第27話 港街の拡張と魔導船開発

 港街ヴォルドに入り街の長を務めるジョシュアさんにお祖父様の紹介状を渡すと、徴税や災害などで時折やってくる官吏が使う建物を紹介された。今は季節的にも空き家となっているため、滞在する際の拠点として丁度良いという。


「辺境伯様からの書状によると、商業向けに港を拡張したいとお考えなのだとか」

「はい。これから建造する魔導船で、南にある大陸に行って貿易をしようと考えています」

「は? 南は海が広がるばかりですが……」


 そう言って困惑した様子で海の向こうの水平線を眺めるジョシュアさんに、私は力強い口調で南大陸に向けた船旅にかかる日数を伝える。


「時速四十キロほどで毎日十時間推進させれば、一週間ほどで到着します!」

「時速四十キロ! そんな速度の船は存在しませんよ!?」

「既存の船に水流を発生させる演算宝珠をつけて推進力として用いれば、それくらいは出るはずです」


 航路が定まれば自動運転にして二十四時間航行させることもできるので、三日に短縮できるはず。やがて造船技術が進歩して船体強度が十分確保できれば、出力に遠慮がいらなくなるから片道一泊二日に時間短縮できるかもしれない。


「まずは港作りから始めようと思います。漁業で使用している港に影響が無いように、街から東に少し離れた場所に魔法で浚渫しゅんせつ工事を行い大型船が入出港できる水深の深い港を新設しますね」

「魔法ですか。私たちが何か協力できることはありますか?」

「そうですね、魔導船の素体となる船は港が出来たら既存の商船を買い取ってもらう予定なので特にはありません。むしろ製塩や干物といった既存の産業をより近代化するお手伝いをしたいと考えています」

「はあ、左様でございますか……」


 昔ながらの塩田方式から演算宝珠により水分を分離して塩とミネラルを抽出する魔導分離方式に変えたり、魚や海藻を養殖したりすることで生産性と品質を上げたい。御主人様が熱望されていたカツオブシも再現してみたいし、食べ物とみなされていないカニやタコやイカなども水揚げしたい。おでんの再現には、竹輪ちくわ半片はんぺんなどの水産加工も必要でしょう。

 考えれば考えるほど手付かずの現状に、港街の人たちに海の幸の食べ方を伝える使命感がふつふつと湧いてくる。


 そうして胸の前で両手の拳をギュッと握りしめ決意に燃える私を尻目に、チェスターさんは疲労を感じさせるような声を上げる。


「やりたいことは明日にして、さっさと建物の中に入ろうぜ。魔導冷房器の取り付けや水回りの改造とか色々あるだろう。大人は暑さに弱いんだ」

「……最後の一言は護衛騎士としてどうかと思うけど、言いたいことはわかったわ。ジョシュアさん。これからしばらくの間、よろしくお願いしますね!」


 こうして、港街ヴォルドでの新しい生活が幕を開けた。


 ◇


 昨日、官吏が使う建物を大急ぎで改修して冷暖房完備、魔導冷蔵庫に魔導コンロを備えた調理場、そして上水道と水洗トイレに汚水浄化といった一通りの魔道具の設置を終えて眠りについた私は、早速とばかりに次の日の朝から港の工事を始めることにした。

 しかし街の東にきてみたところ、切り立った崖の下に岩が散見される凹凸の激しい地形にチェスターさんやアレックスさんは無理をするなと言わんばかりに場所の変更を促してくる。


「こんなの魔法でどうにかなるのか?」

「さすがのお嬢でも、これは難しいんじゃないですかね」

「心配いりません。アースウォールとピットフォールの魔法で調整すれば平らになります!」


 試しに崖をピットフォールで平地にして見せたところ、二人とも口を大きく開けて驚きをあらわにした。演算宝珠に一定条件を満たすまで繰り返し魔法を発動するよう簡単な制御プログラムを実装したから、魔法を発動した後は半ば自動で整地されるわ。


「ほら! 初級魔法の繰り返しで、平らな陸地と水深の深い海が作れそうでしょう?」

「そういう魔法じゃねぇだろ! 初級魔法ってやつは!」

「とにかく単純作業なので、百二十八並列でひたすら平地と推進の深い海の構造を作るだけ。あとは一ヶ月もすれば立派な港になりますよ!」

「はあ、お嬢を舐めていました。これが普通の人にもできれば道を拡張するのも楽でしょうねぇ」


 アレックスさんの話だと、辺境は王都などと比較して道が狭く不便だという。

 ヴェルゼワースは取り立てて鉱山などの資源に恵まれているわけでもない。開拓の歴史を振り返れば昔よりは改善しているそうだけど、長い時をかけなければ優先順位の低い場所にはなかなか道が通されないのが実情のようだった。


