10 噂と天気予報はあてにならない①

 9組出席番号23番樋ひのもとれん

 垢抜けない髪型にズレた眼鏡、ニキビだらけの顔に小太りで低身長。

 そして、根暗な性格にボソボソとしゃべる癖。


 俺は一度も同じクラスにならず接点もなかったため、正直存在すらよく知らなかったが、友人の話では彼の印象はこんな感じらしい。




2020年5月12日2時44分 三重第三高等学校 温室



 「やっぱり樋本君が人を殺しただなんて信じられません!彼は花のお世話だって熱心にやってたし、可哀そうだからって害虫も逃がすくらい優しい心の持ち主なんです!」

 熱弁する三森先生。どうやら樋本君は園芸部だったらしい。


 「いや、それは私たちも分かっています。樋本が自分の意思でやったとは思っていません」

 マサ兄はそう言って三森先生をなだめる。


 「能力の暴発……?」

 「はい、その可能性は高いと思います」

 「おっ、俺もそう思う。ほら、きっとコントロールできなかったんだろ?」

 涼介がそう答える。


 実のところ、俺含めほとんど全員が暴発だったと思っている。

 樋本君の能力は火を操る能力らしい。


 そして、3月3日の3時3分、呪縛が解けて数秒後には天高く火柱が上がっていた。

 慌ててサスケとそちらへ向かうと、ベンチで盛大に燃える人型と大慌てで逃げる樋 本君の後ろ姿を発見したわけだ。


 「でも、暴発かどうかなんて本人しか分かんないじゃんか。本人は何も言わないし、問い詰めた時逃げたんだぜ?」

 メンバーの一人が余計なことを言う。

 だが、そうなのだ。

 早い段階で樋本君に事情を聞いたのだが、特に弁明はなく、それどころか彼は逃げ出してしまったのだ。


 「そっ……そんな」

 「それに動機だってあるしな。死んだのはあのツッパリだぜ」

その言葉を聞き、三森先生の顔がすっと曇る。


 そう、燃えたのはツッパリと呼ばれる、今時珍しいコテコテの不良生徒だった。

 そしてどうやら、樋本君は事あるごとにパシリとして使われていたようなのだ。

 たしかに言われてみれば、昼休みに中庭を駆ける樋本君を見かけたことがあったような。


 「だけどそれだけで殺すか?」

 「いや、ああいうやつに限ってやるときはやるもんさ。積年の恨みよ燃え上れってね」



 「ストップストップ。憶測で物を言うべきじゃないよ。それに、そもそもあれが殺人と言えるのかと言われると……」

 言い淀むマサ兄。


 「どういうことですか?」

 「燃えた生徒は木人……身体が植物に変化していたんですよ」

 そうなのだ。

 ツッパリは街や校内に点在する木人になっていたのだ。


 この木人が生きているのかは、実際のところ誰にもわからない。

 だから、殺人と言えるかどうかは微妙なところだ。

  

 ちなみに外の世界の物はウェーブごとにリセットされる。

 三月さんの能力で校内に運び込んでも、問題なく復活する。

 それは木人も同様で、バケモノになぎ倒されても三日後には復活している。

 このことから、木人は生きていないのではないかと考えるメンバーは多い。


 しかし、逆に学校内の物はいつまでたっても復活しない。

 それは木人も同じで、ツッパリがいた場所は焼け焦げたままだ。

 そして、犬猫や鳥、虫にいたるまですべての生き物は消え去ったのに、なぜか人だけが植物になっている。

 これらのことから、ケイトたちのような消えた人間のストックが無くなれば、次のビッグウェーブからは校内の木人が復活するんじゃないかと考える一派もいるのだ。

 


 「でもよ、9組の女子たちの件は確実だろ?」

 「それこそ憶測で物を言うべきじゃない」

 諫めるマサ兄と顔を曇らせる三森先生。


 きっと先ほどのことを思い出しているのだろう。

 あの後、俺たちは墓地を訪れた。


 裏門近くにひっそりと作られた手作りの墓地。

 唖然とする3者。

 涙を流すのは墓標の数ゆえか、その刻まれた名前ゆえか。


 だが、この墓地の下に死体が眠っているとは限らない。

 ほとんどがバケモノと戦って命を散らしたのだが、中には死体がない者もいた。

 いわゆる行方不明ってやつだ。


 9組の3人の女子たちもそのパターンだった。


 9組出身なのは樋本君と3人の女子だけだったのだが、女子たちはあからさまに樋本君を嫌悪していた。


 そして、この閉じられた環境のストレスがそうさせたのか、超常的な能力を得て自尊心が膨れたのか……陰口から始まり次第に嫌がらせのようなものに発展していった。

 

 ついには、直接的な嫌がらせに移行した……らしい。

 樋本君は普段、温室かマン研の部室に籠っていた。

 そして、戦闘が無い日はそこで一日中絵を描いているそうなのだが、彼女たちはマン研の部室に侵入し、それを破り捨てたようなのだ。

 

