第9話 少し目立ちすぎました

 最初に出来た異様な精度の完成品を元に少数ながらも魔導自動車の生産が軌道に乗り始めた頃、辺境を治める貴族の騎士を名乗る人物が私の店にやってきた。

 歳の頃は二十代前半だろうか。短く刈り込んだ銀の髪に精悍な顔立ちをした実に騎士らしい風情にどこか懐かしさを感じたものの、次に繰り出された言葉にそんな気持ちは吹き飛んだ。


「演算宝珠職人のアイリ、辺境伯の命令でお前を連行する」

「そんな! 私は別に何も悪いことなんかしてないですよ! というかドリー、結界はどうしたの!?」

「命令を忠実にこなす騎士に殺意や悪意はないのよ。たまにいるのよね、こういう精霊にも扱いに困るタイプ」


 仕える主が悪でも下に仕える騎士は清廉潔白というパターンは珍しいことではないと肩をすくめるドリーに、私は慌てて詰め寄った。


「じゃあどうすればいいの? 長生きしてれば対処法も知っているんでしょ?」

「どうするってアイリが本気になれば騎士の一人や十人、まとめて薙ぎ払えるでしょう」

「そんなことをしたら街で暮らしていけなくなるじゃない。文明を進めるには、ある程度は権力者の協力も必要だわ」

「じゃあ、あきらめて連行されるしかないわね。別に取って食おうというわけでもないのでしょう?」


 ドリーが私の肩越しに騎士に問いかけると私を怯えさせたと反省したのか、店の出入り口付近に立つ騎士は咳払いをして誤解を解こうと話し始めた。


「もちろんだ。辺境伯様は噂の演算宝珠職人が生み出した魔道具の数々に大変興味がおありのようで、是非とも話を聞きたいそうだ。というのは口実で、奥様が品薄の美容品とお菓子に異様な執着を見せているので半分以上は……ゴホン。とにかく、身の危険はないから安心しろ」

「つまりは美容品とお菓子が目的だということ?」


 私の問いかけに騎士の男性は咳払いをしつつも無言で頷いた。どうやら彼もそんな理由で街の人間を連れ出すのはどうかと思っているらしい。

 ロイドさんと一緒に魔導自動車作りに夢中になっていたから、一度訪れたら二度と来店できなくなる女性たちには別の場所で売ればいいというドリーの提案をまるで検討していなかった。それがこんな形で自分に跳ね返ってくるとは思わず、私は頭を抱える。


「うぅ……わかりました。それでは献上品として石鹸やシャンプー、それにお菓子を用意しますので少し時間をください」

「わかった。手短に頼む」


 私は厨房に移動して、おやつの時間に食べる予定だったクッキーとパウンドケーキを異空間に放り込みながらドリーに留守中のことを頼む。


「連絡が取れないかもしれないけど、しばらく帰ってこなかったら店は閉めておいてね」

「あまり遅くなる様ならシルフィードに伝言を頼むわ。念のため監視もつけておくから心配せずに行ってきなさい」

「監視って誰かついてくるの?」

「そうよ……来てちょうだい、神獣イリアステール」


 首を傾げる私の目の前でドリーが両手を胸の前で打ち鳴らすと、九本の尾を持つ白狐が忽然と姿を現した。


「なんじゃ、精霊の森の主が妾を召喚するなど久しぶりではないか。急用かえ?」

「あなたの可愛い子供の友人が人間に連行されるので……」

「皆殺しにしてくれば良いのじゃな?」


 被せるように言い放った白狐の尾が一斉に青白い炎に包まれた。蜃気楼のように揺らめく殺気に、幼い頃から遊んでいた心優しい白狐が大人になるとこんな苛烈な神獣になるのかと驚きに口を開けてしまう。


「……いいえ。害意はないようだから、危ない目に遭いそうだったら助けてあげて欲しいの」


 ドリーの言葉に嘘の様に殺気を引っ込めた九尾の白虎は、気が抜けた様な声で呟く。


「なんじゃ。精霊の森の主ともあろう者が、ずいぶんと丸くなったものじゃの」

「仕方ないじゃない、この子がそう望むのだから。迎えにきた騎士に悪意が一欠片でもあれば、迷いの森に直行させていたところよ」

「そなた好みの聖騎士タイプというわけじゃな。樹木の精霊と聖騎士の恋物語は長く語り継がれたほどじゃから仕方ないのう」


 昔を懐かしむ様な雰囲気を漂わせて含み笑う白狐に、長い時を生きたドリーにしては珍しく慌てた様子を見せて捲し立てる。


「人聞きが悪いことを言わないでちょうだい。アイリは女神様の使命を帯びているのだから、あなたも神獣として務めを果たすのよ」

「そのような義理など関係なく、愛しい我が子の友人であれば傷一つ付けさせぬから安心せよ。アイリ、そなたの安全はこのイリアステールが保証しよう」

「ありがとう、フォーくんのお母さん」


 私がそう返事を返すと、嬉しそうに目を細めてその場から忽然と姿を消し去った。幻でも見ていたのかと目を擦る私に、ドリーは口に手を当てて鈴を転がすような笑い声を上げる。


