Part 2. Section Q
凱鷺は総監執務室のあった司令塔四階から、エレベーターで一階へと降りていた。
リフトは一階に到着し、ドアが開いて間もなく凱鷺は前へと。中央棟一階、中央ホール――東京監視システムと、日本周辺を警戒するサーチ・ネットに加えて指名手配犯の情報など、捜査員が必要とする情報が主に取り揃えられている。
「定刻一四〇〇より、第二連隊は兵装点検を行います。一階B07ブロックへと出頭してください」
本部内のアナウンスが穏やかに響いていた。ざっと見積もって今この瞬間――中央ホールにいる職員は約三百名。年齢・性別問わず数は多いが、凱鷺との大きな相違――それは言わずもがな年齢。外見から二十代と推定される者は一定数いるが、十代は誰一人として。そんな中、彼を呼ぶ声が背後から。
「《トワイライト》」
彼が振り返った先にいたのは、二十代後半の女性。茶髪の美しい容姿を持つ彼女は、特捜局一課所属――その名をコードネーム《スウィンドラー》。そして彼女は公安警察の最強クラス、通称『公安五大老』の一角だった。
「《スウィンドラー》、御機嫌よう」
「堅苦しくしなくていいのよ、暇な時に見つけたから来ただけ」
「気楽で羨ましいですよ、気乗りしませんが私はこれから実証実験です」
苦笑いをしながら言う彼に、彼女もほんの少し同情するように表情を変えた。
「ほんと、クオリティは最高なんだけど危ない物作る割合の方が多いのよね」
「全くもってそうです。早急に業務改善命令を下ろしてほしいくらいですよ」
とはいっても、特捜局一課はQ課に対しての影響力がない――と言えば組織が弱く見えるが、上下関係が存在しない。一課から四課まではピラミッドのような構図ではあるが、その横に並ぶのがQ課となる。則ち彼等は司令部の意向が優先され、特捜局からの過度な要望は無視されることが多い。
「まぁ、ごく稀に私の銃のように良い物を仕上げるという点が長所ですね」
二人が足を運ぶ中、凱鷺は腰のガンベルトから拳銃を取り出す。コルト・ファイヤー・アームズ社製、四十五口径ピストル。数十年前まで米軍の制式拳銃として採用されていた歴史ある代物だ。元来の流線的なデザインは特殊改造によって失われ角が多くなってしまったが、その改造による影響は凄まじい。
とはいえ、モードの変更は特捜局所属故に多用するが、彼は連発よりも単発での発砲を好む――それは、彼が時折口走る言葉にも表れていた。
『困った時、我々が頼れるのはハイテクな道具なんかじゃない――古き良き、セミオートの拳銃に他ならない』と。
そうこうしている内に、彼等はA12ブロックへと到着。自動ドアが開いた先には研究施設――そして日々業務に明け暮れる研究員たちと無数の銃器。奥から一名の青年が歩み寄って来る。
「やぁ、呼んで悪いね」
彼こそがQ課の課長、
「あら《スウィンドラー》、ここに用とは珍しいことで」と彼。
言葉通りに、彼女がQ課にやってくる事は非常に珍しい。何せ彼女は銃を使わず近接戦闘が専門という、現代においては異端ともとれる戦闘スタイルをとっている。五大老の中では唯一――ではないが、もう一人。彼女は《スウィンドラー》と同じく近接戦闘が主体ではあるものの、多様な武器を用いることで知られている。兵器開発・製造を主とするQ課に用などあるはずがない――というのが、スリー・エックスの考えであった。
「それで、今日はどんな爆弾を処理しなきゃいけないんだ?
