11 噂と天気予報はあてにならない②

2020年5月15日14時0分 三重第三高等学校 校門



 校庭に輪になる一同。

 しかし、その輪の一部は大きく欠けており、そこには体育座りの樋本君。


 そんな彼は、マサ兄の連絡事項を真面目そうに聞いている。

 彼が一体何を考えているのか、俺には分からない。


 結局あの日、俺たちは部室を後にした。

 しかし、その空気は重く、理解できない何かに触れたような不気味さに包まれていた。

 時間も時間だったためにすぐに就寝したが、夜が明けても、三森先生も涼介も樋本君を探そうとは言わなかった。

 

 そして、そのまま時間は経過し、世界が開く日が来たわけだ。


 

 「あと3分で世界が開きます……予報に変わりは?」

 「変わりはあり……あっ!大型の雷警報が出ています。小雨ですが大規模な雷に見舞わられ、不用意に近づくと、傘が雷を食らってしまうので注意して下さい……だそうです」

 その一言で周囲が騒めく。


 「どうしたのだ?」

 小声で隣のケイトが聞いてくる。

 「この予報は初めてなんだ。おそらくだけど……新しい敵だと思う」


 「……そうか」

 何かを察したのか、親指の爪を鼻頭に当てだすケイト。


 そう、新しい敵は何をしてくるかが未知数だ。

 そして、その未知数は……得てして人を殺す。


 人死ひとしにが出るのは、大抵こういう時なのだ。

 ケイトもきっとそれを察したのだろう。


 「皆、落ち着いて。作戦を変更します。まずは敵の種類や数、行動パターンの把握をおこない、解析します。糸出……頼む」

 糸出さんは周りの視線にビクリと身体を震わすと、無言で立ち上がる。


 そして、彼女にしては珍しく、周りに聞こえるような声量で呟く。

 「銀河系騎士団ダンスナイツレボリューション


 次の瞬間には、彗星のような軌道を描いて、いくつもの物体が校庭に降り立った。


 彼女に近い順で大きなクマのぬいぐるみ、骨格標本、人体模型、剣道の鎧×3、少し離れてハイカラな二宮金次郎像、最後に我らが三重第三高等学校の校長の銅像だ。 


 降り立った異形たちはふよふよと宙を浮かんだり、クルクルと回り始め、校長の銅像だけは明後日の方向へ勢いよく飛んでいき、学校を囲むバリアに激突していた。


 「まるで百鬼夜行だな」

 「これが彼女の能力、銀河系騎士団だよ。拡張能力を使えば10体までの人型の物を操れる。未知の敵と当たる時は、彼女の能力で偵察してもらうんだ。人形なら傷ついても平気だし、人形の視覚や聴覚を糸出さんは共有できるからね」


 「……随分と破格な性能だな」

 「でも、こんな大きな力には当然のようにデメリットがあって、ほら」

 指さす先には、脂汗を流しながら苦しそうに胸元を押さえる糸出さん。

 そこでは二体の真っ黒な藁人形が、その豊かな双丘にメリメリと食い込んでいた。


 「糸出、まだ3分あるんだ。もう少し後で大丈夫だ」

 マサ兄の一言で、ふっと糸が切れたかのように地面に落ちる異形たち。

 同時にへたりと座り込む糸出さん。

 近くにいた女子に介抱を受けている。

 

 その後もギリギリまで続く作戦会議。

 忌憚のない意見が飛び交う。


 そして、始まるカウントダウン。

 グラウンドに緊迫した空気が流れるのを感じる。


 「銀河系騎士団」

 直前で再び発動される糸出さんの能力。


“キーンッコーンカァンコーン”

 響き渡るチャイムの音。


 そして、ぐにゃりと歪む視界。

 次の瞬間には……俺たちは学校の外に居た。



 もの凄い風圧と共に、校長の銅像や剣道の鎧が、雨の海を裂きながら飛び去って行く。

 俺たちも周囲の状況を確認しようとするが、雨のカーテンが立ち込めているせいで、遠くを見通すことができない。


 「何が小雨だ!大雨ではないか!」

 「違う、ケイトあれはそうじゃ」

 「何だアレは!!」

 誰かが叫んだ声に釣られ、皆がそちらを見やる。


 遥か彼方にそびえ立つ、丸い物体。

 そして、その丸い物体を俺は知っていた。


 「……でんでん太鼓?」

 誰かが呟く。


 表面に大きく描かれた三つ巴紋に、二本の長い紐の先についた丸い球。

 そう、それは超巨大なでんでん太鼓だった。


 でんでん太鼓はその巨大さも相まって、昼だというのに薄暗いこの世界で、異様なまでの存在感を誇っていた。


“デンッ!!デンッ!!デデンッ!!”

