第24話 ドラゴン襲来と闇組織の蠢動

「大変だ! 北の山脈からグリーンドラゴンの群れが襲ってきた! 今は牧場の家畜を食べているが、街にやってくるのは時間の問題だァ!」

「何!? アレックス、アイリを連れて逃げるぞ!」

「おい待て! お前らAランク冒険者だから強制召集対象だろう、逃げてどうする!」


 ガシリと肩を掴まれたチェスターさんは、ギルド規約を渡されて頭をガシガシと掻きながら唸り声を上げた。それからなおも押し問答を続けようとするチェスターさんに、私は素朴な疑問をぶつける。


「ねえ、どうしてグリーンドラゴンがきたら逃げなければならないの?」

「どうしてって、そりゃ襲われたら大変だからだろうが!」

「ろくに魔法防御もできないグリーンドラゴンなんて、魔剣を一振りするだけで墜落するのに?」

「それは……あれ? ひょっとして逃げる必要はないのか」


 はたと動きを止めて考え出したチェスターさんを尻目に、ミルドレッドさんが獰猛な笑みを浮かべて参戦の意思を表明する。


「北の山脈に出向く手間が省けたねぇ。喰われた家畜の分だけ、不届きなドラゴンたちの頭に神の鉄槌を下してやろうじゃないか!」

「そうですね! 中級魔石をゲットしにいきましょう! さあ、行きますよ!」


 私は冒険者ギルドの外に出て四輪駆動の魔導自動車を異空間から取り出し乗車を促した。


「おいおい、まさかコイツで行くつもりか」

「緊急事態なのです。駄目なら私一人で空を飛んでも……」

「却下だ! 仕方ない。だが、くれぐれも安全運転をするんだぞ」

「わかったわ。じゃあミルドレッドさんは牧草地まで案内をお願いね!」

「あいよ! 任せておきなっ!」


 ギュキャキャキャキャッ!


「うぉおおおおお! だから安全運転だって言ってんだろうがァ!」

「ちょっとリアタイヤをパワースライドさせたくらいで騒がないでください。さあ、行きますよ!」


 こうしてミルドレッドさんの先導のもと、私は街の北にある牧草地帯に向けて魔導自動車を走らせた。


 ◇


 街の郊外に出てしばらくすると、やがて柵に囲まれた羊を丸呑みしているグリーンドラゴンの群れが見えてきた。ひぃ、ふぅ、みぃ……八匹ほどかしら。


「結界も張らずにドラゴンの巣のふもとで放牧なんて、今まで襲ってこなかったんですか?」

「長く生きた群れのボスがいるうちは、過去に痛い目に遭わされた人間の街にくることなんてないんだけどねぇ。代替わりでもしたんじゃないかい?」

「なるほど。通りで若いドラゴンばかりだと思いました。とりあえず逃げられないように、翼を撃ち抜いておきます……熱線魔法並列展開、加速魔法展開、遠距離照準開始、プロミネンスニードル十六連!」


 私の合図と共に超高速の十六本の白い熱線が打ち出され、それぞれがグリーンドラゴンの翼を付け根から焼き落とした。突然襲った痛みにグリーンドラゴンたちは悲痛な咆哮を上げ、地面をのたうち回る。


「これで良しと。今日は若ドラゴンのロースステーキ、ガーリック醤油仕立てで決まりですね!」

「えげつないねぇ。よし、あとは任せな!」

「えっ!? ちょっとミルドレッドさん!」


 まったく速度を落としていない魔導自動車を足場にして更に弾丸のようなスピードでグリーンドラゴンの群れに飛び出したかと思うと、ミルドレッドさんは重鈍なメイスをドラゴンの頭に落として頭蓋骨をかち割る鈍い音を響かせる。まったく聖女らしからぬ暴力的な戦いぶりに、私はドン引きして魔導自動車の速度をゆっくりと落としてつぶやいた。


「なんだか可哀想になってきたわ。聖女があんな無慈悲に鉄槌を下すなんていいのかしら」

「一瞬ですべてのドラゴンの翼を撃ち抜いたお前に言われてもな。一匹くらい巣に返さないと、学習しないんじゃなかったのか?」

「あっ、そうでした! ミルドレッドさん!」


 ドチャア!