「おや、君も僕の事をよく理解してくれ――って誰が世界最強の水素爆弾を携帯用にするんだ」
「お前だろ」とカウンター。軽く意気消沈するスリー・エックスに、《スウィンドラー》は静かな笑みを浮かべていた。彼は軽く咳払いをして続ける。
「まぁ、そんなことはさておき、今回のはこれだ」と机から弾薬箱を持ってくる彼。開くとそこには独特な形状の弾丸――だが、その形状には何か心当たりがあった。
「見れば分かると思うけど、
「おい待て、弾丸に変わったとはいえ国際法で使用禁止のはずだろ」
集束弾丸――世間一般では、クラスター爆弾という名が一般的だろう。弾体の内部に複数の子弾、要するに小型の爆弾を搭載したものだ。二十世紀後半には国際法で使用禁止され、例えその形が弾丸に変わろうとも。
「忘れたのかい?僕達はいかなる憲法や法律の影響を受けない――って」
日本国憲法、第九十八条の二。非公開ではあるが確かにその文言は記載されており、公安捜査員の特権として現実に存在している。しかしそう言われようとも、凱鷺には躊躇いが残っていた。
「まぁ、対人で使うわけじゃないんだし、試し撃ちは大丈夫さ」と抜け穴を突いてくるスリー・エックス。その圧に押されたものの、念のためと言わんばかりに口を開く。
「《スウィンドラー》、構いませんか?」
彼女はその問いに無言で頷いた。渋々凱鷺はその弾丸を装填、射的に銃口を向けてトリガーを引く。通常の弾丸よりもやや鈍い発砲音と共に一発の弾頭が薬室から飛び出す。着弾の直前で分解――小型化された九発の超小型榴弾に分かれ、的を爆破。大口径の銃でも貫通しないよう設計されているが、この集束弾丸は対人用に多少威力を落としているにも関わらず着弾部分は跡形もなく吹き飛んでいる。凱鷺の性格な射撃精度もそうだが――中心の榴弾は射線上に、残る八発の弾頭はその周囲に散らばり着弾していた。
「――爆発オチはないのか?」
「だから僕を何だと思ってるんだよ……」
望んでいたとはいえ、意外な結末に不安を覚える凱鷺。今回は珍しくもこの代物が有用――というにはあまり適さないのかもしれないが、恒例行事たる爆発による危害がないという面では成功だった。安堵する凱鷺、そして良い出来具合だと言わんばかりに笑みを浮かべるスリー・エックス。その一方で棚にある道具を静かに見回る《スウィンドラー》。あるモノに目を惹かれたのか、手を伸ばしす。ある指輪のようなもの――シグネット・リングと呼ばれる、紋章などが彫刻されたものだ。彼女が持ち上げて光に照らし、全体を舐め回すように見つめる。その行動に、スリー・エックスはようやく気が付いた。
「ちょっと、それは下手に扱うと――!」
彼の制止虚しく、時すでに遅し。音と共に振動し――爆発。今回の実証実験は成功であり、凱鷺に被害が及ぶことは無かった。されど爆発という名の悪魔からは逃れられず、その対象が《スウィンドラー》にすり替わっただけだった。至近距離で爆発して文字通り吹き飛ばされる彼女。ただのシグネット・リングではない、爆弾だ。二人が駆け寄ると、気を失いつつある彼女の姿と――近づく毛の塊。低周波の鳴き声を放ち、人間の副交感神経を優位に立たせる生物。端的に言えば『ネコ』。倒れる彼女のもとへゆっくりと近寄り、ミャーオと鳴いている。
「
スリー・エックスはその猫を抱きかかえる。彼の飼い猫であり、頻繁に部屋のブースを抜け出しては危険極まりないQ課本部内をうろつきまわる。その一方で、日々の勤務により疲れる研究員の癒しとなっているのも事実。誰にでも懐く性格と――その活発さに研究員たちの視線が向けられていたのだ。
「気を確かに!」と《スウィンドラー》の身体を揺さぶる凱鷺。
「うーん……」
なんとか意識を取り戻し、起き上がると同時に「やっぱりなんとなくそんな予感がしてたわ」と。至近距離で爆発を喰らったにも関わらず、彼女はただ意識を失い――かすり傷で済んでいた。彼女の
ふと左腕の時計を見て、彼女は口を開く。
「そういえば、事務仕事があったのを忘れてたわ――そろそろ行かないとね」と。小さく手を振り、Q課本部より立ち去る。凱鷺も歩みを進めようとしたが、用事を思い出したのかスリー・エックスへと視線を移す。
「そういえば、次の僕の検診っていつだ?」
「今年の八月、忘れないでくれよ」
ホログラムで予定表を確認しながら告げる彼。溜息をつきながら、彼は言葉を連ねる。
「まったく、不思議だよね」
「どうした、そんなにあの人が変か?」
いや――と彼は呟き、怪訝な目で凱鷺を見つめている。若くして特捜局の二課にいるその存在を珍しく、かつ興味の目で見る者は多いが、彼は違った。
「――まぁ、いいや。何でもない」
そう言うスリー・エックスをよそに、凱鷺はただ一人茫然と立ち尽くしている。彼の瞳に焼き付いていた光景、そして耳に響く微かな悲鳴――彼は、姿なき何かに取り憑かれていた。その出来事だけは、彼の生涯で鮮明に。
「おーい、大丈夫か?」
ぼーっとしている凱鷺を見て、スリー・エックスが彼の意識を現実へと呼び戻す。悪夢から目覚めたような息の荒さに、彼は続けた。
「……完治には程遠いみたいだね」
凱鷺は無言で頷き、深呼吸をしてポケットより何かを取り出し、スリー・エックスへ向けてパス。キャッチした手にあったのは、猫用の餌が入った缶詰。
「限定生産の高級品、差し入れだぞ」と言いながら、彼はQ課本部を後にする。
「ありがとね~」
猫の鳴き声に混じって、穏やかなスリー・エックスの声が後ろから響いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます