第8話 魔導自動車を作ろう!

 ロイドさんとの協業でコンロやオーブン、冷蔵庫などの生活魔道具に続いて上下水道を代替する生活インフラが辺境の街に普及してくると、私は次の段階に向けて新たな計画を練っていた。


「辺境の街にも物を運べるように魔導モータを作って、馬なしで動く魔導自動車を作りましょう!」

「魔道自動車? 聞いた事もないな。一体、どんなもんなんだ?」

「馬車の車輪を演算宝珠で回して自走させるだけです」


 磁気を生じさせる魔法で円筒をS極とN極の磁場を生じさせ、回転子に三つの演算宝珠を配置して角度によってS極とN極とオフ状態に切り替わる三相制御をしてあげるだけで回転する力が得られる。記憶にある電気モータの仕組みを演算宝珠向けに最適化した魔導モータで、演算宝珠で制御するから電気的、機械的に難しいところがない分だけ単純な構造で実現できるはず。

 難点があるとすれば、演算宝珠に継続的に魔力を供給するために魔力伝導率の高いミスリルの導線が必要だから少し高いところがネックかしら。手を握るハンドルから導線を伝わってモータに魔力を供給し、速度調整をする仕組みよ。

 図を交えて魔導モータの構造や、自走させた後に曲がったり止まったりするのに必要なハンドルやブレーキの構造を順次説明していくと、ロイドさんは強い興味を抱いた様子だった。


「こいつは面白いな。磁気って言うのがよくわからんが、とにかく演算宝珠を介して魔法で回転させる力が十分に得られるなら馬が必要なくなる」

「普及用は一つの魔導モータの力で馬車の二倍くらいの速さで走らせて、高級車は四つの魔導モータを遠隔操作して車輪の一つ一つを独立制御することで走破性能を上げようと思います」

「御者がミスリルの導線四本を持って魔力を送るのか? なんだか難しそうだな」

「人間は四本同時に最適な魔力を送るほど同時に物を考えられないから、制御用の演算宝珠に接続してそれに魔力を込めるようにします。こんな風に」


 私は胸元の演算宝珠に魔力を込め、サブコアである百二十八個の演算宝珠を空中に浮かべて旋回して見せた。一つの車輪に五個の演算宝珠の予定だから、二十個を同時制御することになる。それでも、これよりは簡単な制御で済むでしょう。


「うぉおおお、こいつはすげえ! てか、ミスリルで繋がなくても制御できているんじゃねぇか?」

「遠隔操作が可能な演算宝珠は高級品だし、使用者が演算宝珠と契約可能な特定の個人に限られてしまうから特注品になってしまうの」

「契約って……まさかアイリちゃんは特級魔導師か!」

「特級魔導師という言葉は聞いたことがないけど、とにかく普通の人でも使えるようにしないと普及させられないので有線接続は必須だと思います」

「はぁ、アイリちゃんは本気で護衛を雇うことを考えた方がいいぞ。演算宝珠と契約できることが知られたら、王宮から迎えが来てもおかしくねぇ」

「えっ!? それは大変! 考えておきます……」


 もう十年も経過しているから大丈夫だと思うけど、王宮に連行されて身元がバレたらどうなるかわからない。あれから実の弟妹や義理の弟妹、つまり王子や王女が生まれたか定かではないけど、亡き者にされるのは御免よ!


「まあ、とにかく魔導モータの部品を試作するから、出来上がったらどれくらいの力があるか試すところから始めようぜ」

「はい、よろしくお願いします!」


 こうして魔導自動車への第一歩が踏み出されることとなった。


 ◇


 それから数週間後、何度かの試作を経て魔導モータが完成した。一個のモータでも時速四十キロは出せる優れもので、ギア比を変えるトランスミッションを作り出せるほどに金属加工技術が進めば、一個でも乗り物としては十分な性能を備えることができそうだ。

 四つの魔導モータを制御するものも作ってみたけれど、技術力がないうちに四輪駆動で無駄に運転手の魔力を消費するよりは、前輪と後輪でギア比を変えて低速域と高速域で切り替える二輪駆動として割り切って使うことも考えた方が良さそうね。


「これで馬の代わりは十分に果たせそうです!」

「ああ。どうして回転するのか原理はいまだにさっぱりわかんねぇが、こうしてギアっていう動力を伝える機構部品が回っているのを見ていると色々なものに応用できそうで年甲斐もなくワクワクしてくるぜ」

「そうですね。水車を使わなくても製粉ができる様になるし、畑を耕すのにも使えるし、糸や布の大量生産もできる……のは、当分先かも」


 ギア比を変えたり回転方向を直角に変えたり回転を上下運動に変えたりするのは、それなりのノウハウが必要になる。機械や機構を設計する知識と金属部品を加工するのに必要な技術や経験は別だから、一足飛びに産業機械や農業機械ができるわけではない。でも、いつかはそこに辿り着いて人が生涯で自由になる時間を増やさなくては、御主人様が望んだような世界は実現できないのよ!

