12 噂と天気予報はあてにならない③

2020年5月15日16時20分 三重第五小学校 屋上

 


 砂嵐が晴れるにつれ、皆の絶望の表情が深くなっていく。

 そこには更地になった工場地帯を、ゆっくりと進むカタツムリの姿。

 流石に無傷というわけにはいかなかったようで、身体からは煙がくすぶり、 でんでん太鼓も一部が欠けている。

 だが、致命傷には至らなかったようだ。

 

 「おい、どうすんだよ!」

 「追撃するしかないだろ?」

 「だけどよぉ、近づけばあの雷の餌食だぞ」

 相も変わらず、太鼓の周りには黒い雷が降り注いでいる。

 その間を縫うように銅像が飛び回って攻撃を仕掛けているが、芳しくはないようだ。

 これは覚悟しなくてはいけないかもな……。


 「ウェーブ終了まであと1時間とちょっと……さっきの要領でもう一度こっちへ引き寄せれば、あの速度ならもう学校にたどり着かないんじゃないかな?」

 「今回のウェーブを諦めるってことかよ!?」

 「また学校が消えちゃうの?」

 妥協案を提案するが、当然ながら周囲の反応は芳しくない。


 「……有効打が無い以上仕方ないよ。命あっての物種だもの」

 「でも、ペナルティの重さって討ち漏らした敵の強さや量に比例するでしょ?あんなボスみたいなのを打ち漏らしたら、どうなるか分からないわよね……」

 

 その一言で、しんと静まり返る一同。


 そうなのだ。

 前に一度、どうしても倒せない敵がいて討伐を諦めたことがあったのだが、その際にはがっつりと校舎を持っていかれた。

 そして、どう見繕っても今回のカタツムリの方があの時の敵よりも強いだろう。

 であれば、ペナルティはいかほどのものか……。




 「いや、有効打ならまだある」

 そんな中で発せられたケイトのその一言に、周囲の視線が集まった。


 「……有効打?」

 「あぁ、樋本の能力だ」

 周囲の視線が一斉に樋本君へ向く。

 本人はびくりと身体を震わせた。


 「たしかに樋本ならこの距離で燃やせるのか?」

 「お願い樋本君!」

 藁にもすがる思いで、樋本君の元へ何人かが詰めかける。


 反射的に逃げようとするが、囲まれているせいで動けないようだ。

 だんまりを決め込む樋本君。


 「おい、樋本。どうだ?いけるのか?教えてくれよ」

 「何で無視するの?このままだと学校がなくなっちゃうんだよ?」

 しかし、樋本君の返事はない。


 「……樋本君」

 そこへやってきたのは三森先生。

 三森先生を見るなり動揺する樋本君。


 「できない……です」

 そして、蚊の鳴くような声でそう呟くと、むりやり人の輪を抜けようとする。


 しかし、樋本君の腕をケイトが掴んだ。

 「どうして逃げる?それに、できないとはどういうことだ?」

 振り返った樋本君は無言でケイトを睨みつける。

 周囲に緊張が走った。


 「そうやって周囲への説明を放棄し、一人で抱え込むのは貴様の悪癖だぞ」

 樋本君は口を開かない。

 

 「安心しろ、このような状況だ。誰も笑ったり馬鹿にしたりしない。それでもコヤツらが理解できないようなら、オレが説き伏せてやる。だから、自己完結せずにしっかりと理由を教えてくれ」

 いつになく優し気な雰囲気でそう告げるケイト。


 「や……」

 「や……?」

 「やれるならもうやってる!でも……でも、ヌメヌメは駄目なんだ……」

 がばりと顔をあげるなり、情けない声色でそう告げる樋本君。

 

 ……ヌメヌメ?


 「そういうことか。勇気を出してよく言ってくれた」 

 周囲が頭に?マークを浮かべる中、ケイト一人だけが満足気に頷いていた。



 「ケイト、一体どういう……」

 「瞬きする間に終わるこの喜劇はブリンキングやがて名作として眼裏に投影されるシアター

 そして、そう叫びながら、親指の爪を鼻頭に当てるケイト。

 次の瞬間には、更地を突き進むカタツムリのでんでん太鼓に映像が投影される。

 

 投影された映像を見て、ぎょっとする一同。

 

 太鼓に投影されていたのは……

 気だるげな眼をした少女。

 

 それは、あの日マン研の部室で見た樋本君の絵だった。


 恐る恐る樋本君の方を見れば、その顔を真っ赤に染め上げている。

 

