17 少年少女の休日③

2020年5月19日7時17分 Baleine 店内


 混沌と化した店内。

 シンと静まり返った中、ケイトがフォークを動かす音だけが聞こえる。


 本人から追加の説明はないようなので、こちらから問いかける。


 「えっと……何でその人形を糸出さんにプレゼントする発想になるんだ?」

 「前回の戦いの穴埋めをするように言われていてな……」

 苦々しくそう告げるケイト。


 前回の戦いとはカタツムリ……いや、ウミウシ戦のことだろう。

 あの時、ウミウシがガソリンスタンドを避けたために、別の方法で起動したわけだが、その方法こそ糸出さんの能力だった。

 アメフラシは一撃で倒さないと自爆する性質を活かし、ハイカラな二宮金次郎像で順番にぶっ叩いたのだ。

 しかし、代償としてハイカラな二宮金次郎像は爆発に巻き込まれ、木っ端微塵となった。

 ケイトが立てた作戦なのだから、代わりの物を用立てよというわけだろう。


 しかし、だからといって……。


 「何故よりにもよってコレをチョイスした?」

 「糸出嬢の能力で操る人形の活動距離は彼女の好感度に準ずる」

 「えぇっと、それは……樋本君みたいに?」

 「然り。好感度が高い物ほど近く、低い物ほど遠い位置で、彼女を中心に円周状の軌道上を動かすことができるそうなのだ……太陽と惑星の関係を思い浮かべると解し易いかもしれんな」

 「なんか詳しいね?」

 「調達を引き受けた以上は、糸出嬢の眼鏡に合うものを見つけるため、能力の仔細を知っておく必要があったからな。詳しく聞きただしたのだ」

 ケイトの剣幕にしどろもどろになる糸出さんの姿が容易に浮かぶ。


 「つまり、お前はハイカラな二宮金次郎像と同じくらいの好感度の人型の物を探していたってことか」

 「そういうことだ」

 彼女が操る人形のうち、ハイカラな二宮金次郎像は常に遠くの方で活動していた。

 それはつまり、彼女はあの像のことを正直嫌っていたのだろう。

 なら、ケイトはそれと同じくらいの嫌悪感を抱くような人型を探しているわけだ。


 「いや……だからってこれは」

 思わず自身の頭に手を宛ててしまう。



 この秀才は時に合理的に動きすぎるきらいがある。


 そりゃ糸出さんもこの人形を渡されたら、ぶっちぎりで嫌うだろうよ。

 遥か遠くを攻撃できるロングレンジの兵隊が出来上がるだろうよ。

 視覚や聴覚も共有できるから偵察兵としても優秀だろうし、初めてあたる敵の情報も得られやすくなって、結果的には俺たちの生存率もあがるだろうよ。


 でも、これを受け取る糸出さんの気持ちを考えてみろよ。

 下手しなくともトラウマもんだぜ。

 だって、コレ個室にあったわけで……その……おそらく新品じゃないだろ?

 あんま考えたくないけど、何ならお勤め中だったんじゃないか?

 コイツなら平気で引っがしてきてそうで怖い。


 そして、そしてだ。

 万が一何かの気の迷いで正式採用されてしまった暁には、出撃前の校庭にはこれが浮かぶんだぜ?

 世界が開いたら、真っ先にコレが敵の方へ飛んでいくんだぜ?

 さらに三日後には復活するわけだから、その気になりゃ編隊とか組めちゃうんだぜ?


 やっぱ駄目だ。

 生き残るためにも合理性を突き詰めなきゃいけないのは分かるが、これは駄目だ。


 「ちなみに持ち駒とする条件は、糸出嬢の手の甲に人形が口づ」

 「はい!アウトー――!!」


 反射的に抜き去った卒業証書の筒。

 斜めに袈裟斬りとなった人形の上半身がボテリと床に落ちる。


 「何をする!!」

 「何をするはこっちのセリフだ!お前、それは流石に人として駄目だろ!」

 「命が懸かっているのだぞ!?そんなことを言ってる場合では」

 「いいから他探すぞ!ほら、手伝ってやるから」

 そう言って席を立ち、ケイトの離席を促す。


 まだ食べかけのケーキを名残惜しそうに見ているケイトの腕を引き、店から出る。

 すると釣られてか、マサ兄やイインチョたちも出てきた。

 ……まぁ、もうのんびりお茶する雰囲気じゃなかったしね。




2020年5月19日7時30分 駅前商店街


 

