Part 3. The Last Generation

 ――公安本部四階、中央作戦司令室。

「繋げ」との眞木の指示に応じ、正面の巨大なモニターに映し出される男。


「ミスター・眞木、急な話で悪かったな」


 ブロンドの男、外見から推定される年齢は三十代――しかし、彼はそれ以上に。


「構わんよ、だかもう少し情報をくれ」


 彼は国際刑事警察機構――インターポールの名で知られる組織の総裁、デイヴィッド・C・カリック。眞木の言葉に小さく頷くと、手元の操作を開始――連携するかのように、公安本部側でもホログラムが自動的に投影。多くの資料がその場に表示される。


「近頃、各国の官僚と政府関係者が事故に巻き込まれ命を落と――いや、不審死を遂げている。から仕入れた情報、そして我々の特別犯局の調査によれば彼らが狙うは今年の十月」

「東京サミットか」と眞木。


 二十世紀末の人類独立戦争以降、五年ごとに開催されている。世界経済・安全保障などについて各ブロックから代表二ヶ国の首脳が集まり会議を興す。サミット毎に会場は変わり、今年は東京での開催が決定していた――その影響により、サミット会場の建設を始めとして都市の再開発などが進められている。


「単独か組織的犯罪かは未だ定かではないが、現段階で国のトップが狙われていないことから察するに、サミットで首脳陣を皆殺しにする可能性が高い」


 眞木は椅子に座りながら彼の言葉を耳に――そしてそれぞれの資料に目を通していた。


「何としても阻止しなければならない――世界全体の秩序と安定に影響する問題だ。早急に正体を暴いたうえで、可能な限り速やかに壊滅させる。我々も大きく動く手筈を固めている」


 インターポールは、公安警察を始めとして各国の諜報機関や秘密警察と情報共有の面で提携関係にある。そんな中に降りかかったこの問題は、戦後三十年貫かれた世界平和の崩壊を招きかねない――彼らにとって、最も由々しき事態。


「承知した、全力を尽くそう――引き続き外部への警戒を厳とする。必要な手配は頼んだ」

「幸運を祈るよ、ミスター・眞木」


 その言葉を最後に、カリックはモニターから姿を消し、映し出されていた資料も虚空へと。モニターの最前面には、再び東京監視システムが戻される。


「特捜局に警戒態勢コード・ブルー

「了解しました」と一名の職員が彼の指示に応じる。


 中央作戦司令室には、公安部・特捜局・戦機隊のいずれにも属さぬ者達――司令部の職員が集い、公安上層部の指令を各部署に伝達。また、彼等からの報告を上層部へ。


「《トワイライト》を呼んでくれ」


 彼はその言葉と共に席を立ち、自動ドアからその場を離れる。


 ◇◇◇


 ホログラムで投影された機密文書を読みながら、湯吞みへ注がれた煎茶を飲む眞木。背後からは穏やかな太陽の光が差し込んでいる――だが、総監執務室は東京の地下八十三メートル故、日光が差し込むことなどありえないことであるが、これは人類が会得したテクノロジー。窓から見える公園の景色、それは精巧に作られたホログラムの景色。斜陽の発生源は、超小型の人工太陽――たった一つで、東京本部の全電力を賄っている。


 コンコンコン、とドアをノックする音が響き、「入りたまえ」と眞木。ドアが開いて立ち入るは、先程呼び出した凱鷺であった。


「私をお呼びで、総監」


 眞木は湯呑みを机の上へと戻して口を開く。


「後に通達するが、以降より特捜局は対テロ組織の調査に乗り出す。しかし今回はかなり独特なケースだ、別行動をとれる者達が必要になる」

「それで私に単独行動を、と」と尋ねる凱鷺に、眞木は再び。

「いや、一人ではない。そろそろ来ると思うが――」


 彼がそう発したその時、ノックの音が部屋に響く。その奥にいる者が何者か――彼は思考を張り巡らせていた。「どうぞ入ってくれ」との眞木の言葉に応じてドアは開く。現れたのは凱鷺の予測し得ぬ存在――少女。その外見は、凱鷺と同じく十八にも満たなかった。


「公安部三課からの引き抜きだ、似那和香になわか――コードネーム《オリヴィア》」


 眞木からの紹介を耳にしながら、即座にホログラムを起動する彼。公安のデータベースから捜査員の個人ファイルを検索。映し出されたプロファイル、『年齢』と記された項目の数字に、彼は驚きを隠せなかった――僅か十五歳。早生まれだが、彼と同い年だった。