 だが、嫌がらせはその日だけで終わった。

 なぜなら、その次の日のウェーブで……


 3人の女子は帰らぬ人となったからだ。



 もちろん、それで樋本君を疑うのは早計だろう。


 まずはバケモノに殺されたと考える。


 しかし、その時の敵は、今日と同じくクラゲだったのだ。

 今まで死者を出すどころか重傷者すら出したことのない相手。

 それどころか、女子のうち2人は戦闘向きの能力を有しており、残りの一人は回復能力持ちだった。そのため、油断したところで負けるとは思えなかったのだ。


 そして、当時俺たちは3人1組で行動しており、ある意味で相互監視状態にあった。

 だが、人数の関係で単独で動いていた人物が、一人だけいたのだ。

 そう……それが樋本君だったのだ。


 そして、その日俺たちは見たのだ。

 天高く上る紅蓮の炎を。

 

 スライムレベルであるクラゲにはどう考えても不釣り合いな大きな火柱を。


 本鈴の時刻が近づいても、帰ってこない3人の女子たち。

 いつもなら真っ先に予鈴と共に帰るのに。

 それとなく樋本君に聞くも、知らないと答え……一人校舎へ消えた。


 そして、鳴り響く本鈴。


 9組の女子たちと仲がよかったメンバーは、崩れ行く世界を泣きながら見つめていた。


 何故9組の女子たちは帰ってこなかったのか?

 まさかクラゲごときに遅れをとったのか?

 いや、もしクラゲが生きていれば、ペナルティで校舎が消失するはずだ。

 つまり、クラゲは死んだのに帰ってきていない。

 相打ち……?いや……。


 自然と疑いの目は樋本君へ向いた。

 何せその日最後に帰ってきたのは樋本君だったのだ。

 そして、あの不相応な威力の火柱。

 本人からの弁明は一切ない。

 


 正直あの頃の空気は最悪だった。

 しかし、追い打ちをかけるように起きた、先月の悲劇。

 そこで樋本君が見せた捨て身の特攻。

 何とか乗り越えることができたのは、樋本君の活躍も大きかった。


 それ以来、樋本君はたった一人で鬼神のごとき活躍をしている。

 討伐数で糸出さんや三子神君に迫る勢いだ。


 だからこそ、誰も何も言えない。


 気に障らないように遠巻きに見つめるだけ。

 会話も戦闘に関わる最低限だけ。


 だが、仕方ないのかもしれない。


 もし9組の女子に手をかけたのが……本当に彼だったら?

 何かの拍子に、殺意がこちらを向いたら?

 その件は別にしても、彼がツッパリを燃やしたのは覆ることのない事実だ。


 そして、あの日を境に……樋本君は街の木人を燃やすようになった。

 それも躊躇ちゅうちょなく燃やすのだ。

 もちろん闇雲に燃やしているわけではなく、敵を巻き込んで倒しているわけだが……いくら3日後には復活するとはいえ、人の形をした物を躊躇ためらいなく燃やせる人物を信用できないということだろう。



 そして、これはマサ兄や一部のメンバーしか知らないことだが……。

 あの日、大きな火柱が上がる直前、百々さんの地図の上には、4つの青マーカーが同じ位置にあったのだ。


 もしかしたら偶然なのかもしれない。

 たしかにその場所にはラスト1体のクラゲの赤マーカーもあった。

 樋本君と3人の女子たちで共闘して倒していたのかもしれない。

 じゃあ、何で樋本君だけ帰ってきた?

 何で何も言わない?


 そして、火柱の上がった後、どうして3人分の青マーカーも一緒に地図から消えたのか?


