16 少年少女の休日②

 新三重みつえ駅。

 元々は三重みつえ駅とくじら駅の間にあった小さな駅で、名前も鯨が丘海浜公園駅だったそうだ。

 しかし、大橋完成後は橋に比較的近い立地や、元々の地価が安かったこともあり、周囲にショッピングモールなどが誘致され、それに引っ張られる形で住宅街も形成された結果、駅の利用者が飛躍的に増加。

 そこで駅の大規模改修が施され、その際に駅名も新三重駅に変更された(なお、現在進行形で第二期の増築工事中……だった)。

 その結果、三重駅よりも断然に栄えることとなり、この近辺の若者たちの格好の遊び場と化し、俺たちの間で駅前集合といえば、誰が言わずとも新三重駅のことを指していた。もし間違って三重駅の方に行こうものなら、最低ひと月は周囲で笑いの種にされてしまったものだ。

 

 まぁ、今回に限っては三重駅の方に行きたいのだが……。

 なにしろ、三鉄百貨店や例のビデオ屋があるのは三重駅のほうなのだ。

 そして、今回世界が開いたのは新三重駅の方であり、三重駅周辺は変わらず奈落のままとなっている。


 まぁ、そもそも三重駅の範囲まで世界が開いたことは、今までで一度しかないわけで……そんなに都合よくいかないというわけだ。

 それでも一縷の望みをかけて、駅前のビデオ試写の店へ男性陣は詰めかけているようだが……。


 脳裏に浮かぶは、出発前の出来事。



 「前から一度行ってみたかったお店があるんだ」

 「え~どこどこ?」

 「baleineっていう喫茶店。お姉ちゃんが言うには、ケーキがすっごく美味しいんだって」

 「いいねぇ!そこにしよ。あびあびもめぐりんもそこでいい?」

 「うん」

 「いいよ」

 「じゃあ決まりだね。住所は……」

 告げられた住所をもとに頭の中で地図におこすにつれ、段々と身体が冷えていくのを感じる。


 あの……イインチョ?

 そこ、ビデオ屋のお向かいなんだけど?

 偶然?偶然だよね?


 「じゃあ運転よろしくね。脇崎君?」

 背中越しにそう告げるイインチョ。


 「今から行く喫茶店は建物の2階にあるんだけどね、お姉ちゃんが言うには……とってもんだって」

 そして、さらにそう続けた。


 「あの……イインチョ?もしかしてだけど……怒ってる?」

 「そんなことないよ。怒ることなんてないもん。ただ、美味しい物食べたいなって思っただけだよ。皆も好き勝手楽しんでるみたいだしさ、たまにはいいよ……ね?」

 やっぱ怒ってんじゃん!!


 「あのね、イインチョ。実はこれには深いわけが」

 「どんな?」

 「……言えない」

 「ふぅ~ん……そっか」

 いつもと変わらぬ穏やかな声。しかし、振り向く勇気は俺にはなかった。



 男どもが物色し終わって出てきていることを心から祈る。

 今すぐにでも逃げろと一報いれたいが、連絡がつかないのが痛すぎる。

 こういう時、現代社会がいかに便利だったのかを痛感してしまう。


 せめてものあがきで、非常に丁寧な運転を心がける。

 いや、ほら二人乗りに慣れてないしね、後ろには大切な人を乗せてるしね。

 不自然じゃないない……はず。


 それにどの道、この世界では法定速度を超えることができないのだ。

 どれだけアクセルを踏み込んでも、それ以上の速度が出ない。

 他の標識や一方通行、一時停止線は無視できるのに、何故か速度制限だけ遵守させられる。

 

 実に不思議な世界だ。


 免許だってそうだ。

 該当した免許を所持した本人でないと、何故か車やバイクを動かせない。

 四輪車は木人やほかの車が邪魔で使いにくいからいいにしても、バイクは自転車に比べ機動力や対応力は段違いであり、特に物資調達には大助かりだ。

 たとえ能力がショボくても、普通二輪や原付の免許を持っているだけで重宝されるのだ。

 

 しかし、何故こんな不可解な仕様なのか?

 まさかコンプラの波が異空間まで……いや、車やバイクは付近の家のヤツを毎回パクってるし、他人の家へも強盗よろしく不法侵入している。

 試してはないが、喫煙や飲酒だってできるだろう。

 そっちの方がよっぽど法令違反だと思うのだが……。


 卒業証書の筒を振り抜きながら、そんなことを思う。

 筒に蓋をしながら、ガラス製の自動ドアを軽く蹴れば、けたたましい音を立てながら入口が出来上がる。



 「わぁあ、オシャレ~」

 開いた入口から店内に侵入し、靴裏でジャリジャリとガラスを粉々にしながら、イインチョがそう宣う。

 そして、木人となった店員からケーキとコーヒーが載ったお盆をひったくると、空いている窓側の席に腰を下ろす。

 その姿は堂に入っていた。

 他のメンバーも同じように食料を徴収し、腰を下ろす。


 いやぁ、清々しいまでの蛮族ぶり。

 村を襲撃する山賊だってもう少し分別があると思うな。


 やっぱ他に制限すべき項目はいくらでもあるよな~。

 何で法定速度と免許だけ制限されてんだろ?