 「おい、ケイト!さっきから何やってんだよ!?」 

 大慌てで友人の肩を引き寄せる。

 

 「何って、お膳立てだ」

 「……お膳立て?」

 「あぁ、樋本の能力は対象への好感度で火力が変化するからな」

 「だからって無理やり……ん?何でお前がそんなこと知ってるんだ?」

 「時間がないというにせんきことを聞くでない!聞いたからに決まっているだろう!」


 「……はい?」

 「だから、一昨日いっさくじつに再度部室へ赴き、樋本から直接聞いたのだ!」


 「……はぁ!?」

 えっ……ちょっと待って、いつの間にか樋本君に会いに行ってたの、こいつ。

 一人で?怖い物知らずかよ。


 「貴様らは誤解しているようだが、樋本は悪いヤツではないぞ。まぁ、すぐ逃げるし常に説明が足らんから如何いかんせん勘違いされやすいがな。どうだ、樋本。これなら幾分かマシだろう?そうだ!助宗、コヤツの能力を補佐してくれ」

 困惑する俺たちを無視し、助宗さんを呼びつけるケイト。

 

 「補佐って……アタシの助人加護盛フルーツバスケットを使うためには、いくつか条件があるんだけど?それに、能力名や発動条件を聞く必要がある……樋本アンタはいいの?」

 遠慮気味にそう尋ねる助宗さん。


 真っ赤に染まっていた樋本君の顔が一瞬にして青白くなる。


 「樋本君、無理はしないでくださいね?できなくても、誰もあなたを責めませんから」

 心配そうにそう告げる三森先生。

 「樋本……お膳立てはしたが、結局のところやるかどうか決めるのは貴様次第だ。だが、これは貴様の誤解を解くいい機会だとオレは考える。さきほども告げたが、一人で抱え込むのは貴様の悪い癖だ」


 樋本君は顔を俯かせ、動かなくなる。


 「僕……やるよ」

 そして、再び顔をあげると、震える声でそう告げた。


 

 「わかった。じゃあ、アタシの目を見て」

 そう言うと、助宗さんは樋本君の正面に回って屈むと、樋本君の手をとる。

 樋本君は瞬時に顔を真っ赤にし、目をそらす。


 「ほら目をそらさないで……そう、そのまま」

 そう言いながら、お互いの指を絡ませる助宗さん。

 そして、真剣な表情でじっと樋本君の目を見つめる。


 「どうだ?」

 「うん、これならイケそう。じゃあ、能力をアタシに教えながら発動して」

 樋本君の後ろに回り込み、そっと肩に手を置く助宗さん。

 

 樋本君は何度か大きく深呼吸をした後に、自身の絵が投影されたでんでん太鼓をキッと睨みつけ、大きく口を開いた。


 「発動条件は左手の握り拳を右掌で包み、左の親指の爪を右の親指で下方向へ擦ること」

 「発動条件は左手の握り拳を右掌で包み、左の親指の爪を右の親指で下方向へ擦ること」

 ぽつぽつと語り始めながら拳を組む樋本君と、復唱する助宗さん。


 「効果は視認した任意の液体の詰まった物体から出火させる」

 「……任意の液体の詰まった物体から出火させる」

 段々と復唱から輪唱へと変わっていく。


 「「火力は燃やす対象への好感度に準ずる」」

 ついには同時に言葉を紡ぐ二人。


 「「能力名は……友思火フレンドリーファイア!!」」

 樋本君が親指を打ち鳴らした瞬間、左拳が発光する。

 

 そして、次の瞬間には天高く立ち昇る3本の紅蓮の炎。

 断末魔のようなものをあげながら、カタツムリは燃え盛る。


 「「友思火!」」

 「「友思火!」」

 「「友思火!」」

 追い打ちとばかりに、連続で火柱を立ち上がらせ、カタツムリの姿が見えなくなる。 

 空虚な世界に火柱が打ちあがる音と断末魔だけが響いた。

 

 

 しばらくの後……

 ついに、カタツムリは全身から黒い煙をプスプスと上げて動かなくなった。

 

