第17話

「あたしは借り物競走にある細工をしようと考えてるの」


「……細工? どういう細工をしようっていうんだよ」

「まあ、まずは聞きなさい。物事には順序ってものがあるでしょ? そうやってなんでもかんでも、結論を行き急がないことね」

「す、すまん」


 そうは言われてもやはり、いきなり突拍子もないことを言われれば、すぐにその真相を知りたくなってしまうものだ。


 そんな俺を宥めるかのように、なつみはゆっくりと話し始めた。


「もうそろそろ土屋様を護衛し始めて1ヶ月が経とうとしているわけだけれど、あたし達は土屋様のことを何も知らないのよ」

「そうなのか?」

「ええ。もちろん、誰にでもわかるようなことは知っているけれどね。身長とか、生年月日とか、出身地とか、家族構成とか」

「それだけ知っていれば十分なんじゃないのか?」

「あたしも最初はそう思っていた。けれど護衛を繰り返しているうちに気がついたの、本当の意味で土屋様のことを護衛をするためには、もっと土屋様のことを理解しなくちゃいけないってね」


 なんとなくではあるが、なつみの言っていることが分かる気がする。


 護衛対象のことをより深く理解することができれば、護衛のやり方もより対象に合った護衛を意識することができるだろう。


 人によって考え方や好みは違うものだし、その人に合った護衛というのは必ず存在するはずだ。


 逆に対象のことをよく理解できていなければ、よかれと思ってやったことが的外れなことになってしまったり、対象が出していた隠れたSOSに気がつけなかったり、そういったことが起こるリスクが高くなってしまうと思う。


「そういうことよ。少しはあんたも細胞が増えてきたんじゃない?」

「褒められているはずなのに、褒められている気がしないのはなんでだ?」


 というか、当たり前のように俺の心を読むな。

 わざといかがわしいこと考えるぞ。


 あんたの細胞の数の話なんて今はどうでもよくて、となつみは話を戻した。


「土屋様って、日頃からあまり素を見せないじゃない。どこか自分を隠しているというか、上部だけしかみんなに見せていない。そんなミステリアスなところが土屋様の魅力の1つなのは認めるけれど、護衛の話になればそれは厄介な一面とも言える。いつか、多少強引にでも土屋さんのことを調べなくちゃいけないと思っていたのよ」

「なら、なつみが土屋さんと親密になって聞き出せばいいんじゃないか?」


 そんな俺の何気ない提案に、なつみは信じられないという顔をした。


「っ、…………やっぱりあんたって単細胞っ……いいえその体に細胞の一つも詰まっていないのかもしれないわね」

「なんでだよ!? 俺、そんな間違ったこと言ったか?」

「ええ、推しとは適切な距離を保つのが常識よ。親密になろうだとか、そういった考えは抱くべきじゃないのよ」

「でも相手は芸能人でも有名人でもない、一般人だろ? 友達にくらいなったって問題ないだろ」

「いくら一般人と言っても、推しであることに変わりないのよ」


 そういうものなのかもしれない。

 俺には推しができたことがなかったので、理解しかねる感情だった。


 しかし今の話が本当だとすると、もしかして……。 


「なつみって、土屋さんとまともに話したことなかったりする?」

「……一応、細工のことを話す前に、うちの学校の借り物競走のルールを説明しておくわね」

「誤魔化した!」

「うるさいわね! 黙ってあたしの話を聞きなさい!」


 今の反応からするに、なつみは土屋さんとまともに話したことがなさそうだった。

 これ以上深く追求すると、命の危険があったので、おとなしくなつみの話を聞くことにした。


「借り物競走は、約100メートルのトラック上を走ることになっていて、序盤にはいろいろな障害物が置かれているわ。それを乗り越えて、最後の直線50メートルに差し掛かったところで、箱が置いてあるテーブルに到達する。その箱の中から紙を一枚取り出して、その紙にかいてあるお題に適したものを用意する。その用意したものと共に、最後の50メートルを駆け抜ける。そしてゴールへ到着した時に、借り物がお題に合っているか、係がチェックする。それでOKが出れば、正式なゴールとなるわ」

「一般的な借り物競走と変わりないな」

「そうね。借り物のお題の内容も、一般的なものを用意するらしいわ。有名人に似ている人、一番仲のいい人、尊敬している人だったりね」

「……なんかちょっとしたトラブルが起こりそうだな」


 一番仲のいい人というお題で、呼ばれなかったその人の友人たちは、なかなか複雑な思いをするだろう。

 借り物競走とは、意外と残酷なことを決断させる競技である。


 そのスリルというかドキドキ感も、この競技の魅力の1つなのだろう。


 まあ、俺に限れば、それは当てはまらない。

 俺が誰かの借り物になるようなことはないからだ……。



「それで、そんな借り物競走にどう細工しようっていうんだ?」


 そろそろ、話の結論を聞いても許される頃合いだろう。


 ルールを聞いた限り、やはり細工をするのは箱の中身なんじゃないかと思う。

 お題の内容を細工して、土屋さんの情報を引き出そうとしているのではないだろうか。

 

 一体全体、なつみは土屋さんのどんな情報を引き出すつもりなのか。

 まもなく、なつみはその細工の具体的な内容を発表した。



「土屋様の走るレーンの箱に『好きな人』というお題が書かれた紙だけをいれるの。要は『好きな人確定箱』を作って、土屋様の好きな人を暴こうってわけ」



 ……なつみは、とんでもない細工をしようとしていた。

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