第13話 流れの変化
週が変わって六月の第二週の火曜日。
「はぁ。一体今日の話し合いで決まるかしら……」
昼休みという名の束の間の休憩時間にお弁当片手に溜息を吐きながらそう言うのは佐藤さんだった。
今日の六時間目は先週の続きとなる第二回目のロングホームルームが開かれる。
しかし前回のような結果に終わったまま二回目を迎えるということが文化祭実行委員として荷が重いのは傍から見ていても明らかだった。
「それはそうと、ステージの男子リーダーは翔がやるんだね」
「おうよ! 他にやりたい奴いないか聞いたら誰もいなくて一瞬で決まったわ!」
本人が言っている通り昨日の段階でステージに関しては男女それぞれのメンバーは決まっていたらしく、リーダーは簑島君になったとのことだ。
「展示もそれくらい簡単に決まったら苦労しないのになぁ……」
「まあまあ。今日中に決まれば問題ないだろ。碧の努力は皆よく分かっているし、いざとなれば俺が強制的に決めてやるぜ!」
彼女がピンチなら彼氏である俺がどうにかしてやる感を出しているらしい。
「はいはい。そんなこと言って先週は自分もバンバン意見飛ばしてたように見えたのはあたしだけかな?」
「くっ……!」
彼女さんの言う通り簑島君は自身が提案したお化け屋敷でクラスメイトとバチバチだった記憶は僕にもある。
「本当に決まらなそうになかったら碧ちゃんが強制的にどれかに決めるとかでもいいんじゃないかな? 既に他クラスでは何やるか決まってるって聞いてるし……」
「それもそうね……」
そう提案したのは花蓮だった。
花蓮の案も一つの選択肢かもしれない。
しかしそうしてしまったら総合優勝を目指すクラスの士気の低下に加えて佐藤さんの好感度にも悪影響が出てしまう可能性がある。
「ちょっといいかな?」
僕は一つだけ佐藤さんに伝えておきたかったことがあった。
「何? 早見」
「お!? なんか思いついたのか?」
皆僕の発言に耳を傾けてくれている。
「えっと……展示のことなんだけど、総合優勝を狙うなら飲食に絞って決めていった方が良いと思うんだ」
「へぇ。それはどうして?」
「アトラクションとかならおそらく簑島君のお化け屋敷とかが人気が出ると思う。だけど僕たちのクラスは他クラスと比べてスタートに後れを取っているから競えるようなクオリティのものを作り出すことは現実的に考えて不可能だ。だったら飲食で勝負に出る方が賢明だと思う」
「……確かにそうかも。実際教室以外の抽選は終わっちゃったし、教室で何かするとなれば飲食の方が向いているのは確かだわ」
どうやら僕の意見に納得してくれているらしい。
このまま言いたいことを続ける。
「早見なんか冴えてんな。俺のお化け屋敷は却下される流れだけど……」
「そこで肝心な何を出すかなんだけど……フライドポテトとか焼きそばのような王道なものは出すべきじゃないと思う」
先ほど花蓮も言っていたが、今日の段階で多くの他クラスは何を出し物とするか決めているところが多かった。
しかし逆に捉えれば他クラスと内容が被るというのを避けることも出来る。
「そして、総合優勝を得るためには一人でも多くの人に僕たちのクラスを認知させて印象づける必要がある。だから行列が出来ると仮定して回転率が高いものを出す方が賢明だと思うんだ。そのために必要なものは食べ歩きが可能なものだと思う。校内で食べ歩きしている人を見かければなんだろうとかって思うこともあるし、ましてやそれが映えるようなものだったらなおさら良いかもしれない。そこでこれが良いと思ったのがあるんだけど……」
僕は第一回のロングホームルームで一つの案として出ていたそれを皆に伝えた。
「なるほどね……うん。これで良いと思う」
「流石せいちゃん!」
「早見君流石だよ」
「何も抵抗する気ないわぁ」
「ありがとう……」
どうやら僕のアイデアを佐藤さんはこれしかないと思ってくれたらしい。
それにこんなに褒められるのなんていつ以来だろうか。
基本的に僕のような人間はホームルームなどの大衆の面々で発言することは無い。
クラスの成り行きを傍から見守りつつ、どんな結果になっても何一つ文句を言わずにそれに従う。
