#52 取り調べ




 ヒトミはローテーブルに置いてた自分のスマホを手に持つと、そのまま玄関から出て行ったが、直ぐに戻って来た。



「飯塚さん、鍵貸してください」


「お部屋に置いたままなので…」


 ヒトミは、ハァと溜め息を1つ吐き「わかりました」と言って今度はベランダに出た。


 慌てて「ヒトミちょっと待て、高い所苦手なのに無理するな」と止めるが、「これくらいなら大丈夫。…多分」と若干ビビりながらベランダの囲いによじ登ろうとしたが、登れずに四苦八苦していた。


 それ見てヒトミがベランダまで近寄り「イス使うと良いよ。持って来るから待ってて」と声を掛けると、「なるほど」と答えてミキがキッチンから持ってきたイスに登り、再チャレンジした。


 今度はイスを使うと簡単に囲いに登れて、隣室との仕切りに抱き着く様にして隣室のベランダに移動し、姿が見えなくなった。




 ヒトミが隣室を捜索している間、飯塚シズカの様子を観察しながらこれからどうするべきか考えた。



 警察に通報するべきか。

 マンションの管理会社にも通報するべきか。

 飯塚シズカの保護者へ苦情を入れるべきか。

 C大には――。


 今後もこのままここに住み続けるのか。

 最低でも、俺か飯塚シズカのどちらかがココを出て行くべきだろう。

 俺が引っ越す場合の費用は、飯塚シズカに請求しても良いよな。


 ココのマンション、凄く気に入ってたんだけどな…

 本音は出て行きたく無いんだけど、どうしようかな…




「飯塚さん。 大ごとにせずに穏便に済ませたいとは言ったけど、条件がある」


「はい…」


「警察に通報しない場合、最低でも保護者には苦情入れさせて貰うから」


 俺の言葉を聞いて、飯塚シズカはポロポロと涙を零し始めた。


「あと、俺と君のどちらかはココから出て行く。 もし俺が出て行く場合は、引っ越し費用とか請求させて貰うから」



 ここまで話したところで、隣室のベランダから「ミキさん、何か袋とか取って貰えますか?」と声が聞こえ、ミキはスーパーの白いビニール袋を2~3個持ってベランダに行き、手を仕切りの向こうへ伸ばしてヒトミに手渡した。


 俺の方は、話を続けた。


「兎に角、まずは君の親に連絡させて欲しい。 連絡先を教えてくれるか?もし教えてくれないようなら、警察なり管理会社なりに相談することになる」


「教えますから、警察には…」


「お母さんの連絡先は自分のスマホを見ないと分からない」と言うので、ミキがベランダから「飯塚さんのスマホ持ってこれる?」と声を掛けると、ヒトミが玄関から戻って来てスマホをミキに渡すと直ぐに隣室捜索に戻って行った。



 スマホのロックが指紋認証だったので、ロックを外す時だけ本人に触らせ、連絡先を探すのはミキに任せて俺は飯塚シズカの見張りを続けた。

 直ぐに母親の連絡先が見つかったので見張りをミキに任せ、その場で直ぐに俺のスマホで電話を掛けた。



 飯塚シズカの母親には、「シズカさんと小学校のころ同級生だった秋山ヒロキです」と名乗ると、向こうは俺のことを覚えていた。

 ウチの母親が篠山シズカのことを覚えていたくらいだから、同じ狭い田舎のコミュニティに住んでいた相手の親が、俺を覚えていても不思議では無かった。


 飯塚シズカの母親は、俺のことを覚えていたとは言え突然電話を掛けて来た俺に対して警戒するような口調ではあったが、今現在A市で同じワンルームマンションの隣の部屋に住んでいて、数か月前から飯塚シズカが俺の部屋に忍び込んで盗難を繰り返していたことを話すと、絶句したように黙り込んでしまった。


 それでも母親の反応を無視して今の状況(犯行現場に遭遇して、本人を捕まえて本人の了解を得て部屋の捜索をしたり、保護者への連絡をしている)を説明した上で、出来れば直ぐにでもコチラに来て欲しいことを伝えると、直ぐに来てくれると答えてくれたので、何かあればこの番号でお互い連絡しましょうと決めて、通話を終了した。



