森本 司の体育祭

第19話

 それから、あっという間に時間は過ぎていった。


 俺は借り物競走のお題の紙を作成する以外にも、様々な雑用をなつみから押し付けられ、今までの人生では考えられないくらいに働いた。


 なんで俺がこんなことを……と考えることもあったが、みんなで一つのことを成し遂げようとそれぞれが一生懸命に働くという感覚はとても新鮮で、たまには悪くないものだと思ったり。


 まあ柄じゃあないし、もう当分は遠慮したいところだ。


 なにしろこの1週間、aiさんとのゲーム通話ができていなかった。

 やはり今の俺にとって、最優先にしたい時間はaiさんとのゲーム通話をする時間だった。

 

 今週も何度かaiさんにゲーム通話をしないかと誘われたのだが、なつみから雑用を押し付けられたのはもちろん、学校の宿題などもあり、思うように時間を作ることができなかった。



 そして迎えた、体育祭を次の日に控えた金曜日。


「明日は体育祭だから、十分に休みなさい」と、なつみが唐突な優しさを見せ、俺は久しぶりの休みをもらえることになった。


 するとちょうどaiさんにゲーム通話を誘われ、俺はそれに快く了承した。



「TSUKAくん、久しぶり〜! 今週は忙しそうだったね?」

「ああ、久しぶりにaiさんの声を聞いた気がするよ……」

「1週間近く放置プレイされて、少し寂しかったんだからね!」

「ごめんごめん」


 久しぶりに聞いたaiさんの声。

 相変わらずのボイチェン芸に、もはや感動さえ覚える。


「明日体育祭でさ、その準備を無理やり手伝わされていたっていうか……」

「ふうん。いつの間に、そういう委員会に入ったんだ?」

「うん。まあ、そんな感じ」


 とある女子生徒のファンクラブに入って、その女子生徒を護衛するためにあれこれ裏工作しているとは、流石に言えなかった。


 それを誰かに話してしまいたい気持ちもあったが、この間、aiさんにはファンクラブの話をガン無視されたのもあり、あまり学校での話をaiさんの前ではしないと決めていた。


「とりあえず、ゲームしよっか。TSUKAくん、しばらくゲームやってなかったみたいだし、腕前落ちてるんじゃないの〜」

「大丈夫、授業中のイメージトレーニングは欠かさなかったから」

「それ色々と大丈夫じゃなくない?」

「なんか高校に入ってから授業が難しくなってさあ」

「現実逃避してるだけだよねそれ!?」


 この間、年間予定表を見て、ゾっとした。

 体育祭が終われば、実は初めての定期テストが、もうすぐそこまで近づいてきていたから……。


「TSUKAくんってもしかして、勉強苦手?」

「もしかしなくても苦手だよ」

「そう、なんだ。…………ふーーーーーん」

 

 まあ、なるようにしかならない。

 そんな残酷な現実から、今だけは目を背けさせてもらおう。


 今この瞬間を楽しまなきゃ、もったいないしな。


「じゃあゲーム始めよっか! 明日は体育祭だし、早めに通話を終わらせたほうが良いよね? 目標は5連勝くらいでいい?」

「……この間同じことやって全然5連勝達成できずに夜中の1時までゲームしてたの、もう忘れたのか?」


 まあ、今日はすぐに眠れるような気がしていなかったし、あした俺は綱引きに出るくらいなので、多少の夜更かしくらい大丈夫だろう。


 俺はその目標に了承し、いよいよ俺たちはゲームを始めた。




「キャハハハ! 今日はすこぶる調子がいいっ! ねえっ、まさかの開幕4連勝だよTSUKAくん! こんなの、イ○ポ改善しちゃうね!」

「久しぶりに聞く下ネタは沁みるなあ……」


 なんとゲームを始めてからまもなく、俺たちは開幕4連勝を成し遂げていた。


 開幕4連勝を成し遂げたことなど、俺たちの3ヶ月のゲーム通話の歴史の中で、1度もなかった。

 俺たちが上手くなったというより、おそらく運が良かっただけだろうが。


 でも、4連勝したというのは、紛れもない事実で。

 次の試合で勝つことができれば、目標の5連勝達成だ。


 ゲーム通話を始めて早々に目標を達成することができそうであったが、俺的にはもう少し、aiさんとゲームをやりたい気持ちもあった。


 ただ、aiさんとプレイするゲームで手を抜くなんて、考えられなくて。


「ねえ、TSUKAくん」

「なに?」

「明日の体育祭、なんの競技があるの?」


 5戦目が始まる直前、唐突にaiさんはそんなことを聞いてきた。


 あまり学校のことは話さないと誓ったばかりだが、aiさんから聞かれてはしょうがない。俺は素直に、その質問に答えた。


 するとaiさんは、奇妙な提案をしてきた。


「……ねえ、TSUKAくん。次の試合に勝ったらさ、明日の借り物競走をTSUKAくんが観戦してくること、私と約束してくれない?」

「どうして、aiさんがそんなことを提案してくるんだ?」

「ほら、借り物競走って競技として珍しいじゃない。だからどんな感じでやるのかなあって気になって。……だから、お願い」


 そんな不可解なお願いをするaiさんの声色は、極めて真剣なものだった。


 元々、俺は土屋さんの護衛のために、借り物競走を観戦しに行くことになっている。だから次の試合で勝とうが負けようが、借り物競走を観戦しに行く予定は変わらなかった。


 けれどaiさんはそれをかけて、次の試合に挑もうとしている。

 理由はいまいち納得できないが、ここでそんな事情を話すほど、俺も野暮ではない。

 

「分かった。約束するよ」

「ぺ○スにかけて、約束してくれる?」

「変なものをかけさせるな。でもちゃんと約束は守るつもりだよ」

「ありがとう。でもごめん、ペ○スはかける側だったね」

「やかましいわ」

「じゃあ始めようか」



 結局、その試合には勝利し、目標の5連勝は達成された。

 その後、すぐにゲーム通話は解散となり、俺は明日の体育祭に備えることにした。

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