第28話 いざ南大陸へ、魔導船出航!

 新たな港の竣工や魔導自動車の魔導建機への転用、そして商船の買い取りについてお祖父様に相談するため文を送ったところ、是非とも見てみたいとお祖父様本人が港街ヴォルドに足を運んできた。

 港街ヴォルドまでお祖父様を迎えに行き、東に作った大きな港と広大な平地をチェスターさんやアレックスさんが運転する魔導自動車の車内からゆるりと見物してもらうと感嘆の声を上げた。


「まさか儂の目が黒いうちに、ここまでの港がヴェルゼワースの領内にできてしまうとはな」

「土地の整地に効率の良い演算宝珠を使っただけです。領内の道路も、この調子で舗装してあげれば街と街の行き来がしやすくなって商業も活発になると思います!」


 私は何度もシミュレーションして最適化したヴォルドを中心とした領内の道路計画の図面を取り出し、遠い未来では現在の領都アルフレイムにも負けない湾岸都市として栄えるポテンシャルを持つことを話して聞かせた。


「よし。それならばこの街をアイリの名前にちなんだアイリッシュヴォルドと改名して、ヴェルゼワース家の第二の屋敷を建てさせようではないか。アイリはそこで領主代行を務めるといい」

「わかりました。あと商船の購入なのですが……」

「それは、すでにバトラーに手配させているから安心するといい。帰ったら、この港に向かわせるようにしよう」

「ありがとうございます!」


 こうして魔導船の素体とする商船の購入やアイリッシュヴォルドの開発計画と領内の道路整備についてはトントン拍子で話が進み、秋になる頃にはヴェルゼワース領内の完全に舗装された幅の広い街道の噂は貴族や商人の間に知れ渡ることになった。


 ◇


 王都の酒場で、とある行商人が知人を見つけて声をかけた。軽い挨拶のあとで互いの商いについて軽く近況を話して情報交換をすると、話は飛ぶ鳥を落とす勢いと評判の辺境伯領についての話題に移行する。


「おい、ヴェルゼワースの噂を知っているか?」

「もちろんさ。というかアルフレイムの商品を王都に卸しているから、この目で見ている」

「ほう。それで、どうなんだ。眉唾もんの噂ばかりだが半分くらいは本当なのか?」

「笑えるほど、すべて本当の話だ。やばいぞ、今年のヴェルゼワースの発展は!」


 バストーニュ商会のウォルフは王都の商品をアルフレイムに卸すことを生業とする行商人であったが、今年の初め頃から逆にアルフレイムで生み出される商品を王都に卸す割合が多くなっていた。

 訪れる度に革新的な魔道具や商品が出現し、それらは飛ぶように売れていく。しかし、それはまだ小規模な変化だったとウォルフは当時のことをしみじみと述懐する。


 風向きが大きく変わったのは夏から秋にかけて行われた街道の舗装工事だ。瞬く間に街道が馬車八台分は並走できる広さに変わった上に、王都の石畳以上に平らで馬車を走らせてもほとんど振動しない。しかも馬車の何倍もの速度で魔導自動車が大荷物を抱えて通り過ぎていくのだ。商人であれば、自らの馬車と魔導自動車が生み出すであろう売り上げの差に思い至り愕然となるだろう。


 そんな様子を次々と語るウォルフに、王都の南のサウスグレイスを拠点とするマルコムは目を白黒させて問いかける。


「そんなにすごいのか、魔導自動車ってやつは」

「ああ。十秒もあれば、もう目視できない距離まで離される。あれなら、王都とアルフレイムの間を一日で往復できるんじゃないか?」

「嘘だろ!? それが本当なら俺たち普通の行商人はお手上げじゃねぇか!」

「月産十台だそうだからまだ問題ないが、生産台数が増えてきたらやばいだろうな」


 魔導自動車を持たざる者は商人にあらず。そんな噂がまことしやかに流れる中で、その圧倒的な運搬能力を実現する原動力である特殊な演算宝珠を生み出すという職人は、ヴェルゼワースの南にできた港街アイリッシュヴォルドの領主代行を務めているという。

 そこでは馬鹿げた広さの広大な敷地とセントイリューズ王国でも最大規模となる港が建設され、大店おおだなの商会長たちが目の色を変えて進出を始めているのだとか。


「おいおい、あんな辺鄙なところにそんなでかい港を建設してどうするんだ?」

「わからん。わからんが、一つだけ言えることがある」

「なんだよ、もったいぶらずに話してくれよ」

「領主代行は、今までの船とは比べ物にならない速度で進水する魔導船を作ったらしい。そんなたいそうな代物を遊ばせておくわけはないだろう。そこで何かしらの商品が国内最大規模の港で運ばれるのだとしたら?」

「……大変だ」


 南のサウスグレイスにも港はあるが、目立った成果をあげられているとは言えない。そんな状況で完全整備された街道とつながる巨大な港が別にできたとしたら? そこに停船する船舶が既存の商船とは比べ物にならない速度を有しているのだとしたら?


