15 少年少女の休日①

2020年5月19日6時33分 三重第三高等学校 校門前



 「お疲れさま」

 「お疲れ。こいつで最後かな?」

 「……うん、反応はもう無いみたい」

 イインチョの隣に座る百々さんから返事が返ってくる。


 その返答にほっと一息つき、手にした黒いビニール袋をブルーシートの上に転がす。

 既にブルーシートの上にはビニール袋や蓋つきのバケツが積まれているが、入れ物の色は一様に黒く、しっかりと口が縛られていた。

 前回の反省が活かされている形なわけだが、必要以上に厳重に包んであるものも多く、一匹たりとも無駄にしてたまるかという、皆の意気込みが感じられ、思わず笑みがこぼれてしまう。


 「美味しかったもんねぇ……タコ」

 しっとりとした声でほほ笑むイインチョ。


 そう、ビニール袋に入っているのは、サッカーボールサイズのタコなのだ。

 しかも、バケモノの中でもトップクラスに美味であり、何なら今まで食べてきたタコの中で一番まであるほどだ。


 「サスケじゃないけど、今から食べるのが楽しみだよ」

 食卓に並ぶタコ焼きやタコ飯を想像し、思わず涎が出そうになる。

 「楽しみだねぇ。唐揚げにガーリックソテー……勿論たこわさも外せないよねぇ」

 ……なんかラインナップ渋くない?


 「でも、まさかタコ相手にこんなに時間が余るとは……」

 「前回はかなりギリギリだったもんね」

 前回のことを思い出し、二人して苦笑いする。


 そう、このタコ。実は今回が初遭遇ではない。

 そして、前回出現時は危うく時間切れになりかけたのだ。


 身体が小さく見つけ辛いせいもあるが、何よりやっかいなのは周囲の風景に溶け込む能力を有する点だ。

 マップを手掛かりに探してもまるで見つからない。

 なにせ、大抵は家や店などの建物の中にいて、壁や天井に張り付いているのだ。

 しかも、背後を見せるとステルス状態で首筋を狙ってくるおまけつき。


 そんなタコだが、今回は前回の倍以上の数が出現したのにも関わらず、開始1時間で討伐が完了した。


 「林くんのおかげだね」

 百々さんが屈託のない笑顔を見せる。

 「まぁ、それはたしかに。まさかケイトの能力にあんな使い方があるとは」

 そう、今回の戦果はケイトによるものだった。


 ケイトの能力は、自身の網膜に焼き付けた映像を平らな面に映写する。

 そして、タコは周囲の風景に溶け込んでいるだけで、実体は変わらずそこにあるのだ。

 つまり、タコがいる面では能力が使えない。


 百々さんから送られてきたマップを頼りに近くまで行き、能力を発動。

 地面や壁に順番に視線を動かしていき、不自然に能力が解除されたら、そこにタコがいる。

 あとは俺やサスケが目測で切り付けて一丁あがり……といった具合だ。

 能力のデメリットを逆に利用するとは、相変わらず発想力がエグイ。


 そして、最初にマーカーを確認してから各隊に指示出しをし、最適ルートを回ったおかげもあり、こんな短時間で討伐が完了したというわけだ。



 「あれ?そういえば林くんと佐々木くんは?」

 コテンと首を傾げる百々さん。

 「あ……えぇっと」

 思わずしどろもどろになる。

 さて、何と言い訳したものか……。


 今回は短時間で討伐が完了し、たっぷりと空き時間ができた。

 つまり、例のビデオを探す時間ができたのだ。

 あの二人はすでにビデオ探しに行っており、俺もタコを置き次第合流する予定だった。


 「タコの足とか落ちてないか探してるんだ」

 ひねり出すようにそう告げる。

 我ながら苦しい言い訳だが、一応は理屈が通る。


 このタコはなぜか死ぬと透明になり、さらに太陽光でどんどんと身体が膨らみ、ついには破裂する性質がある。

 そのため、黒いビニール袋に入れてあるわけだ。

 なので、物陰に落ちた透明なタコの残骸を拾い集め……やっぱ苦しいな。

 だが、サスケなら言いかねないなとも思ってしまう。


 「あっ、そうなんだ」

 百々さんもそう思ったのか、どうやら納得したようだ。


 「まったく……あのバカ。また食い意地張って」

 百々さんの肩に手を置いた助宗さんが苦言を呈す。

 何やら冤罪で助宗さんの好感度が下がってしまったサスケが、本当のことを言ったらもっと下がってただろうし、許してほしい。


 「あぁ、そうだ。もう敵もいないなら、俺ちょっとアイツらを探してくるよ」

 そう言ってその場を後にしようとする。

 「なら、ちょっと待って。巡」

 「そうだね、タコさんももう居ないしね」

 何やら携帯をいじり始めた百々さん。


 「これで探さなくても……ほら、駅前に居るみた……あれ?」

 「林くんと佐々木くんだけじゃなくて、みんなも同じ建物に集まってるみたい」

 

 ……なんだか嫌な予感がする。


 恐る恐る百々さんの携帯を覗き込めば、マップの一か所に固まる複数の青マーカーと、赤と緑のマーカーが一つずつ。

 そして、マップに記された建物の名前……。


 「なんだか昔話みたいなお名前だね。あびちゃん知ってる?」

 「……焼き肉屋とかじゃない?」


 セーフ?セーフか?


