領都の演算宝珠職人

第10話 辺境伯領都アルフレイムへの旅

 領都に到着して門の前で急ブレーキをかけたところで取り押さえられた私は、ゆっくりと徐行するようにして街の中心にある辺境伯の邸宅の門に到着した。門の中から騎士の風貌をした男性が運転席に乗るチェスターさんを見て声をかけてくる。


「これはチェスター隊長、ずいぶん変わった馬車でお帰りになられましたね。その……両手で抱えている少女は?」

「例の演算宝珠職人だ。おっと勘違いするなよ? これは、こいつが無謀な行動に出る前にいつでも抑え込めるように抱えているだけだからな」

「はあ……それは、勘違いしようがないほど問題がある発言の様に私には聞こえますが?」


 十二、三歳の少女を二十代前半の屈強な騎士が膝に乗せて身動きできないように抑え込んでいるなど、傍目から見たら異常でしかない。そんな当たり前の指摘をされて怯んだチェスターさんの隙を突いて、私は目の前の騎士に捲し立てる。


「そうなんです! 騎士さん、チェスターさんが嫌がる私を無理やり……アイタッ!」


 このガッチリホールド体制をなんとかしようと門番に取りすがろうとしたら拳骨を落とされた。


「人聞きの悪いことを言うな! あわや制御を誤り領都の門に正面衝突しそうになったことを忘れたのか!」

「大丈夫ですよ、私が速度計算を誤るわけがありません。数字に関しては誰よりも強い自信があるんです!」

「計算できる頭と運動神経は別物だ! はぁ……まあ、いい。アレックス、ヒューバート様はどちらに?」


 先ほどまでとは別人のように態度を切り替えたチェスターさんに、アレックスさんも折り目正しい返事を返す。


「はい。今頃は執務室にいらっしゃるかと」

「わかった。さあ、行くぞ。お転婆娘」

「アイリです! ちょっと魔導自動車を亜空間に収納するから降りてください」


 そう言ってチェスターさんと共に魔導自動車の運転席から地面に降り立つと、私は空間魔法を発動して魔導自動車を異空間に収納した。


「はあ!? チェスター隊長、乗り物はどこに消えたのですか?」

「この程度で驚いていたら心臓が持たんぞ。アイリが何をしても、そういう生き物だと思っておけ」

「なるほど、了解しました」


 なんだか失礼な事を言われた気がするけど、私は門から遠くに見える建物を見ていて気にならなかった。


「なんですか、あの大きな家は……」

「ごく普通の貴族の邸宅だぞ。アイリの持ち物よりよほど常識的だ」

「そうなんですか。貴族のお家は大きいんですね」


 二階建てだけど部屋数がいくつもあって横に長い。どれくらいの人が住んでいるのかわからないけど、使用人の住まいは分かれているとチェスターさんは言う。というか、建物の出入り口までまだ距離がありすぎる。


「魔導自動車で建物の出入り口まで行くのは……」

「やめろ。辺境伯夫人のお気に入りの庭園を荒らす気か」

「そんなことはしません。第一、乗り付けられる様に道が舗装されているじゃないですか」

「その舗装された敷地内の道が荒れそうだと俺は言っている」

「……」


 どうやらチェスターさんはよほど魔導自動車の全開ドライブの印象が強く心に刻まれたようだわ。まあ、綺麗に手入れされた庭のお花にも興味があるし、ここは大人しく庭園の鑑賞と行きましょう。


 ◇


 綺麗に手入れされた花壇や植木を楽しみながら館の扉の前までくると、初老の男性が私たちを迎えに建物の中から外に出てきた。


「バトラーさん、言われた通り演算宝珠職人のアイリを連れてきたぞ」

「お疲れ様でした、チェスター殿。アイリさん、私はここで執事をしているバトラーと申します。以後、お見知り置きを」

「ローデンの街で店を開いているアイリです。こちらこそ、よろしくお願いします」

「これはこれは。小さいのによくできたお嬢さんだ」

「えへへ、そうかな?」


 人間に転生してからあまり褒められた記憶がない私は、バトラーさんの言葉に気を良くして頬を緩めた。しかし隣に居たチェスターさんは、そんな私の様子を見てピシャリと釘を刺す。


「バトラーさん、見た目に惑わされては駄目だ。こいつは、大人しそうに見えて飛んだじゃじゃ馬娘だから気を付けてくれ」

「もう、チェスターさんったら。少し魔導自動車の速度を上げたくらいで根に持ちすぎです。あれでも普段の私の移動速度を考えれば抑えている方なんです!」


 馬車の形状を残している空力が不完全な魔導自動車よりは、風除けの結界を張って魔法で空を飛ぶ方が何倍も速いわ。これは、商人が大量輸送に使うための物流向けの乗り物なのよ!