「よろしく、《トワイライト》君」

「よろしく頼む、《オリヴィア》」


 二人の簡潔な挨拶が済んだところで、眞木が続ける。


「特捜局の動向は主に《ダマスカス》と《スウィンドラー》が握る。だが君達はその管轄を外れた独立部隊となる。二課の中でも群を抜く強さ、そして外部から一番警戒されない――大きなアドバンテージとなるだろう」


 彼等の外見は一般的な学生とさぞ変わらない。敵からの警戒を緩めることを可能としながら、年齢に見合わぬ実力故戦闘において有利に立ち回ることができる。


 公安警察、その総監たる眞木からの信頼を預けられたのは青年と少女――だが、彼は確信していた。彼等ならば成し遂げると。


「念の為だが言っておこう――命は落とすな、最優先命令と思え」


「「了解」」と二人は同時に返答。よし、と眞木が頷きホログラムを動かす。凱鷺の腕時計へと送信――似那の個人ファイルはそこから映し出されていた。見た目はただのアナログ時計だが、中身は近未来のスマート・ウォッチ。


「早速だが仕事だ。翌日の十三時頃、インターポール特別犯罪局からの派遣捜査員が羽田に到着する。到着後、本部まで護送しろ」


 二人は互いの顔を見合わせ、小さく首を傾げる――あまりにも単純かつ簡単であり、公安部ではなく特捜局の二人にわざわざ行わせるのは非効率的でないか、と。だがそんな疑問を晴らすかのように、眞木の口から語られる。


「総裁曰く、発信元が特定不可能な者からあるメッセージが届いた。暗号文なのかポエムなのか分からんが、文の趣旨は『下手に動けば派遣捜査員の命はない』と」


 彼の手の上で踊るホログラム――『狂いし世界を定められし軌条へと戻す年、その妨げとなろう者は塵残さず』と。少なくとも、差出人は独特な感性を持っているようだ。


「いち派遣捜査員に、その何者かが固執する理由は何です?」と尋ねる似那。

「追々説明することにはなるが、これからの任務に関する情報を一番握っているのが彼だ。念のため彼は民間人に扮して搭乗する手筈になっている。」


 さらに追加で投影されるホログラム――羽田空港の警備網に護送ルート、捜査員の配置予定図。似那は理解したのかそれ以上発することなく。


「異論がなければ、これで以上とするが構わんか?」


 二人は顔を見合わせ反応を確認――どちらも問題なし、目線を眞木へと戻す。


「翌朝六時に行動開始、動員リストも時間があれば確認してくれ。以上だ」


 頷く彼等、「これで失礼します」との言葉と共に、凱鷺が先にドアを開けて似那から部屋を出る。彼もまた、彼女に続いて部屋を去った。総監執務室を離れ、廊下を歩いてエレベーターへと向かう二人。


「僕と同年齢の人がまだいたとは驚きだよ」

「公安部でも、特捜局二課に異次元の者がいるとは聞いとったけど――それが私と同い年の人やったなんてね」

「――褒められてるのか罵られてるのかよく分からないな」


 エレベーターのリフトへと乗り、悩んだような溜め息をついて彼は続ける。


「ところで、一つ聞きたいことがある」


 何、と彼女が目線を動かす。横からではあるが、透き通るようなその蒼い瞳の奥。注視しなければ気付けないが、奇妙な何かを覚える。


「引き金――全世界の命運を変える引き金を、君は引けるか?」


 それは、ただの問いではなかった。彼の抱える重大な何かを、相棒として共に背負う覚悟があるか――そのカタチは、誰にも知り得ない。


「……たとえそれが運命なんてモノやったとしても、この世界を平和に導くなら、私は躊躇わず引く」


 その言葉に、視線を彼女へと向ける凱鷺。彼女の持つ目――人並みならぬ何かを感じ取り、そしてまた心の中に留める一言、『この人ならば、私の使命を――』。 ほっとしたような表情で目を瞑って戻す顔、「……よろしく頼むよ、」との詞と共に。


 リフトは二階へと到着、ドアが開いて彼等は再びその歩みを進める。手すりからは中央ホールを見下ろせる構図となっており、依然として数多くの人間が行き交っていた。


「大阪もそうだったけど、ようこんな施設作れるよね」

「元は政府の非常シェルターだが――今の本部は独立戦争の賜物さ」


 数千人の人間を居住可能とし、銃器の製造から研究、車両倉庫に自給自足の食料システムや人工太陽による発電。必要なものは何一つ欠けることなく、ここに揃っている。無論東京本部だけだはない――似那のかつてのポストである大阪を始めとして、名古屋、札幌、仙台、金沢、京都、広島、松山、福岡、那覇。それぞれが地下の超高速鉄道によって結ばれている。全ての施設はまるで病院のように白く、綺麗で洗練されている。どこをなぞっても、埃一つないほどに。


