第18話

「土屋様の走るレーンの箱に『好きな人』というお題が書かれた紙だけをいれるの。要は『好きな人確定箱』を作って、土屋様の好きな人を暴こうってわけ」


 なつみはとんでもない細工をしようとしていた。


「その細工に、どんな意図があるっていうんだ?」

「さっきも言ったでしょう? あたしたちは土屋様のことを何も知らない。土屋様にはミステリアスな部分があって、重要な情報を何も落としてはくれない。だからこの借り物競走を利用して、土屋様の好きな人を暴いてしまおうっていうわけよ」

「なんで暴こうと思った情報が『好きな人』なんだ?」

「土屋様が抱えているであろう一番の問題を解決するのに、必要だったからよ」

「土屋さんが抱えているであろう一番の問題?」

「今月、土屋さんが何人から告白されたかあんたは知ってる?」

「そんなの知るわけがないな」


 ちょくちょく土屋さんが告白されているのは知っている。

 休み時間などに教室へ来訪者がやってきて、土屋さんを連れて行くのだ。


 大体、10分後くらいに土屋さんは戻ってきて、何事もなかったかのようにまた日常が始まる。

 きっとその時に、告白されているのだろう。


 具体的な回数については数えたこともなかったが……。


「35人よ」

「さんじゅうご!? ログインボーナス感覚で告白されてるじゃん」


 そんなに告白されているのかよ。

 本当にすごい人気だな。


 おそらく休み時間以外にも、様々な場面で告白されているのだろう。


「告白をされてそれを断るのには、ものすごい気を使うはずよ。土屋様はそれはもう幾度となく、告白されているから慣れてしまっているかもしれないけれど、でもやっぱり気疲れしてしまう部分があるはず。もしかしたらそんな現状にうんざりしていて、彼氏や好きな人がいるということを公表する機会を欲しているのかもしれない。もし『好きな人』というお題で、土屋さんが特定の異性を選んだとしたら、それはとてつもない抑止力になると思わない?」

「それはまあ、たしかにな」

「それにね、そもそも毎日告白される状況がおかしいのよ。土屋様に告白をした奴らが全員本気だったのか、とてもとてもとても疑わしいわ。記念というか、生半可な気持ちで告白をしているやつも絶対にいるはずよ。そういう輩のために、土屋様の時間が浪費されるなんて許されないわ」


 土屋さんと一度も喋ったことがなく、一目惚れしただけでファンクラブを作ったやつがそれを言うか。


「大胆な作戦に思えるかもしれないけれど、そこまでリスクはないわ。『好きな人』っていうのは捉え方次第で、いろんな答えを導き出せるしね。必ずしも異性を選べなんていう鬼畜設定にはしないつもりだし、両親や教職員を選んでくれたっていい。最後の最後は土屋様に選択を委ねるつもりよ」


 要は食材だけを用意して、どう調理するのかは土屋さん次第ってわけか。

 細工の意図や経緯を聞いてみると、なかなか考え込まれた細工だった。


「まあ、そもそも私の考えは推測の話でしかないし、もしかしたら土屋様が絶えず告白されることに対して快楽を感じているかもしれないけどね」

「そんな土屋さんでも推せるのか」

「むしろ推せるわ」

「なんでもありかよ」


 まあ、大体の話は分かった。

 土屋さんのために、借り物競走の箱に細工をしようってわけだ。


「随分、簡単に解釈したわね」

「でもそういうことだろ?」

「そうね、間違ってないわ。そしてあんたがこれからやることも簡単」


 そうだよな、この話を俺に聞かせるってことはつまり。

 俺に雑用を押し付けようとしているに違いなくて。


「借り物競走で箱の中に入れるお題が書かれている紙を、100セット用意しなさい」

「なんでそれを俺がやらなきゃいけないんだ!」

「仕方がないじゃない。細工をするって堂々と言えるわけがないんだから、箱の中身はあたしが用意するってことにしてもらったのよ。体育祭委員にお願いしてね。そして、こういうシナリオを用意したの。あたし1人で作業をするにはあまりにも大変だったから、あたしの10年来のポンコツな友人に協力を要請したら、1箱に入れるお題の紙がぜんぶ『好きな人』になっちゃった、てへっ」

「俺のせいになってるじゃん!」


 さては、今日のHRで出場する競技が決まった時点で、そのシナリオを考えていやがったな……。


「じゃあそういうことだから、よろしく頼むわ」

「ちょっと待て。なんで俺1人になすりつけようとしているんだ。……協力することは100歩譲って了承するが、せめてなつみも手伝ってくれよ」

「あたしは他にやらなくちゃいけないことがいっぱいあるの」

「お、俺だって……」

「口を動かさずにさっさと手を動かしなさい」


 なつみは俺に有無を言わさず、紙とペンとホッチキスを押し付けてきた。

 なつみは本当に、やることなすこと強引だった。

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