「あと、想像以上に……貴重極まる人材だ。今まで護衛もつけず無事に暮らしていたのが不思議なくらいだ」

「なるほど、わかりました。まずは執務室へ参りましょう。旦那様がお待ちです」


 言葉の途中で急に真顔になったチェスターさんを見て、バトラーさんも表情をあらため邸の奥へと案内する。私はと言えば、屋敷内の吹き抜けのロビーや二階へと続く階段の贅沢な作りに感心していた。


「素敵なお屋敷だわ。こんなところで暮らせたら、きっとそれはスローライフと言える暮らしなのでしょうね」

「そのスローライフというのが何かわからんが、語感からしてお前が考えるほど辺境伯を務めるヒューバート様はお気楽な生活を送られているわけじゃないぞ」

「どうして? 貴族なんだから、優雅な暮らしをしているはずでしょう」

「貴族だからこそ、国内の派閥争いや隣接する他国からの防衛、領地の繁栄を考えなければならんのだろうが」

「そんな大袈裟な。派閥争いと言っても命まで落とすわけじゃないんでしょう?」

「お前、辺境伯様の前で絶対にそれを言うなよ。十年以上前になるが、陛下の側室として迎えられたエリシエール様の御息女が三歳にもならないうちに攫われたんだ。初孫を亡くされた辺境伯様の気持ちを考えろ」

「……ごめんなさい」


 何よ、それ。思いっきり私のことじゃない。というか亡くなってないわよ! もしかして、今から会うのはお爺ちゃんってこと? 聞いてないわ!

 急展開に心の準備が出来ずそわそわしだした私に、これから辺境伯との対面に向けて緊張したのかと勘違いしたバトラーさんが笑いかけてくる。


「そんなに心配しなくても、十二、三歳の小さな女の子が何を言っても旦那様は気にしませんよ。それに、アイリさんは幼い頃のエリシエール様にとてもよく似ていますし……ん? 本当によく似ておられますな」


 急に不思議そうな声を上げたバトラーさんの視線を追った私は、その先にある肖像画に描かれた人物を目の端に捉えた瞬間に思わずそっぽを向いた。

 そう。二階へと続く階段の正面に立て掛けられていた肖像画には、長く綺麗な金髪に青い瞳をしてはにかむ十七歳頃の実の母親が描かれていたのだ。今の私と並べたら姉妹と言っても通るほど似通っている。

 朧げにしか覚えていない……などという事は演算宝珠に記憶を保存できる私には当てはまるわけもなく、その肖像画はここが母の実家である事実を否応なく突きつけてくるのだった。


「そう……かな? 他人の空似だと思います……よ?」

「……そうですな」


 なんとか誤魔化した私が再び肖像画を目にすると、母と私くらいの年頃の少年が椅子に座る後ろに三十代半ばの男性と女性が共に描かれていることに気がついた。グレーの短髪に青い瞳をした男性と母とよく似た金髪とエメラルドの瞳をした女性が両脇に立ちながら、優しくこちらを見つめている。

 その二人も幾度か王宮に会いにきたので覚えていたけど、はじめて見たかのように装うことにした。


「あ、もしかして後ろにいるのが、辺境伯様と奥様ですか?」

「はい、今から十数年前ですが。エリシエール様の手前の弟君が次期当主のアルバート様で、今は王都の別邸におられます」


 母の弟というと私の叔父にあたるのかしら。肖像画では今の私と同じくらいの年齢で、グレーの髪に緑の瞳をした大人しそうな少年は快活な笑みを浮かべていた。今は二十代前半だから、今は王宮にでも出仕しているのかな? いずれにしても、私以外は特に問題なく暮らしているようでよかったわ。

 予想外のサプライズがあったもののホッとした私は歩みを進め、それからは何事もなく執務室の扉の前まで到着した。バトラーさんがノックをすると、部屋の中から入れという低い声が聞こえてくる。いよいよ、お爺ちゃんとの対面だ。


「旦那様、チェスター殿が演算宝珠職人のアイリ様を連れて戻られました」

「おお、そうか。よく連れてきて……」


 バトラーさんの声に机の書類から目を離してこちらに顔を向けたヒューバート様は、私の姿を目にした途端に沈黙した。演算宝珠に記憶されている姿からはずいぶんと老けて見えたけど、確かに私のお爺ちゃんその人だった。

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