 まぁ、考えても仕方ないか。


 それよりも気になるのは向かい側だ。

 結局連絡をとることができないまま店に到着してしまった。


 幸いにして鉢合わせることはなかったが……店の前には堂々とバイクや自転車が停めてあった。

 あのさ、もう少し隠ぺいする努力とかしてくれないもんですかね?

 これじゃ、まだ中にいるの丸わかりじゃん!

 いや、女子たちがこの付近に来るのを予想だにしていないんだろうけどさ。

 まぁ、結局のところ百々さんの能力の前では隠ぺいは無意味なわけだが……。

 それにしてもさ、もうちょっと色々と考慮すべきだと思うんだ。


 ケーキに舌鼓を打ちながら談笑を始める女性陣。

 俺とマサ兄は少し離れた位置に座り、ケーキを口へ運ぶが……どうにも味がしない。

 それどころではないのだ。

 チラチラと向かいの建物の入り口へ目を遣る。

 

 しかし、何やってんだ?

 探すだけならもう終わってそうなもんだが。

 ……いや、まさかな?



 そしてついにその時はやってきた。

 ぞろぞろと男子たちが建物から出てきたのだ。


 「へぇ……桑田君と御子神君の組み合わせは考えたことなかったな……クラスも違うし……そっか部活が一緒だから……あっ、山崎君が加わった……あっ、でも待って……ふぅん……いいかも……うん……」

 窓の外に目を遣りながら、何やら小声でブツブツ呟くイインチョ。

 どことなくその表情は嬉しそうだ。

 あれ?怒ってたんじゃないの……か?


 そのまま建物の入り口付近で話し始める男子たち。

 上から見られているなどと思いもしていないのだろう、皆やけにテンションが高い。

 いや、騒ぐのはいいから、早くどっか行ってくれと切に願う。


 存外にもその願いは早々に叶い、動き始める男子たち。

 しかし、その方向に問題があった。


 なんと、何を血迷ったか、向かいの建物に移動し始めたのだ。

 そう、つまり俺たちがいる建物だ!


 大きく開いた風穴から、階段を上る靴音と共に聞こえてくるがや声。

 案の定、内容は聞くに堪えないものばかりだ。


 段々と大きくなる足音と話し声。


 いや、まだわからない。

 この建物の1階から4階すべてが飲食店だ。

 3階はお好み焼き屋とシュラスコの店だったはず。

 そう、食べ盛りの男子たちならそこを目指すはず!

 間違ってもこんな小洒落たカフェなんかに入ってくることは……。


 「ここは中々にいいモカを出す店でな。パティスリーも侮れぬ味わい……」

 「御託はいいから。ちょうどケーキ食いたかったんだよ。あれ?何で入口が壊れて……あ」

 「どうした……あ」

 

 風穴から覗かせたいくつもの顔と目が合う。

 そして、すぐに女子たちに気づき、その席が窓際であることの意味を理解したのか、気まずそうな顔になっていく。


 「おぉ、ジンスケに百々たちではないか!こちらに来ていたのか」

 そんな中一人気にせず店内に入ってくるケイト。

 周りの男子たちはやんわりと制止するが、それを振り払ってこちらの席へ近づいてくる。


 なぜ制止と思ったが、接近に伴ってその理由はすぐに判明した。

 だが、判明はしたものの……俺にはまるで理解できなかった。


 「あっ、林くん……あれ?それは?」

 コテンと首を傾げる百々さん。


 「個室の一つに置いてあったのだ」

 そう言って、ケイトは肩に担いでいた人形を壁に立てかける。

 「あの、ケイト……これは?」

 こちらの質問には答えずに立ち去るケイト。


 嫌が応にも目が行くのは、ケイトが壁に立てかけていった、メイド服を着た大きな人形。

 それなりに精細な顔についた両眼は虚空を睨んでいる。

 いや……そのね、その人形だけど、俺の知識が間違ってなければそういう人形だよね?


 ケイトは個室に置いてあったと言っていた。

 そして奴がいたのは、ビデオ試写のお店。

 じゃあやっぱそういう人形だよね?


 ……え?何でこいつはその人形お持ち帰りしてんの?

 何で平然と女子たちがいる場所の壁に立てかけて席を立てるの?


 静かな店内にケイトの鼻歌だけが響き渡る。

 ……何だこの地獄は。


 イインチョとのツーリング中も地獄絵図を想像していたが、想定を遥かに上回る地獄が待っていたとは。


 他の男子たちは流石にこの空気には耐えられなかったようで、早々に3階へと消えた。

 流れをぶった切ってでも、俺もついていけばよかったと心底後悔する。


 たっぷりと時間をかけてケイトは戻ってくる。

 お盆の上の皿にはコーヒーといくつかのケーキが載っていた。


 「その……ケイト?それどうするんだ?」

 勇気を出して問いかける。

 「あぁ、糸出嬢にな」

 「糸出さん?」

 思いもよらぬ人物の登場に、一瞬頭が真っ白になる。


 「あぁ、この人形は糸出嬢に贈ろうかと思って持ってきたのだ」

 「……はい?」


 ……え?なにその嫌がらせは。

 頭にはどんどんと?マークが増えていく。


 場はさらなる混沌へと包まれる。

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