「ん? 何か言ったかい!?」


 最後のグリーンドラゴンの頭がかち割られた鈍い音に、私は挙げていた手を静かに下ろす。


「いえ、なんでもありません。神殿に寄進すれば、この街は安泰そうですね」

「お嬢。あれが一般的な僧侶と思ったら大間違いですからね……」


 こうしてノースグレイスの街を襲ったグリーンドラゴンの脅威は大きな被害が出る前に退けることに成功した。

 私は空間魔法でグリーンドラゴンを収納すると、ゆっくりとノースグレイスの街へと帰還するのだった。



 冒険者ギルドに戻ると、私たちはガンドさんに詰め寄られて矢継ぎ早に質問を受けた。


「グリーンドラゴンはどのあたりにいた? 街の方に向かって来そうか? 何匹くらいの群れだ!?」

「落ち着いてください、ガンドさん。グリーンドラゴンなら八匹ともミルドレッドさんが頭を叩き潰しました」

「……は? 神殿の僧侶がそんなことできるわけがないだろう!」

「そんなことを私に言われても知りません。とにかくグリーンドラゴンを持ち帰ったので、解体をお願いしたいのですが」

「そうか、じゃあ早速確認に行ってくる!」


 急いでギルドの出入り口から外に飛び出したガンドさんは、しばらくすると建物に戻ってきて再び私たちに詰め寄る。


「ドラゴンの遺体なんて、どこにもないじゃねぇか! やっぱり倒せなかったんだな!?」

「そんなことはありません」

「じゃあ、ここに耳を揃えて出してみやがれ!」

「おい、ガンドさんよ。そいつは、やめておいた方が……」

「いいでしょう! 思う存分、検分してください!」


 ドサドサドサッ! メキメキッ……


「ぎゃああああ! なんだこりゃぁ!」

「グリーンドラゴンです。少し若いですが、美味しいですよ!」

「わかった! わかったからこいつをしまってくれ!」


 ミルドレッドさんが叩き潰した頭蓋からポタポタとドラゴンの血が流れ落ちる様子に、掃除が大変かと思って空間魔法で異空間にもう一度収納し直す。


「収納魔法使いだと……俺は夢でも見てんのか?」

「魔石と今日食べる分の肉の一部以外はギルドに納品するので、買い取ってください」

「わかった。緊急討伐依頼と合わせて精算するから、裏の解体場に出しておいてくれ」


 私は解体場の場所を聞いたところでダンジョンの地図のことを思い出し、三十階が最下層と思われていたダンジョンが実は百階だったことを報告する。


「そういえば帰りがけにダンジョンの百階までの地図を書きましたので、これも買い取りをお願いします!」


 そう言って今日の午前中に向かったダンジョンが実は三十階よりも深い階層が存在していることを告げると、ガンドさんは口をパクパクとさせて驚きの表情を浮かべた。


「……マジかよ。俺はもう何を驚いていいのかわからなくなってきたぜ。こいつの確認はしばらく時間がかかるから、少し待ってくれ」

「わかりました。じゃあ、解体場でドラゴンの肉を貰って帰りましょう。今日はドラゴンのロースステーキですよ! ミルドレッドさんには、ワインとスパイスをふんだんに使った最高の料理を味わってもらいます!」

「そいつは楽しみだねぇ! そうと決まったら、さっさといくよ。護衛の兄ちゃん!」


 こうして魔石や一部の肉を除くドラゴンの素材を納めたことで試技場の修繕費も無事払い終えた私は、自分で調理したドラゴンステーキに舌を巻きながらその日は安らかな眠りについた。


 ◇


 冒険者アイリを中心としたAランクパーティの活躍によりドラゴンの脅威は退けられた。その知らせが街の人々に伝わる頃、思わぬ計算違いに地団駄を踏む男がいた。


「くそっ! 主力となる冒険者がダンジョンにこもっている間なら、如何にミルドレッドといえども怪我は免れまいと思って街に向かってドラゴンをけしかけたというのに。オルブライト公爵になんと報告したものか」


 怪我をして寝込んだところを集団で襲い、ヒルデガルドの生まれ変わりの聖女を亡き者にする。それが公爵派閥の抱える暗部組織から闇ギルドに与えられた依頼だった。

 特殊な匂い袋で誘導するだけの簡単な仕事と踏んで依頼を受けた闇の牙の頭目ゲースは、前提から崩れ去った計画に頭を抱えていた。


「お頭、正直にグリーンドラゴン程度ではどうにもならなかったと報告すればいいんじゃないですかい?」

「馬鹿野郎! 公爵に取り入る機会を無駄にできるか!」

「そうは言っても、遠目で監視していた部下の報告によるとメイスで八匹のドラゴンの頭蓋骨を正面から一撃粉砕ですぜ? 人間なら掠っただけで、致命傷間違い無しでさぁ」


 ただ純粋に美味しい獲物を自らの力で狩りたい。そう願ったヒルデガルドの膂力りょりょくは歴代の召喚者の中でも最強だ。天啓と未来視からくる見切りでのたうち回るドラゴンの爪や足を避けて的確に急所に一撃を入れるその技は、幾度にも渡る転生により達人の域に達している。

 そんな心技体、そして聖女ならではの驚異的な回復法術を兼ね備えたミルドレッドを相手に、グリーンドラゴン如きでどうこうしようなどもとから無理な話だったのだ。

 頭目を支えるカースはゲースの見通しの甘さに内心で溜息を吐きながらも、次善の策を捻り出す。


「今回、ミルドレッド一人ではなくパーティによる討伐だそうです」

「それがどうした」

「それがパーティの魔法使いが未成年の子供だって話でさぁ。本人が駄目なら人質を取るのはどうですかい?」

「それだ! よし、早速手筈を整えろ。失敗は許されんぞ!」


 こうして本人のあずかり知らぬ間に聖女抹殺計画に巻き込まれ、闇組織によるアイリ誘拐計画が密かに進められることになった。

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