 バイクを置いて駅前の商店街を練り歩く。


 この周辺はブティックが立ち並んでいるようで、ショーウィンドゥには色とりどりな服で着飾ったマネキンが飾られている。

 「マネキンだと嫌悪度が足りないよな?」

 「ふむ……たしかこの先に日本人形の店があったはずだ。あれなどどうだろうか?」

 「いいんじゃないか?行ってみるか」

 話しながら歩を進めるが、後続がついてきていないのに気づく。


 振り返れば、女性陣はまだ入口付近にいた。

 どうやら、この辺りの店は女性陣にとって魅力的らしく、どう考えても関係ない店に立ち寄っている。

 だが、その姿は傍から見てもとても楽しそうで、年頃の少女そのものだった。


 その光景を見てふと思う。


 本来ならば有り得たであろう未来。

 なんてことのないありふれた日常。

 しかし、現状はいつ死ぬかもわからない異常事態に巻き込まれている。

 ここのところ見れていなかった、彼女たちの自然な笑顔を見ると余計に心が痛んでしまう。


 そして考える。


 もしかしたらイインチョは怒ってなんかなくて、本当にたまの休暇を過ごしたかっただけんなんじゃないだろうか?

 店がお向かいだったのは本当に偶然で、オシャレな喫茶店でモーニングしたかっただけだったんじゃないだろうか。


 考えてみれば、彼女らは前線にこそ立たないものの、常に後方支援で忙しなく動いている。

 バケモノがいる内は前線の各チームに絶え間なく情報を送り、片手間で物資調達班によって運ばれてきた物資を選定。

 俺たちはバケモノを倒した後は休憩しているが、彼女たちはいつもギリギリまで物資の選定や箱詰めをおこなっている。

 今回みたいに開始1時間でバケモノを討伐できるのなんて、本当に稀なことを考えると、もしかしたら世界が開いている間は禄に休んでいないのかもしれない。

 改めて彼女たちの働きに頭が下がる。


 そして、彼女たちだって年頃の少女なのだ。

 時には休みたくも遊びたくもなるだろう。

 なにせ、本来なら彼女らは花の大学生だったはずなのだから。


 なら、たまにはこうした日を作れないだろうか?

 世界が開く時間の都合上、どんなに長くても1時間か2時間しかとれないだろうが、きっとそれだけでも違うはずだ。

 

 はしゃぐ女性陣を眺めながら、改めてそんなことを思う。




2020年5月19日8時33分 駅前商店街 公衆トイレ前



 結局、一時間ほど商店街を散策し、いくつかの日本人形を選定したほか、もう一つ有力候補を見繕ったのだが、そちらに関しては持ち運べるタイプではなかったため今回は断念した。

 あとは糸出さんが合格を出すかどうかだが、まぁ、そこはケイトのプレゼン次第だろう。

 トイレから出れば、すでにマサ兄たちは出立したようだった。

 残ったのは一台のバイクとタンデムシートに腰かけたイインチョだけ。


 「ごめん、イインチョお待たせ」

 「いえいえ。こちらこそ帰りも運転よろしくお願いします」

 なんだかとってもデートっぽいなと気分をよくしながら、軽い足取りでバイクに跨り、キーを回す。

 軽快な音を立て鉄の馬はいななきを上げ始める。

 

 「ごめんね、今日は私のわがままにつき合わせちゃって」

 ふいに背中越しに聞こえるしっとりとした声。

 「そんなの全然いいよ。どう?楽しめた?」

 「……うん!すっごく楽しかった!」


 「また来たくなったらいつでも言ってね!バイクぐらいいつでも出すから」

 勇気を出してそっと振り返る。


 「ありがとう!また来ようね」

 そこには、いつもの穏やかな笑みと違い、年頃の少女らしい自然な笑みを浮かべたイインチョがいた。


 あぁ、何で忘れていたのだろう?

 イインチョ……八尾衣米はこういった笑い方をする少女だった。

 そして、そんなところに惹かれて俺は彼女のことを……。


 「あのさ、イインチョ。もしよかったらだけど……今度はふた」

“キーンッコーンカァンコーン”

 最悪なタイミングで鳴り響く予鈴。

 「ごめん、聞こえない!」

 「また皆で来ようね!予鈴も鳴ったし、そろそろ行こうか」


 なに焦ることはない。

 この命続く限りは時間はあるのだから。



 止まった世界にバイクの排気音だけが響き渡る。

 数刻前と変わらぬ位置に座するはずの太陽だが、世界を一層明るく照らしていた。



 ……ちなみに日本人形はわりと好きだからと受け取り拒否されました。

 うーん、残念。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る