 しかし、それを……。

 それを問いただす勇気は、俺たちにはなかった。




2020年5月12日2時56分 三重第三高等学校 東棟1階廊下



 「ほんとに行くのかよ、美鈴ちゃん」

 「当然です!私は樋本君を信じていますから!」

 「そりゃ、俺だって信じてるけどさ」


 懐中電灯を片手にツカツカと真っ暗な廊下を闊歩する三森先生と、並行して歩く涼介。

 俺たちは少し下がった位置から追う形だ。


 「そこを曲がった先、床に穴が開いてるから気を付けてください!」

 「わかりました……きゃっ!!」

 マサ兄の助言通りに足元へ注意を払った結果、天井から連なって垂れる網カゴに頭をぶつける三森先生。

 駆け寄ったマサ兄に支えられている。


 「あ~……ひも研の干しカゴですね」

 「う~……久しぶりに来たので忘れてました」


 文科系の部室が集まる、通称変人通り。

 各部活が活動に精を出した結果、創立3年とは思えぬ驚きの変貌を見せており、ここだけは昔と変わらず異世界のような様相を見せている。

 そんな場所の奥まった位置に今回の目的地である、マンガ研究部の部室はある。



 「樋本君、居ますか?」

 三森先生は深呼吸をしたのちに、数回扉をノックする。


 ……が、返事はない。


 「いないようですね?」

 「今日は寝てしまったのでしょうか?」


 が、ふいに扉が開いた音。

 一瞬身構えるも、ケイトが扉を開けたようだった。


 「おい、何して」

 「カギは開いているようだし入るぞ」

 そう言うなりズカズカと入っていく。


 一同は顔を見合わせるが、そのあとに続いた。



 部屋の中は、独特なにおいが充満していた。

 まず目を引いたのは、複数の机を合わせて作った大きな島。

 机の上には見たことのないペンや資料、描きかけだと思われるスケッチが散乱しており、お世辞にもきれいとは言えない感じだ。

 

 一同は部屋の中をゆっくりと歩き始め、机の上や壁のポスターを照らしていく。

 床を靴底で打ち鳴らす音だけが、不気味なまでに響き渡る。


 そして、机の島の一番奥。

 この中で最も異質な雰囲気を醸し出す場所。


 そう感じられるのは、その場所を囲むようにそびえたつ白いシェードのせいだろうか。

 そのシェードは、紙の束やスケッチブックがぴしっときれいに並べて積まれて出来ており、さながら外部とを隔てる白い壁のようだ。


 その壁の向こう側に何があるのかは、ここからでは窺い知れない。

 何なら樋本君が隠れている可能性すらないだろうか?

 机のペン立てに挿さっていた黒いペンを抜き取ると、意を決し……ゆっくりと回り込む。

 そこには誰もおらず、きれいに整頓された机の上には、描きかけの絵が置かれていた。



 「ふむ……相変わらず上手いものだな」

 ケイトが目を止めたのは、何枚もの木人のデッサンだった。


 「えっ……これって」

 思わずマサ兄の方を見る。

 マサ兄も複雑そうな顔をしている。


 「どうした?」

 「いや……その木人に見覚えがあったからさ」

 そう、モデルとしてえがかれた木人たちには見覚えがあった。


 いずれも頻繁に戦場になる、海浜公園や商店街に散在する木人。

 そして、よく樋本君が燃やしている木人だ。


 一体なぜこんなことを?


 「何、デッサンなのだからモデルくらい居るだろう。しかし不可解なのは、この者たちの格好だ。何故彼女らはこのような破廉恥な恰好をしている?」


 「えっ……?」

 言われてよく見てみれば、描かれた木人たちは皆、バニーガールの格好をしていた。

 当然ながら、実際の木人がバニーガールの衣装なわけではない。


 え……?一体なぜこんなことを?



 「なぁ、これってさっきのクラゲじゃね?」

 机の上に伏せられた一枚の紙をめくり上げ、涼介がそう呟いた。


 「ふむ……所謂いわゆる擬人化というやつか」


 紙に描かれていたのは、気だるげなまなこの少女だった。

 しかし、その肌は青白く、袖の隙間からは白い触手のような物が無数に出ていた。


 ケイトが言う通り、クラゲをモチーフにした人間の少女……いわゆる擬人化といったやつなのだろう。

 

 紙を埋め尽くさんばかりに描かれたクラゲ少女は、可愛らしいタッチにも関わらず、言いようのない不気味さを感じさせる。


 「これはまた別のモチーフのようだね」

 スケッチブックをパラパラとめくるマサ兄がそう告げる。

 受け取って中を見れば、描かれていたのはさきほどのクラゲ少女に加え、イカやカニを擬人化したと思われる少女たち。

 おそらくだが、いつも戦っているバケモノたちがモチーフなのだろう。

 ページをめくれば、その少女たちが和気あいあいと戯れている。

 

 いや、それ自体は問題ない。

 他人の趣味に口をはさむつもりはないしな。

 しかし……なんというか、その。


 「ふむ……この量には聊か狂気を感じさせられるな」

 白い壁を見つめ、そう呟くケイト。


 そう、量が異常なのだ。

 白い壁に見えていた、高く高く積まれた紙の束。

伏せられたそれらを捲れば、そこには漏れなくバケモノ少女たちが描かれていた。

数えるのが馬鹿らしくなるくらいの量だ。


 落書きレベルの物もあるとはいえ、相当の時間を費やしていることは想像に難くない。


 一体何故こんなことを?

 何がここまで彼を突き動かすのか。

 特にクラゲ少女への入れ込みようは尋常ではなく、全体の半分を占めているようだった。

 


 そして、何気なく顔をあげた瞬間……


 「ひっ」

 釣られて顔をあげた三森先生が腰を抜かす。


 三森先生はワナワナと震える指で、俺たちが入ってきた扉の上の壁を指し示す。


 そこに飾ってあったのは、4つの肖像画。


 そして、黒い額縁の中に描かれていたのは……


 ツッパリと9組の女子たちだった。


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