 どっと歓声に沸く。


 流石に連発はキツかったようで、その場にへたり込んだ樋本君だが、助宗さん始め周りから労いの言葉を受けている。



 しかし、条件があるとはいえ強いな友思火。

 暴発の危険も少ないし、いい能力だと思う。


 そして、好感度で火力があがる……か。

 つまりは、ひたすらに絵を描いていたのは、火力をあげるためだってわけだ。

 木人のデッサンもバケモノの擬人化も、樋本君が対象への好感度を上げるため……。


 「となると……やっぱりツッパリの件は暴発ということか」

 俺が思ったのと同じことを、誰かが呟いた。


 「え……?何で?」

 「だって、あの日見ただろ?天高く昇る火柱を」

 「殺したいほど憎い相手ならあんな火力は出ないと?むしろ今回以上だったよな?」

 「え……ちょっと待って!つまり……つまりそういうこと?」

 「衣米、アンタちょっと自重しなさい……」

 何故か興奮し始めるイインチョの頭に助宗さんがチョップを落とす。


 「樋本。今ここで貴様の言葉で話すのだ。誰も急かしたり茶化したりしない」

 

 「ぼ……僕だって……僕だってヒロ君を燃やしたくなんてなかった!!かっ、身体が動くようになった時ちょうどライターの火をつけるところで、気づいたらも……燃えちゃって……急いで、バケツを取りに行ったけど、蛇口から水がで……出なくて。それで……それで……ぶぅわぁぁああああああああんん」

 嗚咽混じりで語りだす樋本君。

 最後のほうには本格的に泣き出してしまった。

 だが……。


 「ヒロ君?」

 「オレも一昨日聞いて初めて知ったが、樋本とツッパリは同じ団地に住む……幼馴染だったそうだ。まぁ、傍から見た関係と実際の本人たちの関係は別というわけだな……おそらく樋本がこのことや自身の能力を告げなかったのもきっと……」

 そう告げると何やら考え始めるケイト。

 

 「だけど、四月朔日わたぬきさんたちのことはどうなのよ?」

 メンバーの一人がそう告げる。

 「そっ、そうだ。あの件はどういうことだよ?樋本、お前何か知ってるんじゃ」

 「……それは」


 「あっ!!!」

 まったく予期せぬ方向から、突然あがった可愛らしい悲鳴。  

 思わずそちらの方を見れば、青い顔でプルプル震える百々さんの姿が。

 「どうした百々!?」

 ケイトがさっと駆け寄った。

 

 「さっきね……先生に言われて、生きている雷の敵さんにマーカーを切り替えたの。そしたら表示されなかったから、わたしも倒したんだって安心したんだけどね……」


 「今見たら……たくさん増えてるの」

 そう言うと、子供用携帯の画面を見せてくる。


 そこには無数に増えた赤いマーカー。


 嫌な予感がしつつ、カタツムリの方を向けば、さきほどよりも小振りな黒い雷が周囲に大量に降り注いでいた。


 「樋本!!」

 誰かが叫ぶ声で振り向けば、全速力で走る樋本君が扉を開けるところだった。

 そして、階段を駆け下りていく。


 そして、悪いことは続く。

“ズズゥウウウン……”

 何かが滑り落ちた音が響く。


 「……嘘でしょ?」

 誰かが呟く。

 恐る恐る振り向けば、でんでん太鼓を脱ぎ捨てたカタツムリが進軍を再開していた。




2020年5月15日16時51分 三重第五小学校 校庭



 校庭に並ぶのは一台の軽自動車と、7台のバイクと原付、そして7台の自転車。


 「最終確認。あと12分で予鈴が鳴ります。自動車組と自転車組は物資を調達しながら帰還。バイク組は敵戦力へ接近し可能な限り数を減らすこと。ただし、合図が出たら必ず帰還すること。そして、あのデカブツは私とジン……脇崎でやります。では、作戦開始!」

 その一言で一斉に動き出す。




2020年5月15日17時03分 県道33号



“キーンッコーンカァンコーン”

 バイクの走行音や雷鳴にかき消されず、不自然なほど鮮明に予鈴が鳴り響く。

 あと30分。

 

 不安に押し潰されそうになるのをぐっと堪える。

 目標へ近づくにつれ、視界一杯に映るその巨体へ嫌が応にも目がいってしまう。

 そして、法定速度ギリギリで角を曲がれば、真正面にはでんでん太鼓を脱ぎ捨てたカタツムリ……いや、ウミウシの姿。


 そう、やつはカタツムリではなく、でんでん太鼓を背負ったウミウシだったのだ。

 考えてみれば、バケモノは例外なく水棲生物がモチーフだ。

 であれば、カタツムリであることにまずは疑問を抱くべきだったのだ。

 そして、でんでん太鼓もただの武器ではなく、貝のバケモノであった可能性が高い。

 なぜなら……。

 