 「ふぅ~ん……そっかぁ」

 背後から聞こえた無機質な声に振り向けば、携帯を覗き込むイインチョの姿。

 いつもなら体温が急上昇する距離感だが、今は逆に体温が下がるのを感じる。

 そのいつもと変わらぬ穏やかな笑顔が、今はすごく怖い。


 そうしている内にも、マップ上を高速で移動する青いマーカーが建物の前で停まる。

 「そういえば少し前に大慌てで江口君がバイクでどこか出かけたよね?めぐり?」

 赤いマーカーが青マーカーになり、代わりに建物前の青マーカーの色が赤くなった。

 「ほら、やっぱり江口君だ」


 えっ……ちょっと待って。

 その能力そういう使い方できるの?

 ちょっと待って、こわい。

 使い方によっては監視アプリじゃん。

 えっ……これ校内に居る時も使ってたりしない……よね?

 秘密の会合とか全部バレてないよね?


 「脇崎君は……行かなくていいの?」

 そして投げ込まれる爆弾。


 「いや、探しに行こうかと思ったけど、皆と一緒なら大丈夫だね。それにしても、何してるんだろね?マサ兄なんか知ってる?」

 「えぇっ!?……しっ、知らないな、何も」

 突然のキラーパスに一瞬狼狽えるマサ兄。その後すぐにこちらを睨んでくる。

 すまない、みんな。

 無力な俺たちを許してくれ。

 


 「そっ!そうだ!何か足りない物資とかない?俺とってくるよ」

 「う~ん……物資は足りてるから大丈夫。でも、私たちも駅の方に行きたいかな」


 「……へ?」

 まさかの提案に思わず目が点になる。


 「ほら、こんなに時間があるの久しぶりでしょ?たまには息抜きに……ね?」

 「あー!もえも行きたい!!」

 今の今まで手元で粘土をこね回し、自分の世界に没頭していた三月さんも賛同する。


 「いくら何でもそれは」

 「せっかくだし皆で行こうよ……ね?」

 反論しようとした助宗さんを笑顔で黙らせるイインチョ。


 「まぁ……たしかにたまの息抜きも大事か。男子たちだってイイ肉食べてるんだしね、私たちが美味いもの食べに行っても罰はあたんないか」

 「そうそう、皆でいこ?」

 「でも、誰もいなくなるのは不味いんじゃない?駅前に行ってないグループもいるでしょ?帰ってきた時に不思議がるだろうし」

 「私が残るから行っておいで。三森先生たちには私から伝えておくよ」

 マサ兄がそう告げる。


 「でも先生がいないと足が足りませんよ?」

 「しかし……」

 「そうですよ!コーチもたまには息抜きした方がいいと思います!」

 渋るマサ兄をイインチョや、若干顔を紅潮させた助宗さんが説得する。

 

 「でもどの道今の面子じゃ一人あぶれるだろ?」

 「……それはたしかに」

 「えぇ~!もえ駅いきたい!!」

 「でも……」


 「あっ、私残るんで大丈夫です」

 一人離れて校門の壁に寄りかかっていた未來さんが、そう答える。

 「さなちんいいの?」

 「まぁ……コレやってるんで」

 そう言ってスマホを見せる未來さん。

 画面には某落ち物ゲーの金字塔が映っていた。


 「ほかのメンバーが帰ってきたら、伝えておきますよ」

 「しかし……」

 「ありがと!!お土産買ってくるからね!」

 そう言うなり駆け出し、そばに停まったバイクのタンデムシートに腰掛ける三月さん。

 そしてヘルメットを被り、じっと助宗さんの方を見つめ訴えかける。

 助宗さんはため息をつくと、バイクに跨りヘルメットを被った。


 俺もさっきまで乗っていたバイクに跨り、ヘルメットを被る。

 すると、バイクが軽く揺れ、可愛らしい掛け声と共にイインチョが乗ってくる。

 「よろしくね、脇崎君」

 そして、遠慮がちに肩に手を置いてくる。

 

 嫌が応なしに心臓が早鐘を打ちだす。

 「運転荒かったらごめんね」

 「うん、大丈夫」

 そこで軽く目的地の打ち合わせをし、3台のバイクは走り出した。



 俺のすぐ後ろにはイインチョの姿。

 期せずしてイインチョと二人乗りの形となった。

 夢にまで見たツーリングデート。


 二人とも変わらずジャージのままなので、ほんのりと体温が伝わってきて、かすかな息遣いが耳を撫でる。

 バイクの二輪免許をとっていて本当によかったと心から思う。


 しかし、そんな状況なのに関わらず、俺の身体はひどく冷たくなっていた。

 原因は明白。さきほどの打ち合わせだ。


 足取りも心も鉛のように重く、青空の元に映える建物群すら心なしかどんよりとした鉛色に見えてしまう。

 しかし、こちらの心情など物ともせずに、鉄の馬はその尻からうねりを上げつつ煙を吐き出し続け、舗装されたアスファルトの上をただただ走る。

 3台のバイクは、木人や車が点在する道路を蛇行しながらも、駅へ向けて着々と進むのであった。


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