 その後、ヒトミが隣室での捜索を続けている間、ミキが飯塚シズカのスマホの中身をチェックすると、俺の画像がわんさか出て来た。

 どれもその辺の近所をジョギングしたり歩く姿を隠し撮りした物ばかりで、離れた距離から撮影したと思われるような俺が小さく写っている物ばかりだったが、当初は現実感があまり薄くてどこか他人事みたいな気持ちもあったのに、隠し撮りされた自分の画像を見ると、「自分は被害者なんだ」と強烈に自覚せざるを得ないようなショックが改めて襲ってきた。


 スマホの画像を見た俺が呆然としていた為か、俺の代わりにミキが飯塚シズカに対して聞き取りを進めた。

 いつから?

 どうやって?

 どれくらいの頻度で?

 スマホ以外には?

 etc

 ミキの質問に対して飯塚シズカは観念したのか神妙な態度で答えていた。


 俺は二人のやり取りを横でぼんやりと聞きながら、改めて飯塚シズカのスマホの画像を確認した。

 俺を隠し撮りした画像で一番古いデータは、3月29日だった。そこから毎日では無いが、かなりの頻度で撮影していた様で、本人の証言ともあっている。


 確か飯塚シズカが引っ越しの挨拶に来たのがこの頃だったので、恐らくその時に俺を小学生時代同級生だった秋山ヒロキだと認識して、直ぐにストーカー行為が始まったのだろう。 


 画像に関して直ぐにでも消去したいところだけど、母親に飯塚シズカのこの異常な行動を実際に確認して貰う必要があるので、その後に処分することにした。処分の方法は、画像だけでなくスマホごと処分して貰うつもりだ。


 画像の他にも動画など無いか確認したが、特に気になる様な物は見つからず、スマホを飯塚シズカから離すためにキッチンのテーブルに置いた。

 そこでふと、お昼過ぎててまだ昼飯を食べてないことに気付き、一旦ヒトミに戻って貰うことにした。

 ヒトミはビニール袋に色々と詰め込んだ物を持って戻って来て、それと入れ替わるようにミキに近所のスーパーへ4人分の弁当を買いにお使いに行って貰った。ミキには俺の財布を渡して、そこから支払う様に頼んだ。


 戻って来たヒトミに「ご苦労さま。どうだった?」と声を掛けた。


「うん。前に兄ちゃんに見せて貰った盗難被害のリストの物、あったよ」


 そう言ってヒトミは手に持ってたビニール袋から、ジョギングシューズや帽子などを取り出して、床に並べた。その中には5月に紛失していたトランクスもあり、「そういえば、こんなガラだったな」と変なことを思い出していた。


「まるでアイドルとかスポーツ選手のグッズみたいに飾ってあったよ。回収する前にスマホで撮影したけど、見る?」


「いやいい…」


「わかった。 他にも、モバイルとか盗聴器の受信機みたいのもあったから、持ってきた」

 

 ヒトミがローテーブルにモバイルと無線機みたいな見慣れない機械を置いたので「これが受信機?」と、手に取ってボリュームのツマミみたいなのを回してみたら電源が入り、ノイズ音が聞こえた。


 思わず「あ、電源が入った」と零すと、手に持ってる受信機と思われる機械からノイズに交ざって俺の声が聴こえた。


「最初、壁とかにマイクを仕込んでるのかと思ってアッチの部屋でずっと調べてたんだけど全然見つからなくて、それで戻るのが遅くなったの。 多分、この部屋のドコかにあると思うよ」


「マジかよ…」


「飯塚さん。盗聴器はドコに設置したんですか?」


 ヒトミは淡々とした口調で、飯塚シズカに質問した。


「ベッドの脇のコンセントに…」


 飯塚シズカの答えを聞いてヒトミがすぐさまベッドの上に上がり、ベッド裏の隠れる位置にあったコンセントに気付いて手を伸ばしてゴソゴソすると、俺が手に持ったままの受信機が「ガサガサガサ ブツッ」と音を立てノイズ音が若干治まった。


「これで間違いないみたい」


 ヒトミの手にはコンセントから抜き取ったと思われる白い電源タップがあり、そこのコンセントに刺さってた見覚えはあったが、改めて考えると自分で購入した記憶が無い物だった。



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