 「ジン!来るぞ!」

 マサ兄の声で現実に引き戻される。


 道路を占拠するウミウシは周りの建物を掠めながら、まっすぐとこちらへ向かってくる。

 雷を出すことはなくなったものの、重い殻を脱ぎ捨てたためか、その速度はかなり早い。

 

 やつが近づいてくるにつれ、その巨体が創り出す長い影がのびていき、俺たちを覆う。

 太陽を覆い隠すほどの巨大なその身体と、何を考えているのか計り知れない様に、 俺は言いようのない恐怖を覚える。


 「……いけるか?ジン」

 「いや、大丈夫だって……武者震いだから」

 「武者震いってお前……」

 「マサ兄こそしっかりやってよね。石でスリップして横転なんてしたら、その時点で二人ともお陀仏なんだからさ。ただでさえマサ兄は二人乗りは慣れてないんだから」

 「ばっか、何年乗ってると思ってんだよ。それにあれからたくさん練習したし大丈夫」

 「へぇ~……後ろに乗せる人出来たんだ」

 「……ほら、行くぞ」

 マサ兄へ軽口を交わすうち、身体の震えが納まっているのに気づく。


 深く深呼吸し……矢筒を構える。

 「マサ兄……よろしく」

 「振り落とされるなよ」

 ギャリギャリとアスファルトを擦る音と共に、身体が後ろへ引っ張られる。


 ウミウシとの距離が急速に縮まっていく。

 そして、そのままウミウシを大きく避け、その巨体に沿ってバイクを走らせる。

 左を向けば、視界いっぱいに薄茶色の壁面が映る。

 そして、俺は深呼吸をすると、手にした矢筒の蓋を抜き放った!


“モォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ”

 牛の鳴き声のような断末魔と共に身体に生暖かい液体が吹きかかるのを感じる。

 

 「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 バイクはアクセルを全開にふかしながら、ウミウシの真横を駆け抜ける。

 0.5秒ほどで壁が裂けなくなるが、矢筒に蓋をして、間髪入れずに再び引き抜く。


“モォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ”

 再び響き渡る断末魔。


 ウミウシの横を踏破したときには、断末魔があがることもなくなっていた。


 最後に後ろを振り返れば、力なく地に沈む巨大なウミウシ。

 マサ兄と軽く拳を合わせると、黒い雷と炎の柱が入り乱れる方角へ向うのだった。



 

2020年5月15日17時12分 更地



 黒い雷に炎の柱が空を染め上げ、その間を銅像や剣道の鎧が飛び回る。

 なかなかに地獄絵図だ。


 そこから少し離れた場所に皆は居た。

 バイクから降りればすぐに囲まれる。


 「どうやらうまい事やったようだな」

 「まぁ何とかね、こっちはどう?」

 「ふん……見ての通り、迂闊に近づけん」

 「あれは……クラゲ?」

 そう、ケイトが指さす先を見れば、でんでん太鼓の周囲には大量のクラゲが浮かんでいた。

 しかし、すぐにその異変に気付く。


 クラゲの表面には三つ巴紋が浮かびあがり、触手で身体を叩く度に周囲に黒い雷を発生させていたのだ。


 「……嘘だろ?これってもしかして」

 「あぁ……スライムはスライムでも、厄介なタイプのスライムだったようだ。どういう理屈かは知らんが、取り込んだ相手の能力を使えるらしい。傘が雷を食らってしまうので注意して下さい……だったか?予報も馬鹿にはできんな」

 ケイトの視線の先を追えば、でんでん太鼓に群がるクラゲ。

 次第に身体の表面に三つ巴紋が浮かび上がっていく。

 そして、太鼓から離れようとした瞬間……


“パァアアン”

 身体が爆発四散する。


 見れば、腕を振り下ろした涼介の姿。

 おそらくガレキか何かを投げたのだろう。


 「あぁやって変化前に倒してはいるが……見ろ」

 指さす先では、クラゲが分裂して2体に増えていた。


 「放っておくと分裂し、何かを取り込んで強化されていく……ヤツもまたバケモノということだな」


 ……そういうことか。

 実はこれほどの量のクラゲがどこに潜んでいたのか疑問だったのだ。

 今回はウミウシやアメフラシに掛かり切りだったため、遠方のクラゲを数体放置していたのだが……まさかこんなことになるとは。


 「だが……樋本には感謝せねばならんな」

 そう言い終わるや否や、一斉に火柱を立ち上らせ、力なく落下するクラゲたち。

 次々と上がる火柱。


 そして、ついには空は晴れ渡り、遮るものは何もなくなった。


 ……あれ?これ俺たちいらなかったんじゃね?



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