第23話 神託の聖女と初めてのダンジョン

 次の日の朝、女僧侶のミルドレッドさんと冒険者ギルドで落ち合い互いに自己紹介を終えると、私は目の前の彼女から感じる不思議な感覚に頭を傾げていた。


「ミルドレッドさんが僧侶……ですか?」

「なんだ、お嬢ちゃんは私がそれ以外の何に見えるっていうんだい?」

「勇者。いえ、聖女の間違いでは?」


 発するオーラが聖人のそれだ。御主人様にも似た圧倒的な聖気に、この私が気付かないはずがない。私が確信した瞳を向けていると、ミルドレッドさんは頭を掻いて事実を認める。


「参ったね、神殿の連中でも一部の者しか気付いていないってのに。お嬢ちゃん、いやアイリ。あんた何者だい?」

「私は単なる演算宝珠職人ですが……」

「嘘つくんじゃないよ。どこの世界に神獣が守護する演算宝珠職人がいるってんだい」


 そう言って指差す先には、気がつくと神獣イリアステールが姿を現していた。

 突然の大型の獣の出現に早朝で少ない人数ながら冒険者ギルドは騒然となるが、私が抱きついて敵意がないことを示したことで再び落ち着きを取り戻す。


「幼い頃からの友達のお母さんが、好意で守ってくれているだけです」

「へえ、そりゃすごいね。それで、その神殿並みの防御結界は?」

「これはお姉様の防衛システムを真似ただけです」

「嘘は言ってないみたいだけど、それより重要なことがあるだろ。あんた私の……いや、ヒルデガルドの血を引いているだろう? しかも直系だ。私には天啓のスキルがあるから誤魔化せないよ」


 ミルドレッドさんの指摘により初めて気が付き、私は思わず目を見開いた。

 ほとんど会わなかったとはいえ王様が父親だから、ヒルデガルドの生まれ変わりである目の前の彼女は私の遠い御先祖様ということだ。それと同時に、本当は王女だと看破されたことになる。

 目の前の女性は二十代前半で若々しく見えるけど、神獣の幻術を見破ったことといい中身は何代もの記憶を重ねた老獪な人物と考えた方がいいのかもしれない。


 とはいうものの、答えることに変わりはなかった。


「うーん。そうだとしても公式には平民としないと、門閥貴族が黙っていないそうです」

「……そうかい。変わっちまったみたいだね、セントイリューズも」


 過去の記憶を追想しているのか寂しげな瞳をこちらに向けてきたけど、私にとっては些細なことだ。それよりも過去の記憶があるのなら、是非とも聞いてみたいことがある。


「ところで、どうしてこの世界に残る気になったのですか? 元の世界の方が便利で楽しくて料理も美味しくて過ごしやすいでしょう。私、一度聞いてみたかったんです!」

「アイリ、どうして私が他の世界からきたことを知っているんだい?」

「下界に送り出される時に事前情報としてイリス様に聞きました」


 一度目に送られた時だけど異世界人が定着した数少ない例として聞いている。異世界人同士が誤って衝突しないように。


「へえ、どうやら訳ありみたいだねぇ。私のことを話す前に、アイリはどうしてここにきたのか教えておくれよ」

「この世界にスローライフの概念が生まれるほどの文明を興して、異世界人が永住したくなるようにするのが私に与えられた使命です!」

「はっはっは、そいつは傑作だ! いいだろう、私が残った理由を教えてやる。それは、ドラゴンのステーキが美味いからさ!」

「……えぇ。それだけ、ですか?」


 もっとこう魂が惹かれるような何かがあるのかと思いきや、単なる食欲が理由だった。その残念な事実に私は思わず肩を落とす。


「私の国は貧困に喘いでいたからね。アイリが考えるほど元いた世界は理想の社会じゃなかったのさ。その点、この世界は腕っぷしさえ強ければ美味い肉がたらふく食える。これ以上望むことが他にあるかい?」

