パート7 結末

#51 隣人の正体



 ミキが飯塚シズカを背後から抱える様にしたまま立ち上がり、「お部屋に入ろ?」と声を掛けた。


 俺は無茶したミキが心配で怪我などしてないか確認する為、全身、特に手足を見たが、目立った怪我は無いようで安心した。


 飯塚シズカの方は手足がブルブルと震えてて、自分ではその震えが止められないほど怯えているようだった。


 飯塚シズカの怯える様子から「もう逃げることはないかな?」と思いつつ、二人を室内へ入れたところでインターホンがピンコーンと1度鳴り、数秒するとピンコンピンコン連打された。



「五月蠅くしちゃったから、苦情かな…ちょっと出て来るから、二人で飯塚さんのこと見ててね」


「うん」




「はーい」と応答しながら玄関扉を開けると、真下の部屋の住人である女性が腕組んで仁王立ちしていた。


「すっごく五月蠅くてマジ迷惑なんですけど!」


 超怒ってる。


「すみません…ちょっとトラブってて…」


 申し訳なさそうにそう答えると、苦情の女性は俺の背後に視線を向け、そして怒りの表情が微妙に崩れた。


「ん?」と思って振り返り室内を見ると、部屋の中央で正座して俯き泣いている飯塚シズカと前と後から立ったまま見下ろすミキとヒトミ。


 あ、これ痴情ちじょうもつれによる修羅場みたいじゃん。

 って思った時には時既に遅く、「マジ最低…兎に角!静かにして下さい!」と言い残して、苦情の女性は去ってしまった。



 盛大に勘違いされてしまった様で犯行現場遭遇直後のショックに追い打ちを掛けられつつ、玄関扉の施錠をしてから室内に戻り、二人に声を掛けた。


「ミキもヒトミも靴履いたままだし、脱いでおいで」


 二人がその場を離れると、飯塚さんの正面に片膝を付いてしゃがみ、表情を見ながら声を掛けた。



「色々聞きたいんだけど何から聞いたら良いのか自分でも分かんなくて、だけど大ごとにしたく無いから、質問には正直に答えてほしい」


 捕まえたは良いけど、ここからどうすれば良いのか自分でも全然分からなかった。

 しかし、この時なぜだか、このまま警察に突き出す気は起きなくて、大ごとにしたくないという気持ちが沸いていた。


 まぁ何となくだけど、国立のC大に入ることの大変さを妹を見てて知っていたので、大ごとにして飯塚シズカがC大を退学処分にされてしまうことを考えてしまい、咄嗟に同情心が沸いていたのも否定出来ない。



 ミキとヒトミが直ぐに戻って来ると、ミキが「私、お茶用意するね」と言ってキッチンに行き、ヒトミは「私のスマホで録音するね」と言って録音モードのスマホをローテーブルに置いた。


 ミキが4人分のお茶を用意して戻ってくると、まずはミキに向かって話を始めた。

 勿論、ミキを思ってというのが一番にあったけど、飯塚シズカに対してどうするべきか考えが定まって無かったので、少しでも時間稼ぎたかったのもあった。




「ミキのお陰で捕まえること出来たけど、無茶しすぎ。もし相手が男とかで何かあったら取返しつかなかったかもなんだよ?それが心配だったから首突っ込まない様に言ってたのに」


「犯行現場に遭遇しちゃったんだからしょうがないじゃん。 私だって無茶するつもりじゃなくて、勝手に体が動いちゃったんだし」


「そりゃそうなんだろうけど…兎に角、ありがと。それとコレからは、くれぐれも無茶しないようにね」


「わかった」



 ミキへの注意とお礼を済ませると、その頃には飯塚シズカも泣き止み震えも止まっている様に見えたので、本題に入ることにした。



「えっと、飯塚さん。 まず最初に確認だけど、以前から俺の部屋に忍び込んで靴や帽子とか盗んでたのは、飯塚さんで間違いない?」


 犯人と言えども女性である飯塚シズカに面と向かって「パンツ盗んだでしょ?」とは聞き辛かった。



「……はい」


「一度手紙と現金が郵便受けに入ってたこともあったけど、あれも飯塚さんで間違いない?」



「……はい」


「何でこんなことしたの?お金目的じゃないし、ストーカー行為だよね?」



「……」


 飯塚シズカは質問する俺から視線を背けたまま返事をしていたが、「ストーカー行為」と言われると黙ってしまった。


 長期戦を覚悟していたので、返事をしなくても何か言うまでコチラも黙ったまま待った。 ミキとヒトミにもアイコンタクトで黙って待つように指示した。


 5分以上沈黙したままでいると、漸く飯塚シズカは口を開いた。



「秋山君のことが、知りたかったんです…」


「それはどうして?」


「運命を感じたから…」


「運命?俺と?なんでまた?」


「その……11年ぶりに再会出来て…これは運命だと思って…」


 んんん?11年ぶり?