 かつては必要最低限の設備しかない場所に過ぎなかったが、戦後の世界協調・団結を目的として各国機関が負う役目は大きくなり、それは公安も必然的に。日本政府は継続的に莫大な資金を投じており、その影響でこんな規模の組織の運営を可能としている。


「独立戦争……今も爪痕は残ってる」

「だが、犠牲の上にこの平和は成り立っている。僕らの役目は、それを守り抜くこと」


 彼等が辿り着く場、自動ドアが開いた先に広がるはモダンな雰囲気の漂う空間。機能性を究極に追求した会社のようなフロアではなく、捜査員一同に程よく心の余裕をもたらす十九世紀の要素を主体とした部屋。


「おや、噂をすれば来た」と一人の男。同僚らしき人物と話す、高身長でスラリとした体形の持ち主。


「先輩、珍しく現場にはいないんですね」


 その名を、コードネーム《ダマスカス》――凱鷺の師匠にして、公安警察で最強の捜査員と称される者。そして公安五大老のトップに君臨するのが、彼という存在だった。


「あぁ、総監からここを任されちまったもんで思うように身動きできん」

「致命的ですね、僕だったら投げ出したくなるほどに」


 現場主義者――それ以上に、彼の行動を表現するに相応しい言葉は存在しない。ましてや、その面影は弟子である凱鷺にも。


「そんなことはさておき、司令部から回って来たぞ」


 彼がそう言いながら手を動かした時、通りすがりの一名がその手に置く。


「ホットコーヒーお届けよ」

「おうよ」と何の躊躇いもなく口に含むが、彼は瞬時にそれを吹き出す。咳き込みながらも「だからブラックは無理だって言ってるだろ」と発する先には、茶髪の女性――《スウィンドラー》。


「油断するのが悪いのよ、《ダマスカス》」とにやける彼女に対し、「うるせぇこんにゃろ」とガンを飛ばす彼。軽い喧嘩が勃発しかねないが、ここは公の場――軽く咳払いをして状況を戻す。


「……そんなことはさておき」


 再び手を動かし、その場に現れるはホログラム。スローするように動かし、彼等が集う机の上へと――それは、数百枚に渡る文書を孕んで。


「総監宛てに送られた捜査ファイルだ。いつ名乗ったのか知らないが、と呼称されている」


 それは『残党』を意味する言葉――凱鷺の頭の中にあったとある事柄と結びつく。


「アルカイダの生き残りですか」との彼の問いに、《ダマスカス》は頷く。


 二十一世紀最大の事件である、世界同時多発テロを起こしたとされる国際テロ組織――アルカイダ。世界平和の崩壊を許さない諜報機関――特にCIAの通称を持つ米中央情報局が血眼になって指導者の所在を突き止め、ミサイル攻撃によって抹殺。勃発しかけていたアメリカと中東との戦争は、他組織の介入もあってか回避された――という歴史。


「幹部もまとめて抹殺されたはずなんだが、機密解除のファイルによれば数名が行方をくらましていたらしい」


 表示される名前、無論二人にはなにひとつ馴染みがない。それどころか公安の人間でさえ、このアルカイダ壊滅にあたって関与した者はごく僅か――実際に動いたのはアメリカであり、日本が動くような節ではなかったことも事実である。


「てっきり俺は死んだものかと思っていた――特別犯罪局の連中はこれが生き残りだと踏んでいるようだ」


 悩むようなうめき声を漏らす《ダマスカス》、そして次は何のイタズラをしてやろうかと考える《スウィンドラー》。二人はそんな彼等をよそに、捜査ファイルを舐め回すように。


「サミット前に厄介事なんてごめんですよ」と似那。

「まったくもってそうだ――こんな奴等がいるから、俺達の仕事は減らないんだろうな」

「特捜局も大変そうですね、公安部は退屈でしたが」


 《ダマスカス》と言葉を交わす彼女。続けざまに「あそこが退屈なら、特捜局だったら腹一杯になるだろうぜ」と彼は言う。公安警察が担う役割、そのほぼ全ては特捜局が。犯罪捜査とは名ばかりに、諜報から破壊工作――彼等は、公安における便利屋。