実際に先週のロングホームルームでも三割くらいの人間は終始無言だった。
だけどこういった小さなコミュニティの中であれば、僕みたいな人間でも発言することが稀にあると思っている。
それに今回は友人の彼女である、ある程度付き合いもある人が悩んでいたから何か助けになりたいと思っていた。
こうしていつもよりも若干心地よい状態で今日の昼休みは終了した。
☆☆
迎えた第二回のロングホームルーム。
前回のこともあり、クラスメイトたちの間には緊張感が漂っているように見える。
「じゃあ……二回目のロングホームルームを始めるわ」
一回目同様佐藤さんが司会を務める。
「ステージに関してはメンバーもやることも決まっているわ。あとは展示なんだけど……」
佐藤さんは一呼吸おく。
この先クラスがどういう反応をするかは分からない。
少なくとも僕と簑島君、そして花蓮と白銀さんはそれに賛同するだろう。
「ずばり、あたしたちのクラスはクレープ屋でいこうと思うわ!」
教室後方から見るに、多くのクラスメイトの頭上にはてなマークが浮かんでいるようだった。
「どうしてクレープ屋なのって様子ね……その理由を今から話すわ」
佐藤さんは僕の言ったことを自分の言葉に置き換えて淡々と理由を述べていった。
どうやら皆それに納得しているらしく、反対の声は聞こえない。
「――以上よ。何か意見ある人はいるかしら」
「……はい!」
静まり返った教室。
それはおそらく皆が佐藤さんのスピーチに賛同しているということ。
そんな空気に反するかのように一人の女子が手を挙げた。
「か、金沢さん!? あ、えっと……何かしら」
「……それでいいと思います!」
「…………えっ?」
花蓮の言っていることを脳が理解するのに、おそらくこの場の誰もが多少の時間を要したに違いない。
「はっはっは! なんだそれ!」
「流石花蓮ちゃん。何言うか予想できないなぁ」
数秒後。
教室内は笑いで満ちていた。
確かに誰もがあの雰囲気なら反対意見が出てくると思ったに違いない。
しかしこんな状況から人を笑わせられる花蓮は流石だ。
「あ、ありがとう金沢さん。じゃあ展示はこれでいこうと思うんだけどいいかな?」
改めて佐藤さんはクラスメイトに問うた。
「今更反対なんてしねえよ」
「うん。これでいこう」
以前に互いの意見をぶつけまくっていたとは思えない雰囲気だ。
「てかさぁ。よくクレープに絞ったよなぁ」
「それなぁ。流石佐藤といったところか?」
昼休みが終了する間近、僕は佐藤さんにこのアイデアを出したのは佐藤さんだということにしておいてほしいと伝えた。
そうすれば佐藤さんのリーダーとしての魅力もアップして変に僕が何か言われることもないと思ったからだ。
「そのことなんだけど……今回の案を出したのはあたしじゃない。早見よ」
盛り上がっていたクラスメイトたちは再び静まり返る。
「そうだ! こいつが我が早見星冬だ! 一同拍手!」
そう言って簑島君は席から立ち上がり僕の横に立ったかと思うと、僕の左手を取って上に上げた。
「なんだかよく分かんねえけど、よくやったぞ早見!」
「早見君だったんだ! ナイスゥ!」
皆が僕のしたことを賞賛してくれているようだった。
「……あ、ありがとう……」
嬉しさのあまり自分にしか聞こえない声量でそう言ってしまった。
こんなにも多くの人に褒めてもらったことなんて生まれて初めてじゃないかと思う。
簑島君が満足気に自分の席に戻ると鳴っていた拍手の音が止まり、再びディスカッションが始まる。
「それでクレープを出すことは決まったわけだけど……」
鬼門は通りすぎたかもしれない。
しかし本番はここからだ。
何をするか決めたら次はそれについて深堀していく必要がある。
「これは大本に過ぎないわ。今日はそのクレープ屋についてどうするかを話し合っていきたいと思ってる」
少しでもクラスの力になれたかなと思いつつ、ここからが重要だと気合を入れ直して僕は皆の意見に耳を傾けることにした。
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