「なるほど。確かに御主人様が住んでいたところは世界でも有数の飽食の国だったようです。異世界だからといって、すべてが同じというわけではなかったのですね」

「そういうこと……って、そろそろ場所を変えないかい? ちょいと目立ちすぎている」

「あっ……」


 先ほどから色々と喋っては不味いことを大声で演説していたような気がする。チェスターさんは頭を抱えているし、アレックスさんは目を丸くして驚いている。

 私がどうしようかと声を上げようとしたその時、周りの人たちが一斉に倒れて眠りについた。


「妾が幻術で先ほどの記憶を曖昧にぼかしておいたから問題ないぞえ? まったく、少しは気を付けるのじゃぞ」

「あ、ありがとう。ヒューくんのお母さん。チェスターさん、アレックスさん。今のうちにダンジョンの方に移動しましょう!」


 こうして事なきを得た私たちは、当初の目的であったダンジョンへと足を踏み入れるのであった。


 ◇


 ダンジョンに来て話して困る人が周りにいなくなったため、道すがらこれまでの経緯をミルドレッドさんに話して聞かせた。初めは退屈そうに聞いていたけど、話が食べ物の事になると俄然興味が湧いたようで道中で色々なお菓子を放出する羽目になった。


「こいつは信じられないほど美味しいじゃないかい! なるほど、アイリの主人が元の世界に帰りたくなったのも無理はないねぇ……っと」


 ドシュ!


「これでも、まだまだなんです。私が作るのはあくまで家庭料理の腕前でできるものでしかありません。プロの料理人が極めればもっと美味しくできるはずなんです……ライトニングボルト」


 ピシャーン!


 現れたそばから倒されていく魔獣に、護衛の二人は微妙な表情を浮かべている。


「チェスター隊長、ダンジョンってこんなピクニック気分で来れるところでしたっけ」

「もともと視察が目的だ。適正武器のレベルを割り出せればそれで十分だろう」

「適正と言っても、前の二人は倒す魔獣の方を見てもいませんよ。というか、どちらも後衛ですよね?」

「言うな。ここのダンジョンの難易度が低すぎるのがいけないんだ!」


 チェスターさんの言う通り、こんなところで魔剣が必要かと問われると甚だ疑問に思えてしまう。私はいつになったら手応えのある魔獣が出てくるのか少し気になって、ダンジョンの下層を音響魔法の応用で広範囲にスキャンした。

 返ってくる反響を検知して高速演算することによって割り出した三次元マップによると、どうやら百階まで存在するようで、今いる十五階は全体から見れば浅い場所のようだわ。


「最深部が百階なんて、いつも冒険者さんたちはどうやって潜っているのかしら」

「何を言っているんだ? このダンジョンは三十階までだろう」

「そんなことないです。ほら、こんな感じで細いけど繋がっているでしょう?」


 私は王宮で見せたプロジェクターの応用でダンジョンの壁に階層地図を映し出して見せた。

 三十階は浅瀬の終わりで、そこからは中層の始まり。七十階からが下層という感じで地質が異なるようだった。


「なんで行ってもない場所の地図が一発で出てくるんだよ」

「音波を飛ばすと、反響の強度や到達時間からダンジョンの構造を調べることができるんですよ!」

「マジかよ。だとすると、新階層の発見者になれちまうな」


 なんでも新しい階層を見つけて冒険者ギルドに報告するとお金がもらえる制度があるらしい。ずっと潜りっぱなしになるような深いダンジョンでは、詳細な地図を共有することにより遭難者や死人が出る確率が大幅に減るという。


「うーん。そんなに何日も潜ることを想定しているなら、冒険者専用のテントでも考えないといけないわね。防御結界で安全地帯を作り、空間魔法でテント内部を拡張した部屋に冷暖房を効かせて、水洗トイレにお風呂もつけたらどうかしら」

「そりゃ、ずいぶんと贅沢なテントだなぁ……てか、もはや冒険者用じゃねぇ」

「とにかく武器はたいしたものが必要ないってわかったし、今日は帰りましょう」


 強力な武器が必要ないとわかると同時に、かなり深い場所まで潜らないと大きい魔石が採取できないこともわかってしまった。こうなったら最下層のダンジョンコアの間に行って中層と下層の開始地点に転移できるようにコアを改造しておかないと、効率的にダンジョンに発生する魔獣から魔石を取り出せない気がしてきたわ。


 鉱石の採掘と同じで、魔石の採取も近代化が必要になる時代がくるかもしれない。

 そんな未来に思いを馳せながら数時間振りに地上へと帰還を果たして冒険者ギルドを訪れた私は、血相を変えたガンドさんに出迎えられることになる。

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