「うーん、魔導建機を作って一人一台体制で動かせば普通の人にも道の舗装工事ができるかも……」


 単純に凹凸を調整するだけなら大きな魔力はいらないし、魔導自動車に地形調整を行う演算宝珠をつけてゆっくり走らせれば問題なく実現可能なはず。

 そうして領都と港街を太い道路で結んだり主要都市を繋いだりすれば、港街ヴォルドは海の玄関として繁栄する可能性もある。魔導自動車の量産とともに、道路の整備も考えないといけないわね。


 そうした考えを話して聞かせると、アレックスさんは今後生産する魔導自動車のうち半数を魔導建機とするようお祖父様に進言するべきだという。


「お嬢の魔導建機で道路整備を効率的に行えるようになったら、辺境開拓の歴史が変わりますよ。百年かけて行うことが数年で終わるし、開拓奨励制度を使えば、あっという間に低い税率の大農園の出来上がりだ」

「そうなの? 進歩が早まるのはいいことだわ!」


 なにしろ、目指すところはスローライフが実現可能な文明社会。内陸の王都より湾岸に近い街の方が寂れているような状況は、早いところ改善しないとね!


 ◇


 順調に浚渫工事を進み新しい港の形が定まると、私は官吏用の建物を丸ごと異空間に収納して港の内地に移設した。潮風が及ばないようにアースウォールで塀を用意したあと、ドリーの苗木を異空間から取り出し建物の脇に植えて水を撒いた。

 しかし海の近くは大きな木が生えていなかったことを思い出し、こんな場所で問題ないのか少し心配になる。


「森に生えている木って海の近くに植えても大丈夫なのかしら」


 そう独り言を漏らしたところで、ドリーが姿を現して私の疑問に答えた。


「塩害に強くない品種だと普通は枯れてしまうわよ」

「そうなんだ。やっぱりアルフレイムの邸宅の方がよかった?」

「大丈夫よ、私の苗木は普通じゃないから。それにしても、見事に何も生えていないわね……」


 アースウォールとピットフォールで高低差をなくした結果、草木もない灰色の固い大地が出来上がってしまった。将来的には、ピットフォールで穴を掘って柔らかい土を持ってこないと街の景観がよろしくない気がする。


「港を建設するのに初級魔法で無理をしすぎたのかも。自然に出来た地形と同じようにはいかないのね」

「そんなことならノームに任せればいいじゃない。それに、目の前にいるのはなんの精霊か忘れたの?」


 ドリーがパチンと指を鳴らすと建物の周囲に草木が生い茂った。そのうちの一つが大きく背を伸ばし、高いところで丸い実をつける。


「忘れていたわけじゃないけど、さすがにヤシの木はどうかと思うの。南大陸と貿易する意味がわからなくなってしまうわ」

「私からすれば海を超えて遠い南の大陸に行こうとする方がおかしいわ。この街を出向した船が沈没しないようウンディーネに頼んでおくから気をつけて行くのよ」

「ありがとう、ドリー。まだ港が出来たばかりで船が到着するのは当分先の話だけど、魔導船に改修したらお願いするわ!」


 久しぶりのドリーとの会話を楽しんだあと、私は建物の中で冷房にあたっていたチェスターさんとアレックスさんに声をかけてジョシュアさんに連絡してもらうことにした。



「まさか本当に一ヶ月でこんな立派な港が出来上がるなんて……」


 この一ヶ月の間、辺境伯の紹介状を携えてこの街へとやってきたアイリという少女は、色々と街おこしのために漁業や製塩、食材加工や料理の仕方を伝えてくれた。彼女が教えることは革新的であると同時に破壊的で、昔ながらの手法で満足していた私たち領民の考えを根本から変えていった。

 しかし、それはまだまだ序の口であったのだと立派な港に続く平らで広大な敷地を見て思い知らされる。国一番の港に出入りするような大型船が倍以上の大きさになったとしても、問題なく接岸できそうな深さの水深に立派な防波堤。そして何本も設けられた桟橋は、いったい何隻の大型船の停泊を想定して作られているのか見当もつかない。


「私が住まう官吏の宿舎は先に行政区に移設しました。商店や倉庫など特定の機能を担うものは区分けをしますが、それ以外の敷地については居住区として基本的に街の方々で自由に使ってください!」

「は? このような立派な港に面した広大な土地を、無料で使わせるというのですか!?」

「はい! 街が貿易で賑わうようになれば商人が店を構えると思いますので、用意した都市計画図を参考に理想的な湾岸都市を目指しましょう!」


 王都にも匹敵する未来の街の配置図を手渡してきて何度も演算宝珠でシミュレーションを走らせたとかわけがわからないことを口走るアイリに、ジョシュアはただ唖然とする他ない。

 しかし、辺境伯の紹介状にあった「アイリの言葉はすべて儂の言葉と思って従うように」という一文を思い出し、ジョシュアは深く礼をして早速行動に移る。


 これが、のちにセントイリューズ王国でも屈指の貿易拠点として栄華を極めることになる湾岸都市アイリッシュヴォルドの始まりであった。

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