売り方にも回りたいです!』

『やっぱり真水かしら。正確に言えば真水を生み出す演算宝珠だけど……こればっかりは貴族以外には無理なのよね』


 なんと、南大陸では演算宝珠の使用は貴族に管理されているらしい。理由は必要な量の水を確保するためだとか。砂漠化するような緯度ではなかったと思うけど、山脈の位置や風向きなども影響するのだろう。ここでは水がとても貴重なようだ。


『そうですか。南大陸では魔石は取れないのですか?』

『それは腐るほど取れるけど、魔石から水の演算宝珠に変える職人がほとんどいないのよ』

『それなら簡単ですね、魔石があるなら私が水の演算宝珠を作ってあげますよ!』


 私のその言葉と同時に商業ギルド内は騒然となり、周囲にいた商人たちからはギラつく視線が向けられた。

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