 そして、打ち鳴らされる太鼓。


 それに合わせて、雷鳴を轟かせながら黒い雷が太鼓の周りに落ちる。


 「オイオイ、まさかあれが今回の敵なのか!?」

 「あれは……カタツムリね」

 苦しそうな顔をした糸出さんがそう答える。

 おそらく、先行した人形が視認可能な距離までたどり着いたのだろう。


 「カタツムリだと……?」

 よく見ればでんでん太鼓はゆっくりと回転しているようだった。

 そして、それを裏付けるように、チラリと顔を出す二本の角。

 その二本の角はこちらへ向いている。


 バケモノはその習性として一部の例外を除き、学校を目指し進軍する。

 どうやらこの巨大カタツムリも例外ではないらしい。

 それを皆察知したのか、緊迫した空気が流れた。

 

 「おい、あの距離であの大きさだろ!?実際にはどんだけデカいんだよ」

 「どうする!やつはこっちに向かってきているが、何か有効打は」

 「脇崎!お前なら斬れるだろ?」

 「一応長い筒も持ってきてるけど……あれに近づくのは」

 ゴロゴロと鳴り響く雷鳴はカタツムリの周りに容赦なく降り注いでいる。

 光の速さで落ちる雷を避けるのは難しいだろう。


 「遠距離組は?」

 「糸出さんが今も攻撃を仕掛けているのでしょう?それなのに撃破できない。校長先生で破れないのでしたら、私の力では……」

 苦しそうな声でうめく糸出さんを一瞥しながら、女子の一人がそう告げる。

 

 「そうだ!樋本!樋本なら遠くでも発火できたよな?」

 「この雨じゃ厳しくない?」

 「いや、前に雨の中でも使ってたぜ……あれ?樋本は?」

 周りを見渡せば樋本君の姿はなかった。


 「えぇっと……一人で先に行ってるみたいです」

 携帯を覗いた百々さんがオズオズとそう答える。


 「また独断専行か」

 「……たくあいつは協調性ってもんが」

“ピッピー”

 鳴り響く笛の音。


 「幸いなことに奴の歩みは遅い。それまでに対策をじっくり考えよう」

 マサ兄がそう告げる。

 

 「そして、それと並行してまずは雨を止まそうか」

 「雨を止ます?そんなことできるんすか?」

 怪訝な顔をする涼介とケイト。


 あぁ、そうか初めてならそう思うよな。

 隣ではサスケがじゅるりと涎を垂らしていた。




2020年5月15日14時19分 モーソン駐車場



 「何だあれは?」

 怪訝そうなケイトの声。

 「アメフラシだよ」

 「アメフラシ……だと?オレには四肢を欠損した黒毛和牛に見えるのだが」


 駐車場に鎮座するのは、モーモーと鳴く牛の頭がついた黒いナマコ。

 盛り上がった背中の噴出口からは勢いよく水が噴射され、天へ昇っている。


 「まぁ、似たようなもんだろ。あれがまた美味いんだぁ」

 じゅるりと涎を垂らしながら、そうのたまうサスケ。

 「貴様まさか……食すつもりなのか?たしかにアメフラシはと書き、一部の地域では食用とされるが……。だが、ウミウシの中には有害物質を身体に含む種も多く、未知のアメフラシならその可能性は飛躍的に……というか、そもそもあれはアメフラシなのか?」