 どういうことだ?と疑問で頭が一杯になり、視線をミキに向けるとミキも理解出来てない表情で、お互いを見つめ合ったまま首を傾げた。



「もしかして、アナタは篠山シズカちゃんですか?」


 俺とミキが謎に包まれていると、ヒトミが飯塚シズカに質問を投げかけた。


「シノヤマ?誰だっけ?」


「ほら、お盆に帰省してた時にママが言ってた1浪してC大に合格したって人だよ。 小学校3年まで地元に居て、引っ越しされたって話してたじゃん」


「ああ、そういえばそんな話が。ってことは、俺と小学校の同級生だから11年ぶりってこと?マジで?」


 驚きつつ、改めて飯塚シズカの顔をじっくり観察する。



「うーん、篠山さんって子の顔を全然覚えてないから、ぶっちゃけ分からん」


「最初分からなかったけど意識して見ると面影あるよ? 1学年違ったけど私が2年生の頃に篠山シズカちゃんの家に遊びに行った事あったし、ウチにも遊びに来たことあったんだよ? だから、こうして間近で見ると当時の顔とかも薄っすらだけど思い出せたよ」


「俺はさっぱりだ…小3の頃のことなんて何も思い出せんぞ…」


「それで、篠山シズカちゃんで間違いないですか?」


「はい…」



 整理すると

 飯塚シズカは小3まで俺と同じ小学校で、親の離婚で引っ越したとウチの母親から聞いていた篠山シズカその人で、飯塚は母親の旧姓だった。

 それで、今年1浪してC大に入学してA市に移り住み、俺の隣の部屋に引っ越して来て、俺は全く気付いて無かったけど、飯塚シズカは俺が元同級生だと気付いていた。


 まさかとは思うけど、俺がここに住んでいると知っててこのワンルームマンションに引っ越して来たのか?


「お隣に引っ越して来たのは、偶然?それとも意図的に?」


「そ、それは偶然です!ココに引っ越してくるまで秋山君が住んでるなんて知りませんでしたから!だからこれはきっと運命なんです!」


 この状況で飯塚シズカは急に眼を見開いてなぜか力説した。

 実は小学校の同級生だったという思わぬ事実発覚で動揺してしまったが、何故運命を感じてストーカーになってるのかが俺としては一番気になるところだ。


「いや、ただの偶然なんでしょ?運命なんかじゃないと思うけど」


 B県からA市の大学に進学している学生なんて山ほど居るだろうし、そんな中で偶然再会したとしても運命なんかであるはずが無い。

 実際、元カノの山根ミドリと偶然の繋がりで再会したが、あっちの方のがよっぽど特殊な再会だったし。


「それに秋山君、昔と全然変わらなくて私に優しく声掛けてくれてたし!」


「昔のことは覚えてないし、挨拶程度にしか声掛けてないと思うけど…」


 目を血走らせて話す飯塚シズカに戸惑っていると、ミキとヒトミがたしなめる様に話し始めた。



「ヒロくん。今ここで運命の出会いかどうかなんて話しててもらち開かないよ? それよりも、これからどうするの?警察に連れてくの?」


「そうですね、ミキさんの言う通り。こういう事する人の考えを真面まともに理解するのは、難しいと思うよ」


「そうだね…、でも困ったな。これからどうしよ…警察はなぁ…」


「とりあえず、気になるのは盗んだ物をどうしてるのかとか他に盗んだ物が無いのかとか、後は、盗聴や盗撮などしてたのか?」


 ヒトミが盗聴の話を出した途端、飯塚シズカは口をつぐみ目をキョロキョロさせて落ち着きを無くし始めた。



「マジかよ…他にもしてたんか」


「もうこうなったら飯塚さんの部屋を調べましょう!私が調べて来るから、兄ちゃんとミキさんは飯塚さんを見張ってて下さい」


「いやいやいや、みんなで行った方のが良くない?」


「いえ、飯塚さんを部屋に戻したら、証拠隠滅したり凶器持って暴れたりするかもしれないし、ココは万全を期した方が良いよ」


「だったら俺が行った方のが」


「兄ちゃんは飯塚さんが逃げ出さない様に見張ってて下さい。ミキさんと兄ちゃん二人居れば、飯塚さんがまた暴れても押さえられるでしょ?」


「そうだよ。それにヒトミちゃんはコナンくんだから、お部屋調べるのも私たちより頼りになると思うよ?」


 ミキがヒトミの提案に同意したので、渋々だが俺もヒトミに任せることに同意した。





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