「イリアステールの幻術は超一級品よ。アイリが存在を見破れる様になるには、最低でも百年は必要かもしれないわね」

「ええー!? それって普通の人間には無理ってことじゃない!」


 人間の寿命を考えれば衛兵が何人居ようとも絶対に気が付かれないのは心強い。悪いことをしたわけでもないし、大丈夫だと信じたい。でも、万が一の保険があるのとないのとでは全然違うわ。

 私はドリーの気遣いにお礼を言いながら、販売スペースに戻って石鹸やシャンプーなどの商品を一通り異空間に詰め込み、迎えにきた騎士に話しかける。


「お待たせしました。えっと、馬車か何かで行くんでしょうか」

「すまないが魔導自動車というものに乗せて欲しい。そちらは奥様ではなく辺境伯様が興味を持たれているんだ」

「わかりました。では外に出します。ドリー、後はお願いね!」


 私は手を振って留守を頼んだ後、出入り口の扉を開いて店の前の道に異空間から取り出した魔導自動車を出現させた。

 それを見ていた騎士が私の隣でポツリと呟く。


「……本当に話を聞きたいことが山ほど出来たな」

「聞きたいことってなんでしょうか? 騎士さん」

「俺の名はチェスターだ。話は道中で聞くから、支障ない程度に聞かせてくれ」

「わかりました。じゃあチェスターさん、出発しましょう!」


 こうして初めてローデン以外の街へと足を運ぶこととなった私は、期待と不安が入り混じった複雑な気持ちで道中の景色を眺めたのだった。


 ◇


 ヴィーン! 


 魔導モータが独特の回転音をあげて、シャーシに載せた馬車をベースとした筐体を暴力的に前へと加速させる。街の中では安全のために全開のスピードを出したことはなかったけど、これほど早く走れるとは思っていなかったわ。


「さすが高級グレードの四輪駆動! 私が緻密な制御をしているだけあって、最適なパワーバランス! 馬車とは比べ物にならない走破性ね!」


 残念ながらゴムタイヤまでは作れなかったけど、エンペラースライムの素体を演算宝珠で制御して車輪を覆うことで同等の効果は得られていた。森にはあまりスライムは居なかったけど平地には沢山居るみたいだから、低価格帯の魔導自動車でも通常のスライムから魔石のコアを抜き取って代替となる演算宝珠を組み込めば望むタイヤの形状を取らせる事ができる。まさに万能のモールド素体として扱えるのよ!


「チェスターさん、どうですか? これが普及すれば早く物を運べるし、商売もはかどると思いませんか!?」

「いや駄目だろう! 選りすぐりの軍馬が引く戦車が霞むような代物を多くの平民が所有していては問題がある!」


 隣の席で目を白黒させて驚きの表情を見せるチェスターさんに、私は太鼓判を押すように安全性を強調する。


「大丈夫です! これは私だけの特注品だから、販売している魔導自動車は半分くらいの速度しか出せません」

「半分でも普通の馬より速いのでは治安の問題も出てくる。盗賊が手にしたら目も当てられん」

「うーん。あまりおすすめはしませんけど、演算宝珠と契約できれば特定の個人に使用を限定することはできますよ?」

「そんなことができる者は、王宮で特級魔導師として召し抱えられて乗り物の運転などにかまけている暇はない」


 あらら。ロイドさんが話していた通り、演算宝珠と契約できる人間は少ないのね。リンクが太くなるから魔法の出力も制御の精度も段違いになるのにもったいないことだわ。

 そんなことを考えているうちに、目的地である辺境伯領の領都アルフレイムの城壁が道の先に見えてきた。ローデンのそれとは比べ物にならない大きさに私は胸を躍らせる。


「わあ! こんな大きな街が辺境にあったなんて驚きだわ。是非とも文化振興を推し進めなくてはならないわね! さあ、かっ飛ばしますよ!」

「ちょっと待て! 俺の心臓がもたない! 速度を今の三分の一以下に落とすんだァー!」

「チェスターさんは騎士だから大丈夫です。そんなことでは領都の平和は守れませんよ!」

「領都の平和の前に、俺の心の安寧の方が大事だ!」


 そんな騎士としてどうかというチェスターさんの発言を、人間ならではの一時の気の迷いと元・演算宝珠である私は十分に理解し、魅惑の領都アルフレイムに向けて魔導モータに全力の魔力を叩き込むのだった。

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