 「分かっていると思うが、一撃で狩らないと爆発するからな。油断しないように」

 マサ兄が諫めてくる。


 そう、この一見無害そうなアメフラシだが、一撃で絶命させないと自爆するのだ。

 その威力は凄まじく、このコンビニの敷地程度なら一瞬にして焦土と化す。

 しかも、奴の表皮はやたらと堅いため、決して油断できる相手ではない。


 ……俺が相手でなければ、だが。


 そう、俺のⅲの前ではどんなに堅い物でも豆腐と同じように切り裂ける。

まぁ、つまるところ、アメフラシと俺の能力は大変相性がよろしいのだ。


 それを証明するかのように、アメフラシの前まで行って卒業証書の筒をポンと引き抜けば、次の瞬間には真っ二つになったアメフラシの姿。

 断末魔をあげる間もなく絶命し、背中の噴出口から水を噴き出すのも止めた。

 そして、土砂降りだった雨が、その勢いを少し落とすのを感じる。


 「まさか本当に雨の原因がコヤツだとはな……つくづく不可解な世界だ。いや、時間が止まっていることを考えれば必然か」

 空を見上げたケイトがそう呟く。


 開かれた世界は3月3日3時3分のまま止まっている。

 であれば、本来天候が変化するはずもないのだ。

 それなのに雨が降っているのなら、それはつまりバケモノが原因というわけだ。


 事前の予報で小雨とあったが、あれは少数のアメフラシがいることを示しているわけだ。なお、当然討伐対象なので、残らず見つけて倒す必要がある。

 やっかいなのは、このアメフラシは自分では動かない点だろう。

 大抵のバケモノは学校をまっすぐ目指し襲ってくるのだが、中にはクラゲやアメフラシのように例外もいる。

 そういう奴は、こちらから出向く必要があるのだ。


 百々さんがいてくれて本当によかった。

 次のターゲット情報をケイトのスマホで受信しながら、しみじみとそう思う。




2020年5月15日14時43分 三丁目十三番地 十字路



 百々さんの能力では、助宗さんの能力で強化すれば、最大で3種類のマーカーを地図上に出すことができるそうだ。

 カタツムリは目視が容易なために対象から外し、今回は味方の位置とアメフラシの位置、そしてクラゲの位置を地図に載せてもらっている。


 そう、今回はクラゲもいるのだ。

 事前の予報には居なかったわけだが、こういったことはよくある。

 あくまで予報は予報というわけだ。

 

 勢いよく矢筒の蓋を引き抜く。

 全長約3mの不可視の刃が、バランスボールサイズのクラゲをまとめて切り裂く。

 ボトボトと地面に落ちる4体のクラゲ。

 一緒に斬れた電柱柱が倒れてくるのを、危なげなく避ける。


 うーん、やはり長物は狭い場所だと扱いづらいな……。

 手に握った長さ1m弱の黒い矢筒を見つめながら、そんなことを思う。


 「サスケはその先の交差点を右折した場所にも3体、さらに左折した先で2体。ジンスケは左折後に3つめの交差点を左折した先に4体!」

 「わかったぞぉ」

 「了解」

 ケイトの指示のもと、住宅街を駆ける。

 言われた場所に行くと、すでにクラゲはふよふよとブロック塀を乗り越え立ち去ろうとしていた。

 しかし、こちらを察知するなりゆっくりと迫ってくる。


 深呼吸をし、筒を引き抜く。



 「ご苦労。サスケが戻ってきたら、移動するぞ」

 息も絶え絶えで、そう告げるケイト。


 「今回は特に忙しいな。大物の対策も考えなくちゃいけないのに」

 「そのことだが……少し考えがある」

 「何か思いついたのか?」

 「あぁ、だがまずはクラゲを減らすぞ」

 「わかった」


 

 

2020年5月15日15時26分 やま石油サービスステーション



 “ももぉおおおもぉおおおおもぉおもおおおお”

  目の前に並べられ、汚い声で合唱をするアメフラシたち。


  「これで……最後っと」

  涼介が青い顔をしながら、軽自動車サイズのアメフラシをそっと下す。

 

  「ふむ、ご苦労」

  「林って結構Sだよな。これ一歩間違えたら大惨事だぜ」

  「簡単な衝撃程度なら自爆はしないとの話だったのでな」

  「だからってさ」


  「ふむ……さて、準備が出来たのならここにいる理由もあるまい。さっさと退くぞ」

 そう言うなり一人立ち去るケイト。

 何か言いたげな涼介の肩を叩き、俺たちもそれに続く。 




2020年5月15日15時50分 三重第五小学校 屋上

 


 「ほぅ、上手くやっているようだな」

 双眼鏡を覗きながら、そう呟くケイト。


 雷鳴を轟かせながらゆっくりと進軍するカタツムリ。

 しかし、その進路は学校から逸れている。

 