 私は豊かなスローライフ社会という遠い目標に向けた決意を漲らせ、御主人様の記憶にあったギアボックスやハンドル機構、サスペンションなどを図面に落とす作業に没頭していった。


 ◇


 毎日のようにトライ&エラーを繰り返すアイリが疲れて眠りについた頃、小人のような老人が店を訪れていた。


「最近、アイリは楽しそうな物を作っているそうじゃの」

「あらノームじゃない。街に姿を現すなんて何百年振りよ?」

「街と言ってもドライアドの苗があれば精霊の森の一部じゃろ。それより、魔導自動車とやらはどうじゃ?」

「うーん、なんだか煮詰まっている様ね。今の人間の技術では金属部品の精度や強度が足りないそうよ」


 ドリーはアイリが描いた図面をノームに渡して肩をすくめる。ロイドも腕利きの鍛冶師ではあったが、工作機械もない時代に精密なギアやシャフトを作り上げるのは至難の業であった。


「ほう……こいつは面白いのぅ。ワシとサラマンダーが組めば一昼夜で出来そうじゃが、なぜアイリは以前のように頼って来ないのかのぅ」

「人間自身の手で作らなければ文明は発展しないんですって。私からすれば、この魔導モータだけでも何百年も前倒しに進歩したと思うんだけどねぇ」


 そう言ってドリーが気怠けだるげな瞳でアイリとロイドが製造した魔導モータで試作中のギアボックスを動かしてみせるとノームは目を輝かせた。


「確かに、これを人間がいきなり思い付くのは無理じゃ。地中に存在する磁場をこのような小さな規模で回転機構に利用するなど地の精霊であるワシでも必要がなければやらん。しかし、そこまで人間の技術を進歩させてどうしようというのじゃ?」


 ドリーはノームのためのお茶を用意するために奥のキッチンに移動しながら、養い子から以前聞いた構想をノームに話す。


「アイリが言うには、こうして自動的に動く機械が増えれば生産性が上がって人間が美味しい食べ物や新しいお酒を思い付く余裕が生まれて、女神様が望む娯楽に満ちたスローライフ社会とやらに近づくんですって」

「酒……じゃと?」

「あ、しまった……って遅かったわね」


 店のカウンターに戻ってみれば、ノームは魔導モータとギアボックスの試作品と共に忽然と姿を消していた。酒好きのノームとサラマンダーが文明の進歩で新たな酒が生まれる可能性があると知ったからには、一昼夜と言わず今日中に完全な精度で仕上げて来てしまうだろう。


「アイリが眠っている間に完成品が出来上がる毎日が続きそうね。寝ている間に小人が仕事をしてくれるって昔アイリに聞いた異世界の童話に似ているわ」


 ノームのために用意したお茶を自分で飲みながら、楽しそうに童話を話していた小さい頃のアイリを思い出しドリーは頬を緩めるのだった。


 ◇


「私が寝ている間に、試作品が気持ち悪い精度に仕上がっていました……御主人様の寓話に出てくるお姫様も吃驚の大仕事です」

「そりゃ気味の悪い話だが、おかげでこうして完成したんだから喜ぼうぜ」


 新しい酒という餌に釣られたノームとサラマンダーの仕業とドリーから聞かされてはいたものの、異常に早いスピードで完成した魔導自動車は恐ろしいまでにスムーズな動きをした。一つの完成品があれば、それを参考にして急速に発展するのは御主人様の記憶にあった歴史が証明している。であれば、私は素直に喜ぶべきだと割り切ることにした。


「そうですね! 再現して量産できるまで長い道のりがあっても、お手本があればいつかは完全に模倣できるはずだわ」

「ははは、そうだな。精進するのはまたにして、今はこいつを走らせてくれや」

「わかりました。では折角だから四輪駆動の高級車を街で乗り回しましょう!」


 こうして精霊の助力でオーパーツとも言えるような魔導自動車が完成した。ローデンの道を馬車の何倍ものスピードで駆け抜ける姿に、また演算宝珠職人がとんでもない代物を発明したと噂は千里を駆け抜けた。

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