第12話 最初はこんなもん
早見の簑島に対する呼称を『簑島君』に変えました。
――――――
月が変わり六月を迎えた。
いよいよ暑さも本格的になり、今日からは夏服での登下校が許可される。
実際多くの生徒がブレザーを着ずにワイシャツ姿で生活しているのが見受けられる。
しかし一部の生徒はまだブレザーを着ていたり、はたまたブレザーは着ずにワイシャツの上にセーターやベストを着ている者もいた。
ちなみに僕はセーターを着ている。
まだ耐えられる暑さということもあり、ワイシャツだけだとなんだかそわそわしてしまうといった理由があるからだ。
そして現在は六時間目。
つまりこれが終われば帰宅出来るというわけなのだが、授業を行うわけではない。
以前担任の先生もチラッと言っていたが、この高校では毎年六月に文化祭が開催される。
文化祭では各クラスが出し物をする。
今はそんな作業に取り掛かるための話し合いを行う第一回ロングホームルームの時間だった。
教卓に立つのは文化祭実行委員の男女一人ずつであり女子は佐藤さんだ。
そしてその横にいるのが斉藤
黒髪に眼鏡といったいかにも勉強が得意そうな見た目に反して、毎度期末テストでは下位の方に名前を連ねていることが多い。
何故そんなことを知っているかは僕の名前もその周辺に位置しているからだ。
「えっと……じゃあさっそくだけど、今年の文化祭の出し物を決めるための話し合いを始めていきまあす……とその前に簡単に今年の文化祭の説明をしておこうかな」
佐藤さんが司会を務め、書記は斉藤君といったかたちで進める様だ。
「まず、クラスの出し物としては例年通り展示とステージ発表の二つ。ステージ発表に関しては最低でもクラスから五人以上を選出しなければいけないわ。大体一クラス十分前後の発表時間が与えられる予定よ」
文化祭ではクラス展示とステージ発表の二つを出さなければならない。
「展示は自分たちの教室だったり視聴覚室などを使うことになるわ。ただし教室以外を使うなら来週の月曜までにはどこか決めないといけないことになってる。文実の方で抽選を行う予定だから」
文実というのは文化祭実行委員会のことだろうか。
人って何でも略称を用いることが多い気がする。
「そして……」
ここが最重要ポイントだというような様子で佐藤さんは話す。
「今回も展示とステージの両方のランキングからクラス総合順位を決めるそうよ」
どうやらこれに関して詳しい説明はなされないようだ。
毎年この文化祭の最後には全校生徒からどこのクラスの出し物が良かったかのアンケートを集計する。
一人一人が展示とステージそれぞれで良かったと思ったクラスを決め、それをもとに部門毎の順位と総合順位を出し部門別優勝クラスには賞状が授与され、総合優勝のクラスにはトロフィーと賞状の二つが授与されるといった仕組みになっている。
「……あと、これはあたしの勝手なあれなんだけど……」
一呼吸おいて佐藤さんは続ける。
「どうせならこのクラスで総合優勝を目指したい!」
佐藤さんは力強くクラスメイトに自身の目標を伝えた。
一瞬クラスが凍り付いたみたいに静まる。
「……だめかな?」
「…………」
流石にそれはといった雰囲気がクラス内に漂い始めた。
このままだと佐藤さんの目標はおそらくだけど実現されそうにない。
「いいじゃん! せっかくなら一位目指そうよ!」
悪い方向に傾いていた雰囲気を吹き飛ばすかのように席から立ち上がってそう発言したのは僕の横に座っている花蓮だった。
「そうだよ! このメンツで文化祭出来るのも今回が最後なんだからさ!」
花蓮に続くのは簑島君だ。
こうして読む方の空気に逆らって発言できる性格を羨ましいと思ったのは今回が初ではない。
「そ、そうだな……よし! やるか!」
「そうだね。皆と良い思い出作りたいし」
数秒前からは想像もつかなかったように教室内は活気で溢れ始める。
「ありがとう、皆……」
佐藤さんはそう言って皆に一礼した。
「じゃあ早速、今年あたしたちが何をやるか決めていきたいんだけど……ステージ発表の方は概ね終わってるのよね」
そう言うと佐藤さんは斉藤君の方を見る。
斉藤君はそれに応えるように頷くと、チョークを手に取って黒板に何かを書き始めた。
確かに佐藤さんの言う通り、少し前にLIMEのクラスグループにて斉藤君からやりたいことがあったら教えてほしいといったメッセージが届いていた。