「魔の手は、未だ日本に届いていない。一課は海外へ飛び、二課は調査及び基盤固め――一部の連中はどうか分からんが、を頼るのが手っ取り早い」


 彼等の共通観念。公安警察という存在を知る数少ない組織、その名を極道。西は大阪連盟、東は関東連合。いずれも戦後より長く、確固たる関係にあった。


「三課・四課は引き続き治安維持に徹する、我々はまず敵を知ることから始めねばな」


 全員が彼の発言に頷く。戦における常識――孫氏の兵法のひとつ。今や古ぼけた代物だが、いつの時代においても与える影響は大きい。そういった教養を持つ者には、特に。


「とまぁ、今回の任務の背景はこんな感じだが、一つ気になった事がある」

「何です、先輩?」


 凱鷺が奇妙そうに彼を見つめていると、数秒の間を置いて《ダマスカス》が続けた。


「なんで俺は明日の護送任務に混ぜられてんだ?」


 凱鷺と似那は言葉を失い、互いの顔を見合わせる――彼は時計からホログラムを投影、眞木から送られた動員リストに目を通す。一番上に表示された捜査員――とどのつまり、この任務における最高指揮権を持つ者の名として、『特捜局一課:コードネーム《ダマスカス》』との文言が。


「……何か総監も不機嫌でも買いました?」

「んな訳あるか、俺はバックアップに徹するよ。現場の指揮はあらかた任せる、悠人」

「了解」


 スムーズに指揮権の部分的委任を済ませる彼。そして凱鷺の傍に立つ似那の姿を見て再び口を開いた。


「若々しいのが羨ましいぜ」


 彼の年齢は二十五歳――特捜局一課所属の人間という観点では、かなりの若さであるものの弟子とその相棒は十六歳。彼等よりもほぼ十歳年上という現実が、巨大な棘として彼の心に突き刺さって来る。


 《ダマスカス》が僅かしか老いていないその身体に溜め息をついたその時――それは、突然として特捜局の本部へと姿を現した。


 ガラスが割れる音と共に、ドローンが二機。その腹には段ボールを抱えている。


「宅急便で~す」


 ドローンの小型スピーカーから響くその声、主はスリー・エックス。


「またお前か……いい加減ガラスを突き破るのはやめろ、ぶちのめすぞ」

「物騒なことを言うもんだねぇ、最強くんは」

「業務改善命令が出ないなら人間改善作戦でも実行してやろうか」と呆れながらに。


 そのドローンは凱鷺と似那のもとへ、ゆっくりと動く。


「総監から頼まれてお届けものだよ~」


 二人が手を差し出すと、ドローンは抱える段ボールを離す。似那が手持ちのナイフで開けた先にあるのは、彼女が用いる拳銃の弾倉マガジン。加えていくつかの爆発物。だがこの任務の中心となる羽田空港が民間人も利用する場であるならば、爆発による損壊や爆発跡は残すべきでない――故に、それは破壊力よりも殺傷力に重きを置くモノ。


「ついでに、僕からのおすすめで煙幕弾も入れてる」


 赤いゴルフボールのような形をした球体――携帯用煙幕弾。主に視界の妨害を目的として用いられ、激しい衝撃を感知すると内部の物質が化学反応を起こして煙を生じる。相手に向かって投げて視界を奪うもよし、自身の至近距離で用いて後退の為のヴェールにするもよし。使いどころは、戦術の数だけある。


「君にもお届けだぞー」


 もう一機のドローン越しに、凱鷺へと話しかける彼。しかし凱鷺は「武器関連なら手持ちで十分だ、部屋の前に置き配でもしといてくれ」と。それに応じるかのように、ドローンは先ほど突き破って来た穴を平然と通って、公安本部を飛んで行く。


「さすがはメイド・イン・チ――」

「それ以上はいろいろまずいからやめておけ」と《ダマスカス》が彼の言葉を遮った。


 凱鷺が口に出そうとした言葉――爆発の可能性がある危険物という意味では、完璧にマッチしている。しかしかと言われればそうでもない。かつて《スウィンドラー》が言ったように、そのクオリティは最高レベル――とは言え、明らかに危険性の方が高いことは事実である。


「いずれにせよ――」


 《ダマスカス》は言葉を濁らせるが、続けざまに繋げた。


「アイツは悪魔だ」と。

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ユートピアの詩 Ⅰ 偽りの薄灯 中性の暇神 @Tomo_tsukungame1768

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