 マルコムは頭の中で急激に書き換わる商圏に、自身のサウスグレイスを拠点とした商売への影響に思い至り顔を青くさせるのだった。


 ◇


 貴族や商人の間で大きな噂が流れる頃、当のアイリは大きな水流を発生させる演算宝珠と船の管制システムを担う魔道具を取り付けた魔導船の開発を終え、いよいよ南大陸へと向けて出発しようとしていた。

 船に乗り込むために桟橋を歩いていると、後ろからアレックスさんが心配そうに声をかけてくる。


「やっぱり大人しくアイリッシュヴォルドで待っていればいいんじゃないですか? 別に、お嬢自身が南大陸に行く必要はないでしょう」

「そんなことはありません、私が行かないと言葉が通じないでしょう」


 地図は書き出せばいい。だけど言葉の違いはどうにもならないはず。その点、私は御主人様のサポートのためにイリス様がインプットした全言語の知識が頭に残っている。軌道に乗れば身振り手振りなどのボディランゲージでも済ませられるでしょうけど、ファーストコンタクトを言葉が通じない状況で行なっていたら貿易開始までどれほどかかるかわからないわ!

 そう話したところ説得しても無駄だと悟ったのか、アレックスさんは声を顰めた。しかし、今度はチェスターさんから用途に関してツッコミが入る。


「こんな最新鋭の船をわけもわからん貿易に使うなんて意味あるのか? こいつを東海に持っていけば、隣国の海洋国家エスパーニュと海戦しても負ける気がしないぜ」

「そんな不毛な戦いに魔導船を使われたくないです! これは食べ物を運ぶために作ったんですから!」

「それは知っているが、国の防衛を考えたらなぁ……」

「防衛と言っても木造の船なんてチェスターさんに渡した剣だけでも簡単に沈んでしまうじゃないですか。それに私が魔導兵器に手を染めたら周辺の国は滅亡して一時は平和になるでしょうけど、派閥争いで分裂しかねないセントイリューズだけになるのは不安でしょう?」


 統制の行き届いた安心できる国なら、幼い頃に私が誘拐されることもなかったはず。

 今の隣国となら知識や文明の差があるから私の作った武器で無双できるとしても、内乱で双方が同じ威力の武器を持って戦えば戦死者は今の比ではないほど膨らむのは演算宝珠でシミュレーションを流すまでもなく明らかだった。


「言いたいことはわかるが、それ以上は口に出さない方がいい。ヒューバート様、引いてはエリシエール様や第二王子のジュアリアン様の身柄が危険に晒される」

「……ごめんなさい。言いすぎたわ」


 文明開花や文化振興を進めても上が腐っていればスローライフ社会は永遠に訪れない。以前チェスターさんが試した制約の輪環のようにイリス様直轄の体制になれば秒単位で統制されるけど、それでは魂の自律的な成長は望めずイリス様が目指す良い魂の醸成にはつながらない。

 目的である良い魂への成長を止めてまで、その手段でしかないスローライフ社会の実現を優先するのは本末転倒だとお堅いイリス様はおっしゃるでしょう。


「まあ、難しいことはイリス様にぶん投げて、私が持てるリソースは食べ物や快適な生活環境、それから娯楽などの文化振興に全振りするわよ!」

「お前な、少しは真面目に考えないと罰が当たるぞ」

「大丈夫、イリス様は少し冗談を言ったくらいのことで目くじらを立てたりしません。それより見てください、この船室を!」


 桟橋から船へと乗り込んだ私は、ダンジョンの攻略の時に作ったテントを参考にして居住空間の拡張をすべての船室に適用していた。

 御主人様の記憶にあったクルーズ客船をもとにしたので、陸上よりもラグジュアリーに仕上がったと自負できる。全室冷暖房完備、調理場や浴槽、トイレに至るまですべて魔道具が入っていて、いつでも適温のワインが楽しめてしまうのよ!


「なんだ、この無駄に贅沢でだだっ広い船室は……積荷はどうするんだ」

「積み荷のスペースも空間拡張しているから大丈夫! これなら、陸で過ごしても海で過ごしても大差ない生活を送れそうでしょう?」


 この魔導船も含めて同型が七隻。残り六隻は今回お留守番だけど、やがては二日に一隻を出航させれば、双方の港に二日おきに魔導船が到着するという寸法だ。

 そんな近い未来の貿易構想を話していたところ、船長を務めるレオナルドさんが長年漁業で鍛えた筋肉質な体に野生的な笑みを浮かべて話しかけてきた。


「アイリ嬢、用意はできたぜ! いつでも出航可能だァ!」

「ありがとう。変わった船だけど、船員のみんなは問題ないかしら?」

「はっはっは、おもしれぇ冗談だ。問題どころか快適すぎて二度と他の船には乗れなくなっちまいそうだと笑いが止まらないみたいだぜ!」

「わかったわ、じゃあ南の大陸に向けて出発しましょう!」

「おうよ!」


 こうして人類初の大陸間貿易に向けて、私たち一行は魔導船を出航させたのだった。

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