その結果ステージに関してやりたい内容を伝えていたのは一人だけだった。
その一人というのは花蓮だったが。
やがて斉藤君の手が止まり、黒板には展示とステージ別々に各自が提案したものが簡潔にまとめられていた。
「見ての通り、ステージに関しては金沢さん考案の男女別のダンスしか今のところ出ていないわ。もしこの他に案がなければステージはこれでいこうと思うんだけどいいかしら」
どうやら他に案が無いらしく、何かを発言する人はいなかった。
「それじゃあステージはこれでいこうと思う。詳細についてなんだけど、金沢さん。今説明お願いできるかしら」
「はいはーい。えっと――」
花蓮は意気揚々と座ったまま自身が提案した出し物についての説明を始めた。
その内容は至ってシンプルで一クラスに与えられた約十分という時間を二で割り、男女に別れて歌ったり踊ったりしようというものだった。
人数は特に考えていないらしくやりたい人の参加を募るとのことだ。
「メンバーについては金沢さんの言う通り参加したい人が参加するっていうかたちでいきましょ。最低でも五人集まれば問題ないわ。あとステージ側のリーダー的役割は男女別に決めておいた方がいいと思うのだけれど、女子の方は金沢さんにお願いしてもいいかしら」
「了解です!」
「助かるわ。男子の方もメンバーが決まり次第誰がリーダーになるか決まったら教えてほしい」
予想通りのテンポでステージに関しては何をやるか決まった。
しかし問題があるとするならここからだろう。
「ステージはこれで決まり……さてと……」
佐藤さんは黒板を見て一度ため息をついた。
「御覧の通り、展示に関しては数多の意見が出ているわ」
佐藤さんの言う通りステージ部門は花蓮のアイデアただ一つなのに対して、展示はそれが軽く十を超えている。
フライドポテトにたこ焼き、メイド喫茶やクレープといった飲食関連のものもあればお化け屋敷やジェットコースターなどのアトラクション関連のものまで様々だ。
「このままだとおそらくどれにするか決めるのに百年はかかるに違いない。とりあえずはそれぞれの提案者の意見を聞いて多数決とかで決めようと考えているんだけど、何か言いたいことのある人はいるかしら」
このままだと決まらないというのは僕も同意だ。
ただこのまま多数決などで全員が納得するかどうかは微妙なラインである。
「じゃあ俺いいか?」
「どうぞ」
一人の男子生徒が手を挙げた。
いわゆる陽キャでクラスでは上の地位にいると思われる。
「祭りならやっぱフライドポテトは欠かせないと思って俺はフライドポテトを提案した。食べ歩きも出来るし嫌いな奴はいないと思うんだけどどうだ?」
彼の意見は最もだと言える。
しかしフライドポテトはその人気が故に他クラスと被ることも十分あり得る。
総合優勝を狙うならば何とも言えない。
「それも一つの意見ね。他に何かある人はいるかしら」
司会と同時にその横では斉藤君が意見の内容を黒板に書き込んでいた。
その後も提案者たちが自分たちの意見を皆に伝えていく。
意外とこの方法が順調に進んでいるかと思っていた時だった。
「でもさぁ。やっぱフライドポテトとかたこ焼きとかメジャーすぎっていうか……他クラスと被ったりでもしたら総合優勝遠のいちゃわね?」
一人の男子が無頓着にそう言った。
「何ぃ? そういうお前のメイド喫茶だって男ばっかりで女子の客少ないとか十分あり得るだろうが!」
「いやいや俺は別に否定する気で言ったんじゃ……」
「俺にはそう聞こえたが?」
両者の意見はどちらも正当だと言えるだろう。
だからこそぶつかり合って決まるのが難しい。
「ちょっと男子! 女子抜きで話進めないでもらえる? そもそもメイド喫茶なんて私たちがメイド姿になるってことよね。恥ずかしくてやりたくないって子の方が多いと思うんだけど?」
「え? まあそりゃそうだけど……女子って自分のこと可愛いと思ってるから丁度いいと思ってたんだが……」
「はぁ!? 何それ」
順調だと思っていたディスカッションは急変して一気に乱雑したものになる。
結局この日に展示部門が決まることはなく、来週のロングホームルームで再度話し合うという結果に終わった。
それにしてもやはり文化祭の鬼門となるのはこの出し物決めであるということを改めて実感した。
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