 カタツムリの前を爆走するのは一台のバイク。

 しかし、バイクはある地点で急に進路を変えると、こちらへ向かってくる。


 そして、カタツムリはそれを追う……ことはなく、まったく別の方向へ動き出した。


 「ふむっ!想定通り!」

 満足そうに頷くケイト。


 

 しばらくすると、バイクは小学校の校庭へ侵入してきた。

 バイクから降りたのはびしょ濡れのマサ兄と……助宗さんだった。

 階段を駆け上がって、屋上へやってくる二人。


 「ふむ、ご苦労様」

 「林アンタねぇ!何て無茶な作戦考えんのよ!本当に何回死ぬかと!!」

 「正直、私も肝が冷えたよ」

 

 今回彼らにしてもらった作戦。

 それはマサ兄の能力でカタツムリを誘導したのだ。

 マサ兄の能力は周囲の注意を引き付けるとはいえ、本来そこまでの誘導性はない。

 しかし、助宗さんの能力で強化すればそれが可能となるのだ。


 ただ、この作戦の難易度は凄まじく高かった。

 なにせ、こちらは木人や車を避けながら進まなくてはいけないのに、向こうはまっすぐ進んでくる。

 そして、少しでももたつけば雷の射程範囲内に入ってしまうのだ。

 まさに命がけの誘導だったわけだが、無事に成し遂げてくれた。


 大仕事を終えた二人に周りが労いの言葉をかける。

 今小学校の屋上には全員が集まっていた。

 普段は高校の校門前に残る百々さんたちも、今日ばかりはここにいる。

 

 

 現在、誘導の切れたカタツムリは全てをなぎ倒しながら、まっすぐ高校へ向かっている。

 そして、その通路上には先ほどアメフラシをセットしたガソリンスタンドがある。


 そう、今回の作戦とは、アメフラシの爆発でカタツムリを倒すことなのだ!!


 計画通りの動きを見せるカタツムリに驚く周囲と、得意顔のケイト。

「ふん……近づけないなら近づかずに倒せばよいというわけだ。ところで、アヤツの名称なのだが、黒雷ブラックサンダーロア電々虫スネイル……などどうだろうか?いや、雷轟電転とデンデンムシをかけていてな……ふむ、我ながら冴えていると思うのだが」

 挙句の果てにはそんなことを宣っている。


 だけど……そんなうまくいくかなぁ?

 ケイトのやつは自身満々のようだが、けっこうな不安が残る。

 

 そして、その不安は的中する。

 ガソリンスタンドの目の前で、カタツムリが止まったのだ。

 そして、その進路をゆっくりと変え始めた。


 にわかに騒ぎ出す周囲と、落ち着きを崩さないケイト。

 「ふん、慌てることはない。なぜあの場所にアメフラシを設置したと思う」

 「えっ……そりゃガソリンに引火して大爆発を」

 「違う!周りをよく見ろ」

 言われて見るが、ガソリンスタンドの周りは工場が立ち並ぶだけだ。


 「わからんか?あれらは銅ナゲットの生成工場。そして、カタツムリは銅イオンを忌避する性質がある。つまり、やつは工場を避けるため、ガソリンスタンドを通るしかな」

 

“ズガッシャァアアアアアアアアアンッ!!”

 爆音を立てながら隣の工場へ突っ込むカタツムリ。

 建物を崩壊させるが、気にも留めずに突き進む。

 

 「通るしかな……」

 呟いたまま固まるケイト。

 どんどんと進撃するカタツムリ。


 周囲に冷えた空気が漂う。


 「えぇい!第二プランだ。糸出嬢頼んだ!総員耳を塞いで伏せよ……着火!」

 その言葉を聞き、大急ぎで全員がその場にうずくまる。


 次の瞬間、世界が真っ白に染まり、そして……ズドンと大きく揺れた。

 衝撃がまだ抜けきらぬ身体を起こし、カタツムリの方を見れば真っ赤に染まった空。

 そして、モウモウと土埃……いや、砂嵐が立ち込めていた。

 

 いつの間にか雨が上がったせいもあり、砂嵐は中々晴れない。


 ようやくのこと、薄くなってきた砂嵐ごしに見えるは大きなシルエット。

 そのシルエットは鎮座したまま動く様子はない。

 

 固唾を呑んで見守る一同。

 「……やったか?」

 ケイトが余計なことを呟く。


 そして……無情にもシルエットはゆっくりと動き出した。

 

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